『最初に確認出来たのは、半年よりもう少し前の時期だ』
メガネを整えながら赤馬零児はそう言った
『エクシーズ召喚の連続反応…当時、強力な反応と小さな反応が同時期に幾度となく発生し、レオ・コーポレーションの手の者を向かわせたが、あまりに早くデュエルが終わっていた為姿形すら捉えられなかった。目撃者も口を揃えて「あんなものはデュエルではない」の一点張り、デュエルログも消す徹底っぷりだ。故に次は人海戦術を取った訳だが、それを予見したかのように反応はパタリと途絶え、当時の我々は捜索を断念せざるを得なかった』
『監視カメラは?』
『何故か彼が映る場面だけブラックアウトしていた。今考えれば、あれは彼の特殊な力によるものだったのだろう』
『…………』
『私は彼と接触するまで、あのエクシーズ召喚の反応は複数の人間が連戦のデュエルで何度もエクシーズモンスターを召喚したのだと推測していたが……今ならば分かる。あの小さな反応は、
その予測を確信させたのが、黒咲とのデュエルでIVが見せた「CNo.」モンスター
限界ギリギリまで計測出来ていた「No.」のデータが、最後の「CNo.」に進化した途端低い数値に減少した。これは当時計測していた謎のエクシーズ召喚の反応記録、それらと非常に一致している部分が多かった
『オーバーフローだと?』
『そうだ。我がレオ・コーポレーション社のシステムが探知出来る召喚反応、その探知範囲を数値化して“1000”まで計測出来るとしよう。彼の「No.」が高くとも“1000”の範囲内だが、君が見たカオス化で「CNo.」となり“1100”にまで反応が増大すれば……計測したシステムが示す数値は“100”と低い計測結果になる訳だ』
『…それは、俺達エクシーズ次元の人間と比べてどれ程のものだ?』
『君が基準になるが、君が高ランクのモンスターにランクアップさせて、ようやく「No.」と肩を並べられる反応になると言ったところか』
『………チッ』
『やはり、彼はエクシーズ次元の住人ではないと?』
『当然だ!業腹だが、奴の実力は俺やユートより上だろう。しかも、それでいて尚奴は実力の底を見せてない…そんな奴がハートランドにいれば必ず注目の的になる。奴の容姿と外面の良さを考えれば尚の事だ』
黒咲達が暮らしていたエクシーズ次元は平和な世界だったが、平和であればあるほど退屈なもので、娯楽と話題に飢えているとも言えた。あれほどの人物がエクシーズ次元にいれば、そこに住む人達が放っておく訳がない
『だが、そうなれば当然気になるのは奴は何者かということだ!…言っておくが、俺はまだ奴がアカデミアのスパイだという可能性を捨てたわけではない。何故エクシーズモンスターを使うのか?何故「RUM」を持っているのか?その疑問を解決出来れば、むしろ出現時期も合わせて、奴ほど疑わしい人間はいない!』
『君の懸念は理解出来る。しかし万が一、もしIVが敵の間者だったと仮定しても、リアルソリッドビジョンの小型化が終わっていない現段階で彼を刺激するのは良くない。実体化したモンスターによる無差別破壊…その恐ろしさは、
『ッ……!!』
黒咲の脳裏に浮かぶのは、十の頭を持つ巨人が故郷の何もかもを踏み潰し、破壊して回る姿…奥歯を強く噛み締め、憎々しげな感情を甦らせる
『…だとしても!
