弱酸性スライムに関してはゲーム通りの速度として扱う予定です。
食事をしていると坑道の奥から何かが向かってきた。なんなのかはわからないがゾロゾロと並んでいることだけはわかる。パンを口に詰め込んで立ち上がり、よく見てみると、黒いよくわからない生物だった。なんだあれ。
「バブルです。分裂生物の一種で、弱い攻撃では逆効果です」
「なんか、攻撃してないのに増えてない?」
分裂生物が攻撃を受けて絶命しなかった場合に分裂する可能性がある、というのはわかるのだが、目の前のバブルはこちらに近づくにつれて数を増やしているように思う。
「スライムの酸です、ご主人様」
「え、どういうこと?」
「スライムが地面に残した酸を踏んでダメージを受け、分裂しています」
「そんなふざけた話ある?」
酸があるならまず歩いてくるなよ。痛いのわかりきってるだろ。それともバブルとやらは痛覚がない生物なのか?
「この数相手にするのは無理かな」
「まとめて攻撃できなければ際限なく増え続けますからね」
よしじゃあ撤退だ。幸いにも坑道は一本道で、階段さえ登り切ってしまえば視界は切れるし追ってくることもないようだった。
「どうしよう」
逃げきったところで解決したわけではない。バブルをまとめて攻撃する手段がなければ坑道を進むのは不可能だ。そして少なくとも魔法の矢にそんな力はないのだった。何より問題なのが、ノースティリスにおいて依頼失敗は犯罪になる、ということだ。パンを盗み食いしても寝ている人にタックルしても犯罪ではないのに依頼を失敗したら犯罪だ。ふざけるのも大概にしてほしいが、まあ少女がそう言うからには事実なのだろう。
「僭越ながら、光線魔法を習得してはいかがでしょう」
少女の控えめな提案には「多分無理だろう」という言外の意が透けて見えた。まあ実際無理なのだが。
「光線魔法は難しいからね。それが覚えられるくらい優秀な魔法使いならこんなとこまで来てないよ」
「では杖ならどうですか?」
「あればいいけど、どこか売ってるところあるの?」
少女は私の手を引いて魔法屋と思しき店まで引っ張った。どうやら、パン屋のすぐ隣にあったらしい。魔法杖だけでなく、ポーションや魔法の本、巻物に至るまで魔法にかかわるあらゆるものが売られているようだ。
「氷の視線の杖7回、1075gpか……」
これを買うとお金がほとんどなくなる。バブルは倒せると思うけど、わざわざ買うほどのものかはわからない。この値段を見てしまうと、地道に勉強して光線魔法を覚えるのも手だとは思う。
でもまあいいか。杖を買っても無理だったら仕切り直して調達依頼を頑張ることにしよう。
坑道内で出会ったときに問題なのはむしろスライムの方だった。バブルはいざとなれば近接戦闘を仕掛けてもいい。少女ならある程度相手にできるだろう。でもスライムは、少女が絶対に戦ってはいけない相手だ。つまり、氷の視線の杖はなるべくスライムを巻き込むように使う必要がある。
私が見ていない間にバブルが収拾つかないほどに増えている、といったことはなく、状態は数十分前と変わっていなかった。狭い坑道に一直線に並ぶバブルに真っ直ぐ杖を振った。瞬間、杖の先から氷の光線がほとばしり、目前の全ての敵を貫いた。目の前のバブルは完全に凍りついて、触る間もなく砕けた。末恐ろしい魔法だが、まだ油断はできない。無駄使いになることを覚悟で、同様にもう一度杖を振る。氷の光線はすでに凍っていたモンスターも含めて直線上を制圧した。
今はまだ魔道具の頼っているが、いつかはこんな魔法を自分で唱えないものだと思う。そのためにも、まずは横穴に入り込んだ残党の掃除だ。
少女は何も言わずに坑道に掘られた部屋に入ってプチをミンチにしていた。私も魔法の矢で援護はしたが、必要はなかったかもしれない。少女はプチだけでなく、囲まれない状況ならバブルすら余裕でミンチにしていた。味方で良かったと心底思う。
