Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第八十四話 奇妙な待機命令

翌日――長岡基地の朝は、いつもと少し違う緊張感を孕んでいた。

冬の入口に差しかかった冷たい空気が、格納庫や滑走路の端を撫でるように吹き抜け、どこか落ち着かない雰囲気を漂わせている。

 

ブリーフィングルームに集められた各中隊の将兵たちに、基地司令の声が淡々と響く。

「国連軍より緊急通達。来たる11月11日、佐渡島方面よりBETAの大規模侵攻が予測される。我々は待機態勢に入る」

 

室内に、低く押し殺したざわめきが広がる。

「佐渡島……?」

「なんでこの時期に……」

不安と疑念が入り混じった囁きが、壁際から天井へと昇っていくようだった。

 

会議は短時間で終わった。だが、出口を出る兵士たちの表情は一様に硬く、口数も少ない。

その中で、保科は人混みを抜けて歩き出した。

 

昨日の松本との模擬戦――あれがまだ身体に残っている。

「……足、重っ……」

自分でも笑えるほど、脚が鉛のように重く、肩にかかる重さも普段より二割増し。昨晩はほとんど眠れていない。

 

「眠そうやな、保科大尉」

 

声をかけてきたのは、同じ大隊に所属するブルーイーグルス中隊の中隊長、江上大尉だった。

中肉中背で人懐っこい笑みを浮かべ、いつもの関西弁を崩さない。キグナス中隊時代からの付き合いだ。

 

「……あぁ、江上か。昨日、ちょっと遅くまで部隊の模擬戦でな」

保科はため息混じりに答える。

 

江上はすぐに察したように片眉を上げる。

「ははぁ、また若い衆に付き合ってやったんか?そら疲れるやろ。休んで備えるのも仕事やで、大丈夫なんか?」

 

心配そうに覗き込む江上に、保科は薄く笑みを返す。

「まぁ、大丈夫だ。部隊の前じゃ、疲れた顔は見せないよ」

 

その即答に、江上は思わず口元を引きつらせた。

「……相変わらず、超人やな……秒で回復しよる」

冗談めかした口調だが、その目はどこか呆れ混じりの尊敬を滲ませている。

 

少し歩いたところで、江上は声を潜めた。

「それにしてもやな……今回の命令、なんかきな臭いで」

 

保科も足を止める。

「……確かに。出所は例の横浜だったな」

 

「せやろ?魔女とか呼ばれとる副司令やったか?BETAの予測なんか、今まで全然アテにならんかったやん。それが今更“できる”言われても、信用ならんで」

 

江上の口調は軽いが、瞳は鋭い。

彼の言葉の裏には、「これが何らかの作戦の口実じゃないか」という疑念が潜んでいるのは明らかだった。

 

保科は短く息を吐く。

「だが、意味のない命令は出ないはずだ。あの“魔女”なら、特にな」

 

「……確かにそうやな」江上は頷き、少し笑って肩をすくめた。

「そもそも、俺らは軍人や。出た命令に従うだけや。……ま、待機やし、お互い気張り過ぎんとやってこうや」

 

それだけ言うと、江上は手を軽く挙げて歩き去っていった。

 

廊下に一人残された保科は、その背をしばらく見送った後、ぽつりと呟いた。

「……ま、その命令がちゃんとしたもんだったら、いいんだけどな」

 

天井の蛍光灯の光が、金属製の床に冷たく反射する。

足取りを再び前へと向け、保科はキグナス中隊の部隊室へ歩を進めた。

 

だが心の奥底では、昨日の疲労よりも、あの通達の方がずっと重くのしかかっていた。

佐渡島――その名を聞くだけで、腑が煮え繰り返る。奪われたかつての故郷の光景。

もし今回の予測が的中すれば、再びあの2月の新潟侵攻の時のような地獄が繰り返されることになる。

 

そして――キグナス中隊の仲間たちも、その渦中に立たされる。

 

保科は知らず知らずのうちに、拳を握り締めていた。

基地のどこかから、整備用クレーンの稼働音と、エンジンテストの低い唸りが響いてくる。

長岡基地は、すでに“戦の前”の空気に変わりつつあった。

 

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