私はあれから色々考えたが、寝ている人にタックルをするぐらいなら別の方法で食料を探す方がマシだと思ったのでまた掲示板の前に戻ってきた。一方で少女は呆れている。
「ご主人様、死にたいんですか? 餓死は辛いと思いますが」
「いや、死にたくはないけどさ」
掲示板を眺めるが、そもそも依頼人が寝ていたら依頼を受けることはできない。もう夜なので寝ていない人の方が少ないだろう。よって掲示板はあまりあてにならない。他の方法となると……。
「自生している草とか、食べるか」
何かの本で読んだことがある。ノースティリスの平原や森林にはアピの実が自生していることがある、と。アピが何なのかよくわからなかったのでスルーしていたが、どう考えても食べ物だろうそうに違いない。まさか毒物が自生している情報を警告もなく本に載せるわけもない。
「それなら街の外ですね。お供します」
「ありがたいけど、危ないと思うよ。夜だし」
「危ないのはご主人様かと思いますが」
「私は大丈夫だよ。ちょっとだけど魔法使えるし、プチだって倒したことあるし」
討伐依頼ならともかくとして、自衛くらいはできるつもりだ。街の近辺であればそれほど危険なモンスターもいないだろう。
「どうあれ私はご主人様について行きます」
「まあそれなら好きにして」
随分と助けにはなったが、街の外は危険なのでこの少女をこれ以上連れ回すのは良心が拒んだ。しかしどうしてもというならそれを止める必要もない。今までの少女の姿が全て演技で街の外に出た瞬間少女が私に奇襲を仕掛けにきたとしても、おそらく彼女の体格であれば問題なく抑え込めるし、まあきっとそんなことにはならないだろう。
街の外は真っ暗だった。ヴェルニースも暗い場所は大概暗いのだが、ランタンが至る所に置いてあったので不便ではなかった。
「アピってどんなのかな」
「果実樹です」
「そりゃ木の実なら木に生るよね」
見たこともない果実をこの暗い中見つけられるか疑問だったが、少女のおかげで何とかなりそうだ。
とはいってもそんなに木が生えていない。見る限りでは片手の指で数えられるくらいしかない。あれらの木がアピなのかと聞かれれば多分違うと答えざるを得ない。なぜなら実をつけていないので。
いやしかしアピが実る季節も知らないで街を飛び出したのは私で、それを思えば8月である今、むしろ果実が実をつける可能性は低いと言えるだろう。私の知る大抵の果物の旬は秋だ。
「ご主人様、逃げましょう」
「何で?」
「コボルトです」
「コボルト?」
「とにかく逃げないと」
「コボルトなら勝てるんじゃないの?」
コボルトといえば下級のモンスターだと本に書いてあった。プチほど弱くはないが決して強いモンスターではなく、普通に戦えば負けることはないらしい。てかコボルト居る? 見あたらないんだけど。
「いえご主人様、奇跡が起きなければ殺されます」
「そんなことないと思うけど、まあ逃げようか」
ノースティリスにおいて私の方が非常識なのだから、少女にある程度従うべきなのはいうまでもない。少女が先導する通りに走って私たちは街に戻った。結果として街の外に出た意味はほぼ無かった。お腹を空かせてしまっただけと言える。
未だ切羽詰まっているとは感じなかったが、空腹感は誤魔化せない。私は何も食べずに何日も過ごせる人間ではないのだから。
「ご主人様、外は無理です。あのままコボルトに見つかってしまっていたら、ご主人様は確実に殺されていました」
少女がそんなに言うならそうなのかもしれないが、本で読んだ限りでは強くないらしいのだ。正確には、プチをよりも少し強いくらいらしい。今さら反論してもしょうがないので何も言わないが、あのままアピを探していても良かったんじゃないかと思っている。
「お腹空いたね」
「パン屋がおすすめですよ」
「乞食はしないっていってるじゃん」
「死ぬよりはマシだと思いますけどね」
それはそうだがそうではない。尊厳の死か肉体の死か、どちらも無いに越したことはない。もちろん少女の言うように、尊厳の死の方がマシではあるのだが、決断は難しいものだ。
どうにか方法を考えていると、少女が咳払いをした。
「私は別にご主人様が死んでも構いません。私が死ぬわけじゃありませんから。しかしながら、ご主人様が死なないように説得するのはペットたる私の役目だと考えています。いいですかご主人様、よーく考えてください。私の言う乞食のような真似は今後二度と同じことをする必要はありません。なぜなら、明日からご主人様は仕事をするからです。一晩だけ、空腹を凌げればいいんですよ。一度我慢すれば、明日からはもっと美味しい物をお金で買って食べられるんです」
なかなかためになる説得だ。確かに一度の我慢でその後真っ当に生きられるのであれば問題も少ないように思える。少女のような私よりもノースティリスに聡い者が知恵を絞った結果が乞食なら、他に選択肢はない。少なくとも依頼を受けられない今夜だけは、そうせざるを得ないだろう。
「うん……」
やっぱり何か他に方法ないかな。すごく嫌だ。とても嫌だ。
「では了承も得られたということで」
少女はパン屋に歩き出した。パン屋の店主は壁にもたれて居眠りしていて、人の目はない。私の良心さえ拒まなければ絶好のチャンスであることはわかる。しかし陳列している物をヒョイパクと食べるのはやはりただの泥棒なのではないか。なのではないか、というかただの泥棒である。