一方の私はというと、坑道の少し曲がった道を進みながらプチを斬っていたらとうとうヤツに出会ってしまい絶体絶命だった。ヤツとはスライムのことである。ちなみに二匹いるようだ。咄嗟に撃った1発の魔法の矢で酸が飛び散ったが、もはや距離的に猶予はなく、逃げるしかない。
全力で下がりながら杖を構えていたらスライムのうち一匹が弾け飛んだ。なぜかはわからないがチャンスだ。すぐに氷の視線の杖を振る。ちょっともったいないが仕方ない。
放たれた光線によってスライムは凍りついて弾けた。どうやらスライムに追従した何匹ものプチがスライムのばら撒いた酸を踏んで死んだらしく、坑道の奥にはほとんどモンスターがいなかった。本当に傍迷惑極まりないモンスターだ。
「勝手に進まないでください」
「うわびっくりした」
脇道の部屋を掃除していたらしい少女がいつの間にか追いついていたらしい。見覚えのない外套を羽織っている。
「結構片付いたんじゃない? 氷の視線の杖もあと4回残ってるし。まあスライムのおかげだけど」
「スライムは自分の酸で死にますからね」
「何それ初耳なんだけど」
生物として不適格すぎるだろ。なんで生存できるんだそんな非合理的な存在が。まあ周りの迷惑も考えずに酸を撒き散らすくせに他の生物からのバッシングがない時点でなんらかの形で共存してはいるんだろうけど。
話していたら坑道の奥からプチとバブルが出てきた。しかし少女の敵ではない。少女は私のポーチを勝手に漁って片手で大剣を振り回してながらサンドイッチを食べていた。本当に強いんだな。
坑道の最奥はやや広い部屋になっていて、部屋中にというほどではないがバブルとプチとスライムがちらほらいた。そしてその全員が私の方を向いた。
「モンスターハウスですね。数は多くないですが、一旦退きます」
少女に従って坑道を真っ直ぐ引き返すと、一番近くにいたバブルが先頭になってモンスターが一列に押し寄せてきた。流石にこの状況でやるべきことを誤るほど腑抜けじゃない。私は氷の視線の杖を構えて振った。これで残り3回だ。
「何匹か生き残ってるようです」
少女のその声で私は迷いなくもう一度振った。残り2回。武器がすり減っていくことに危機感を覚えるが、出し惜しんでミンチにされるのはごめんだ。
また坑道の最奥の部屋を覗き見て、スライムがいないことを確認したらそのまま部屋に残っていたプチとバブルを少女と手分けしてミンチにした。硝子製のダガーは不思議なほど手に馴染み、体が軽くなるような気すらした。特別威力が高いわけではなかったが、ダガーを持っていると拳や木の棒でモンスターを殴ろうとしていた自分の愚かさがわかるようだった。
おそらく全てのモンスターを倒したので坑道を引き返そうとすると、少女が当たり前のように落ちているものを拾って懐にしまっていた。
「ここって一応人の家なんじゃないの?」
「犯罪行為ではありません」
犯罪かどうかなんか聞いてないんだけど。
「え、スライムを退治してくれたの?ありがとうございます♪あたしのぬいぐるみたちも喜んでるわ。これ、役に立つかわからないけど、とっておいてね」
ミシェスさんは満面の笑みでそう言って報酬を私の足元に投げ捨てた。お願いだから手渡ししてくれませんかね。gpとかが余分に散らばって拾い集めるときとかにすごく惨めな気持ちになるので。
そんなミシェスさんがくれた報酬は今の私には目玉が飛び出るほどの金額である3000gpと、クエスト2回分であるプラチナ2枚と、何やら鉄製の小盾と、なんなのかわからない腰当てだった。盾は魔法使いとして使うわけにはいかないし、少女も要らないと言って受け取らなかったので売ることになるだろう。腰当ては私が装備しておいた。何もないよりいい。
「ネフィアの夢に結構近づいたんじゃないかな」
「そうですね」
夢とか言ってる時点で結構遠いのだが、魔道具に頼りつつとはいえスライムにも勝てたというのはかなり自信がついた。近いうちに討伐依頼なんかやってみてもいいのかもしれない。
魔法屋さんに杖は通常並びませんが、「よく分かるelona」に限りたまに並ぶということにさせてください。これについては今後基本的に杖は何でも屋で購入するような描写にします。