Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
キグナス中隊のブリーフィングルームは、壁一面に貼られた作戦地図と、中央に置かれた長机が象徴的だった。
昼過ぎの光は曇天に遮られ、室内は蛍光灯の白い光だけが頼りだ。
保科は部屋の前方に立ち、机の端に置かれた書類を軽く指で整えた。
中隊員たちはすでに全員揃っており、ざわめきながらも視線は自然と彼に向けられている。
「……よし、全員揃ってるな」
声を発した瞬間、室内の空気が僅かに引き締まる。
保科は深呼吸をひとつ置き、淡々と切り出した。
「先ほど、基地司令から通達があった。国連軍よりの命令だ。――来たる11月11日、佐渡島方面よりBETAの大規模侵攻が予測される。我々は待機態勢に入る」
一瞬の沈黙の後、どよめきが走った。
「佐渡島……?」
「また海から来るってことかよ……」
「予測? どうやって?」
声の主は次々と変わり、疑念が露わになる。
前列に座っていた松原が、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「予測なんて、これまでだってほとんど当たったためしがないじゃないですか。なんで急に信じろって話になるんですか?」
後方から富田が手を上げずに口を挟む。
「しかも日付までピンポイントって、そんな都合よく分かるもんだっけね」
保科は机に両手をつき、視線を巡らせた。
「分かる。お前らの言いたいことはよく分かる。俺も正直、この情報の正確さには疑問を持ってる」
一同のざわめきが少し落ち着く。
保科は言葉を続けた。
「だが、今回の通達は例の“魔女”――横浜の副司令から直接下されたものだ。意味のない命令は出さない人間だと、俺は思ってる」
最前列の雁部が小さく鼻を鳴らす。
「……その“魔女”とやらの予測で、俺たちが待機してる間に別の方面から攻められたりしねぇだろうな」
「可能性はゼロじゃない」
保科は即答した。
「だからこそ、俺たちは全員の装備を万全にしておく。待機といっても、ただ座って待っているわけじゃない」
富田が苦笑混じりに呟く。
「要は、いつでも飛び出せるように準備しとけって事だっけね……」
「そうだ」
保科はうなずき、ホワイトボードに佐渡島周辺の地図を貼り出す。
「現在の情報では、BETAの接近ルートは南下してくるルートからの可能性が高い。ただし、これはあくまで予測だ。実際には他方向からの上陸もあり得る」
涼介が腕を組み、鋭い視線で地図を見つめた。
「つまり、今の時点で確かなのは“11月11日に何かが起こる”ってだけか」
「その通りだ」保科は即答する。
「だからこそ、我々は無駄に動かず、しかしいつでも動けるように備える。……今回の待機は、そういう意味で重要だ」
部屋の空気はまだ重いが、少しずつ覚悟の色が混じり始める。
紗栄が静かに手を挙げた。
「はや…、保科大尉待機期間中の訓練計画はどうなりますか?」
「通常訓練は中止する。ただし、疲労の蓄積が残らない程度の運動は許可する。交代制で休養を取り、常に戦力を維持することを最優先にする」
その方針に、数人が軽く頷いた。
現場の衛士たちは、命令の内容よりも自分たちがどう動くのかの方が重要だ。
保科は一歩下がり、全員の顔を順番に見渡す。
「……この命令が正しいのか、間違っているのかは分からない。だが、もし正しかった場合、11月11日は間違いなく地獄になる」
涼介が苦く笑う。
「じゃあ、備えが外れてくれることを祈るしかないな」
保科はその言葉にわずかに口元を緩めた。
「そうだな。外れて笑って年を越せれば、それが一番いい」
静かな笑いが数人から漏れ、重かった空気がほんの少しだけ軽くなる。
「以上だ。今日から全員、待機態勢に入る。解散」
号令とともに椅子のきしむ音が重なり、キグナス中隊たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。
保科は最後までその背中を見送り、机の上の通達文を一瞥した。
“11月11日 佐渡島方面 BETA大規模侵攻予測”
白い紙に打たれた黒い活字は、無機質で、しかし冷たく胸の奥を締め付ける。
保科は小さく息を吐き、部屋を後にした。