三日前は木片を、一昨日はクズ石を、昨日は動物の骨を、そして今日はクズを、探そうと思ってふと気づいた。私は別に探し物屋さんではないってこと。木片はいい。すぐに見つかった。クズ石は、2時間かかったがまあ見つかった。動物の骨はかなりかかったが、報酬が多めだった。
でもそういうことじゃない。ネフィアに行かなきゃいけないのだ。というよりも、私はネフィアに行きたい。
そのための準備に金が要る。そういう話だったはずだ。なぜ当たり前のようにバイト戦士に成り下がっているのか。
「ご主人様が“弱くてバカ”だからでは?」
弱くてバカを強調するな。だいたい、少女は私を弱い弱いというが、私は別にそんな弱くないと思っている。確かに力は少し弱いが、魔法は偉大なものだから、筋力の低さを補ってくれるだろう。
「ご主人様は魔法の矢をずいぶん過信しているようですが、相手に近寄られたらどうするんですか?」
「近寄られる前に倒せばいいんじゃないの?」
「ご主人様、止まってください」
ピタッと止まった。少女の止まれ逃げろついて来いと言うときのやや張り詰めた声色は既に危険信号として記憶していて、反射的に従えるようになっていた。これではどっちがペットなんだかわからない。そのお陰かどうかはわからないが今のところ危険な目に遭ったことはない。
さてなぜ少女は止まれと言ったのか。ここは街中、パン屋の前で、危険なことはなさそうに思える。
「ご主人様は、ここからパン屋の中が見えますか?」
「見えるよ」
「今見えている範囲の話ではなく、今見えない範囲の話です」
「見えないものは見えないんじゃない?」
「そうでしょうね。ではご主人様がここから真っ直ぐ歩いてパン屋に入ったとき、すぐ右手に誰かが居たとして、それが敵だったらご主人様はどのように攻撃するつもりですか?」
「今だったら、パンチだね」
武器の類は持っていない。街の外に出れば出るほど武器なんかいらないんじゃないかと思えてきてしまう、という話をさっき少女にしたくらいには武器の必要性がわからない。まあ未だ街の外で交戦したことは一度もないのだが(少女が過剰に交戦を避ける為だ)。
「ご主人様の弱々パンチではダメージを与えるどころか回復してしまいます」
「そんなわけあるか。いやてか魔法の矢を使えばいいんじゃないの?」
「もちろんです。魔法の矢を使ってください。でも魔法の矢を一発撃つだけで死ぬ相手ばかりではないことはわかりますよね。そうなったらどうしますか?」
「もう一発撃つ?」
「その通りです。何発でも撃ってください。当然ですがその間は敵も普通に攻撃してくるのでご主人様は死にます」
「死なないよ何言ってんの」
「いえ、死にます。コボルト想定なら一撃喰らえばまず死にます。ご主人様はモンスターを舐めすぎです」
「本当に言ってる?」
「本当のことしか言いません」
「じゃあさ、逆に聞くけど、コボルトも倒せない私は一体なんだったら倒せるの?」
コボルトは弱いモンスターだ。私の知る限りではノースティリスでも最弱レベルのモンスターの一角だろう。
少女はベッドに座って私をじっと見ていた。考えているのか、わざわざ考える必要があるほど私は弱いと言いたいのか。
宿屋の一番端の部屋は近頃は私たちの家のようなものだった。少女は私がベッドを勧めても隣の部屋に行けと言ってもどこにも行かずに私のベッドの近くで立つないし座って眠るのでそういうものなのだと思った。