“いずれ分かるさ。いずれな…”
『ええい、思い出しただけで腹が立ってきた!』
『……どこに行くつもりだ?』
『奴を見極めにだ!…奴が事を起こす時が来れば、どの道この街はタダでは済まない。ならば奴を見張り続け、奴の正体を暴くチャンスを伺う!』
そう言って退室しようとする黒咲の背に向かって零児が声をかける
『待て』
『貴様の指図は受けん!』
『そうではない、忠告がある』
『何?』
『どんな経緯であれIVと交戦する事になっても、人形コロンとデメット・ドールにだけは決して手を出さないことだ』
『確か……IVが所属している塾の人間か』
『そうだ。私の見る限り、IVはこの2人に対してだけは心の底から気を許している。我々を脅す時も、2人と塾には手を出さないこと、そしてこれらの保護を要求してきた』
『…………』
『彼にとってのウィークポイント…そして同時に逆鱗でもある。もしIVが本気で怒れば…この街、いやこの次元は火の海程度では済まなくなるかもしれん。…私の言いたいことは分かるな…?』
忠告とは言ったが、言外に絶対に手を出すなという零児の指示。額から流れる汗が、彼の本気さを表していた
その無言の圧力を浴びせられた黒咲は、数瞬だけ静かに目を閉じ…
『……俺の敵はアカデミアだけだ』
それは、アカデミアではない2人には手を出すつもりはないという、黒咲なりの返答だった
そんな過去のやり取りを思い返しながら、アクションフィールドによって変化した舞網市の中を翔ける
黒咲はIVという男を信用していない
赤馬零児でさえ多少は見せた本音、腹の底。IVはそれを微塵も見せないからだ。黒咲だけではなく、一応は協力者であるはずの零児にもだ
誰だって秘密はある。黒咲も親友のユートや、妹の瑠璃にも隠し事をする事があるのだ、そんな事は黒咲だって分かっている
しかし、どう考えても疑われている状況で、それでも隠し通せる或いはバレても問題ではない…そう言った態度を取り続けることがひたすら黒咲の癪に障っていた。そんな人間を信用出来るはずもなかった
だからこそ、舞網チャンピオンシップの第3回戦。街1つを広大なアクションフィールドに変えたサバイバルバトルロイヤルデュエル。24時間という長い時間を使って、IVの化けの皮を剥がす。黒咲はそのつもりだった
……だからこそ、黒咲は混乱するしかなかった
IVと黒咲の目の前で
“
「これは…一体…!?」
何故、IVの属する塾が燃えているのか。しかもこの尋常ではない燃え方、何者かによる放火が原因なのは明らかだった。黒咲は1番最初にIVを疑い、その横顔を見た。そして、その可能性は即座に霧散した
何故ならIVのその表情は、愉悦に染まっても、無感情に漂白されてもいない。この世界で初めて見せる、困惑と驚愕と絶望が綯い交ぜになった表情をしていたのだから
これを演技で表現するなど、それこそどこぞの海老を2クール近く騙し切った真ゲスレベルに邪悪な性根でなければ不可能だろう
余程ショックだったのだろう、30秒ほどは炎上している塾を信じられないといった表情で見上げ続けるIV…
「──爺さんっ!!コロンっ!!」
そして、フリーズしていた脳が動き出した瞬間、IVはそう叫びながら業火に包まれる塾の中に躊躇いなく入っていった
「待て!!俺達まで入るのは自殺行為…ぐぅっ!?」
燃え盛る家屋に入っていくIVを止めようとするも、ゴゥ!とより一層強さが増した炎がIVと黒咲の間に挟まり、黒咲の制止も聞かずIVは中に入っていった
(あの男がこれほど冷静さを失うとは…!それほどこの塾は、この塾に住む2人は、IVにとっての……)
中に入ったIVを待ち構えていたのは、炎に包まれた地獄だった
見覚えのある景色が、それを彩る家具や日用品、コロンがおねだりして買い揃えた人形が、全ての思い出が見境なく灼けて、融けて、灰になっていく。これ以上の地獄が一体どこにあるのか?そう問いたくなるほど、IVにとっての地獄絵図が広がっていた
しかし、それでもIVは振り絞った精神力で絶望した心を無理やり奮い立たせ、大声でデメットとコロンの名を叫びながら中を捜索する