「ご主人様、早く食べてください」
「やっぱりこれ泥棒だよね。衛兵に捕まっちゃうんじゃ……」
「ガードは見てません。あとこの程度ならティリスでは罪になりませんよ」
何で罪にならないんだよ。
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拝啓、天国の父、母へ、私は罪を犯しました。なんかノースティリスでは問題ないらしいのですが、エウダーナでは普通に捕まることやりました。
一つはパン屋で盗みを働いたことです。船の転覆が最大の原因とはいえ、準備なくこの地を訪れたことと親切な旅人から出された如何にも怪しい肉を嫌って食べなかったのは私の責任で、やはり罪は私にあります。
もう一つは……お金を払わずに宿屋に泊まりました。ノースティリスでは街にある寝具は勝手に使っていいそうです。意味がわかりません。
「いつまでシクシクしてるんですか、ご主人様。働かないとまた乞食の真似事をする羽目になりますよ」
少女は私を叱るように言った。確かにそうだ。朝なのだから、仕事を見つけないと。
「依頼掲示板に行けばいいんだっけ」
「腹ごしらえができたのでネフィアに行く選択肢もあります」
「ネフィア!」
そうだった。私はネフィアに行きたくてこの地を訪れたのだ。しかし私がテンションを上げた瞬間に少女は残念そうな顔で言った。
「……でもご主人様の実力では無理ですね」
「無理じゃないよいけるって、プチ倒したことあるし」
「プチを倒せるのは自慢になりません。私からすればご主人様は目隠ししていても勝てるくらい弱いんですよ」
おい馬鹿にするなよ。
「それは嘘でしょ」
「嘘じゃありません。ご主人様ならまずは調達依頼からです」
「何それ」
「言われた通りのものを手に入れる簡単な依頼です」
「じゃあまずはそれだね」
私としてもいきなりネフィアっていうのはどうかと思う。装備も食料もなく、そもそもネフィアがどこにあるのかも分からない。
私は依頼掲示板を眺めた。調達依頼と思しき依頼は一つだけある。
「昨日のあれは調達依頼だったんだね」
狙った獲物の依頼者である市民のワーロン氏は起きていた。寝ていたらどうしようかと思ったが、彼が規則正しい生活を送れる善良な市民で助かった。
「こんにちは。依頼を受けに来ました」
「おお、助かるよ。最近、市民のメーボラがクズ石を見せびらかして来てね、あれが欲しくて欲しくてたまらない。どうにかして手に入れてくれないか」
「え、なに、クズ石?」
何それは、と思ったが、少女が小声で「とりあえず引き受けてください」と言った。
「わかりました。持ってきますね」
ワーロン氏と別れてから少女に話しかけた。
「クズ石って何?」
「街の外とかに落ちてる石ころです」
「石ころ? レアなの?」
「鉱石の一種ですが希少価値はありません」
何でそんなのが欲しいわけ?
何でそんなのが欲しいかはともかくとして、クズ石は街から一歩の場所にあった。何なら少女は私が拾う前から持っていたが、欲しいと言ったら拒否された。
「鉱石は訓練費用にしますから」
「何言ってるの?」
「ペットは鉱石を売却して訓練費用にしていいんです」
「それはわかるけど、価値ないんでしょ?」
「塵も積もれば、と言いますからね」
今の一瞬で少女がすごくケチなやつに思えてきたが、これも私がおかしいのだろうか。クズ石って、マジでただの石ころだ。どこにでもあるわけじゃないのかもしれないが、街の外一歩で見つかるなら一個くらいいいと思うし、こんな石に価値があるとは思えない。塵にもならないと考えるのが自然に思える。
とにかく、その塵以下の石をワーロン氏に届けると、お礼と共に足元に金貨とガラス瓶が投げ捨てられた。手渡ししてくれませんか?
金貨は600gp、それから緑色の液体が入った瓶が一本。
「パン屋行こう」
「いい考えです、ご主人様」
昨日の今日で後ろめたい気持ちはあるものの、むしろ件のパン屋では存分に金を落とすべきだ。報酬の600gpと手持ちの90gp合わせて690gpもあればきっとまともな食事が買えるはず。物価価値は知らないが、多分いけるだろう。
果たしてパン屋は、比較的安価(?)でパンを売っていた。とりあえずくるみパンを二つ購入してみた。
「よければ私にもくださいね」
「もちろん」
「ご主人様の心優しさに感激です」
そこまでのことだろうか。というか、
「君は普段何食べてるの?」
思えば昨日の少女は私がパンを盗むのを黙って見ていただけで何も食べていなかった。私と少女が出会う前に彼女が何か食べていたというなら話はそれまでだが、そうでないなら普通もっと空腹をあらわにして然るべきだろう。
「ペットは食べなくても死なないので、何もなければ食べませんね」
「え。お腹空かないの」
「空腹にはなりますよ。死なないだけです」
「何で死なないの」
「ペットなので」
理由になってない。ティリスってもしかしてヤバい場所なのdsろうか。この地にはネフィアを探索する冒険者が多く居ると聞いたが、もし彼らが私と同じようにペットを連れていたとしても、食事を与えることは稀なのか。だとすると、多くのペットは慢性的な空腹に悩まされているということ?
「私はちゃんと君のご飯も買うから、お腹空いたら言ってね」
「わかりました」
もはや少女は私の大事な仲間だ。昨日今日の関係ではあるが、彼女が私に着いてくる限り、私は彼女に私と同じ待遇を与えよう。
少女が有能すぎる。