しかし寝転んだほうが疲れが取れるのは当然のことなので少女のために近いうちに寝袋でも買ってみようかと思っている。多分雑貨屋あたりに売ってるだろう。
「プチでしょうか」
「プチ倒しても意味ないって言ってなかった?」
「言ってません。相手が誰であれ経験を積むのは大事ですよ」
それは私にもわかる。プチを蟻を踏むように簡単に倒せるならまだしも、そうでないならまだ伸び代があるということだ。
「まあ仮に私がプチしか倒せないとして、プチとだけ戦うなんてできないよね」
であれば私は効率よく経験を積むことができないということになる。
「当然です。“そんな都合のいい場所”はないでしょうね」
「じゃあどうすればいいわけ?」
「依頼をこなしながら街の外で細々と戦闘経験を積む、でしょうか」
「じゃあネフィアに行けるようのなるのは随分先かな」
「そうでもないですよ」
「そうでもあるでしょ」
「ご主人様はプラチナ硬貨を持っていますよね」
「これのこと? プラチナなんだ」
軽いし丈夫な謎のきれいなコインは依頼を達成するたびに貰えるので共通の通貨のようなものだと思っていたが、プラチナ製とは恐れ入った。
「トレーナーにプラチナ硬貨を支払えばスキルを教えてもらえます」
「それって何枚くらいいるのかな」
手持ちのコインを数えてみたところ、どうやら4枚あるらしい。依頼一回につき一枚貰えるらしく、予想では5枚くらいは必要な気がする。
「15枚ですね」
「全然足りないじゃん」
1日1個依頼をこなせば15日で一つのスキルを習得できることになるが、スキルを一つ習得しただけで劇的に何かが変わるとは思えない。単純計算で二つ習得には30日、三つだと45日かかるということになり、しかし三つ習得しても何かが変わるとは思えない。スキルの習得は確かに必要になると思うが、そんなに気が遠いことはやってられない。
「ご主人様は気が短いのですね」
「割と普通だと思うんだけど」
「気が短いご主人様、少しお聞きしますが、お金は今いかほど持っていますか?」
「2000gpくらいだね」
「では武器屋に行きませんか?」
「確かに」
私が弱いのは丸腰だからというのもあるはずだ。少女は口うるさいし嫌味だが、とてもためになることを言う。
武器屋の陳列は悪くなかった。一通りの武器防具に加えて拳銃も売っており、私が買えそうな値段のものもいくつか見受けられた。
「これ何製? なんか透き通ってるけど」
美しく透き通った短剣のようだ。しかも安い。
「硝子ですね。弱いですが軽くて安いのでご主人様にもおすすめです」
硝子って武器になるんだ。
「短剣でいいのかな」
「パンチよりはマシでしょう」
そりゃそうだ。私はすぐにそれを購入した。
「君は武器買わなくていいの?」
「買っていただいても構いませんが一応持っています」
少女はどこからか大剣を取り出した。鉄製に見えるそれはとても重そうで、正しく振り回すことができるなら強いだろう。でもそれ本当にどこから出したの?
「じゃあいいか」
武器を持つとなんだか冒険者らしくなった気がした。
「防具はいるかな」
「あった方がいいとは思いますが、必須ではないと思います」
「じゃあ必須なものってなに?」
「寝具です」
確かに必須だ。
携帯調理器具と寝袋を買って、しかし強くなったかと聞かれればそんなことはなかった。結局少女から下されたまともに戦えないという評価は変わっていない。やはり何か行動を起こす必要があるのだ。しかしどんな行動を?
とりあえず、少女が言うにはこのまま調達依頼を続けてだんだん強くなればいいらしい。まあそれも一つの手だよな、と思う。プラチナ硬貨が貯まればスキルを習得できる。一方で、経験を積めていないという私自身の考えもまた事実だと思う。調達依頼だけでは何事も成長しない。
「と、いうわけで、自分で仕事をとってきた」
「ご主人様にそのような自主性があったとは感激です」
少女はバカにしているが、今回ばかりはバカにさせない。なぜなら今回の仕事は私にぴったりの仕事だからだ。
「町の北の方の家の床下が古い坑道に繋がっちゃったらしいんだって」
「坑道ですか。となると、かなり危険なのでは?」
「それがね、なんとね? プチしかいないらしいの」
「騙されてませんか?」
まあ正直私も騙されてるとは思っている。だからこそ実際に確かめる必要があると思う。
依頼人は見習い『ミシェス』さん。なんの見習いなのか聞いても決して答えてくれなかったが、人形にかける熱い情熱だけは話から伝わってきた。まあ床下からモンスターが湧いてくる状況なら人形よりも自分の身を心配すべきだと思う。
「心配はいらないでしょう。あの人は私より強いですよ」
「そうなの?」
「はい。私が挑んだらミンチにされます」
「そんなに強いなら自分で人形守ればいいんじゃ……。いや見習いなら毎日忙しいのかな」
「とりあえず、行きましょう」
ミシェスさんの言う坑道は確かに家の中にあり、部屋の真ん中に階段のように穴が空いていた。しかもかなり深い。
階段を降りると僅かな空間にやや狭いトンネルが続いていて、そこからプチが出てきた。私は迷わず魔法の矢を発射した。
手慣れたものだが、実を言うと8回に1回程度は失敗する。これは私の鍛錬不足が原因で、あるいは才能がないことが原因だった。祖国で魔法的なものをひたすら学んできた私が得たのはできそこないの詠唱術と魔道具、それから魔法の矢の知識だけだ。
そして今、プチに放った魔法の矢は命中し、プチに致命傷を与えた。少女がすかさず前に出て大剣でプチを切り払った。
*ぷちゅ*
プチはミンチになった。私はすぐに目を擦ったが、見間違えではないようだった。少女の強さは彼女自身が豪語していたので嘘ではないと思っていたが、実際見てみるとこれはなかなか驚きだ。確かに私など目隠ししても勝てるだろう。こんなに実力差があったとは驚きだ。
少女と入れ替わるように前に出て魔法の矢を放つ、放つ。魔法はよほどのことがなければ必中だ。詠唱失敗は痛いが、プチ相手なら問題はない。たまに体当たりを食らって痛いけど、まあ問題はない。そのまま薄闇の中を進んでいくとベスプチが出てきた。これも問題ない。結局雑魚ばかりだが、成長している実感は得られた。魔法の矢と短剣を使った単純な戦いは確かに私を成長させているようだ。
「ご主人様、下がってください」
「え? なんで?」
疑問を呈しつつも少女の声に従う。一瞬後にジュ、と嫌な音が聞こえた。続いて何かが科学的に分解されたときの臭い。あれは──。
「スライム……」
危険な相手だ。本で読んだ限りでは決して強い相手ではないが、軽い火傷を負わせる程度の強烈な酸、それによって、溶かされる装備。そう、私たちの大切な資産を台無しにする恐ろしい敵なのだ。
「スライムはご主人様よりもずっと動きが遅いです。つまり、撤退しながら攻撃すれば比較的安全といえます」
私は首肯して魔法の矢を放った。有効打ではあるが、明らかにプチよりも硬い。当たり前か。スライムから一定の距離を保って魔法の矢を放っていると、突然スライムが弾けた。言い換えると、ミンチになった。そしてスライムだった酸が地面に散らばり、通行不能になった。なんだこれ。
「うーん、一旦帰る?」
「ご主人様に従います」
敵が出てくる気配はない。散った酸はどれくらいで消えるかわからないが、それほど時間はかからなさそうだ。
「ご飯でも食べようか」
くるみパンを少女に渡して私も食べる。最近はずっとこれだった。栄養バランスは悪いし、肉と野菜を食べたいが、贅沢は言えない。
少女は私がパンを手渡す度に意外そうな顔をして、それからほんの僅かに微笑む。彼女にとっては食事を与えられる方がおかしいことなのだ。だからこそ、彼女を飢えさせることのないようにしたい。そのためにも強さが必要だ。
子犬の洞窟にいくのはいつになるのか