「爺さん、いるなら返事をしろっ!!コロン!!どこだッ、コロォーンっ!!」
炎が皮膚を焦がす。熱気が眼球の水分を飛ばし、声を張り上げる度に火の粉が喉奥を炙る。それでもIVは叫び続けた。煙を吸わないよう気をつけつつ、2人が居そうな場所を探し続けた
そして、辿り着いた人形デュエル塾のちっぽけなデュエルコート…そのど真ん中に、小さな影がうつ伏せで倒れているのを見つけた
「!! コロンッ!!」
すぐにIVは駆け寄りコロンを抱え、煙を吸わぬようハンカチで鼻と口を覆い、炎と熱気と黒煙から彼女を庇う。浅いものの呼吸はしており、重篤な症状に陥ってる様子もなかった
「コロン!!しっかりしろ、コロン!!」
「……IV……?」
IVは顔を歪めた。なんと弱々しく、痛々しい姿なのだろうか。だが感傷に浸ってる暇はなかった。まだデメットが見つかっていないのだから
「コロン、安心しろ、もう大丈夫だ…爺さんもこれから見つける。とりあえず外に出──」
「IV……ごめんね……」
「ッ、なんでお前が謝るんだ!お前は何も悪く」
その時だった
セリフを途中で中断させたのは、コロンの近くで落ちていた、ありふれた裏向きの1枚のカード
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝り続けるコロン、嫌に存在感を感じさせるカード。景色が色褪せる
時間がないにも拘わらず、IVは嫌に緩慢な動きで腕を伸ばし、カードを拾う
(まさ、か)
バカな。そんな筈がない。しかしもうそれしか。有り得ない。既に分かっているだろう。信じられない。信じたくない。違う。違う。違う!
そして、捲ったカードには……
何も
「私、IVとデメット爺さん、守れなかった」
何かを庇おうとするデメットの姿しか、
「じい、さん」
大きく崩れ落ちる音が鳴った
支柱が限界を迎えたのだろうか。デュエル塾が炎と共に、大きな音を鳴らしながら崩れ落ちていく
「IVォォォ────ッ!!!」
惨劇を前に、黒咲はIVの名を叫んだ
あんな物で生き埋めになれば、生きている人間など居るはずがない。黒咲は思わず顔を逸らした
しかし、黒咲は次第に疑問を抱く。あれほど派手な音を立てながら崩れたにしては、随分建築物としての形を保っているように見える。更に燃え落ちる塾を見続けて………何か黒い巨体が、崩れ落ちる塾を支えている事に気づいた
その巨体の下を潜るように、子供を抱き抱えた男が出てくる
「IV!!」
IVは十分に距離を取ってからその巨大なモンスターを消すと、今度こそ人形デュエル塾は完全に崩れ落ちた。抱えていたコロンを優しく地面に下ろし、肩で息をするIVに黒咲が近づく
「おい、大丈夫か!?……うっ!?」
出てきてから一言も喋らないIVを心配した黒咲はその顔を覗き込み……思わず怯んでしまった
IVの体は酷い状態だった。いつもの白い服は煤けて一部が融解し、露出した皮膚は火傷を負っていた
特に一際酷かったのが、落ちてきたガラス片から咄嗟にコロンを庇った結果出来た顔の怪我。
「IV、お前…」
ここに来て黒咲は、自分は完全にIVという男を見誤っていた事を悟った。例え恩人の為と言えど、実際に燃えた家の中にまで助けに行き、自分の怪我を顧みず庇える人間がどれほどいるものか
(人形のように、無機質で残虐な奴だと思っていた。だがその心は、誰よりも情に厚い人間だった)
もはや疑う心は消えた。少なくともこのIVという男は、この惨劇を生み出した連中の同類などではない。それは確実だった
黒咲はIVが持っていたカードを見た。そこに写っていた老人の姿を見て、やはりかと黒咲は1人納得すると、表情が抜け落ちたIVの肩を掴み、喝を入れながら必死に伝える
「IV、よく聞け!
IVが人形デュエル塾に突撃した直後、ふと黒咲は塾の周辺で舞い散る
それは火事によって起きた上昇気流で散らばった複数のデュエルモンスターズのカード。黒咲はそのカードのイラストが、人形デュエル塾を守る為に出撃したデュエリスト達のものだと分かった瞬間、この状況を生み出した下手人の正体を理解した
ザッ ザッ ザッ
「!!」
「ターゲットの誘引に成功」
「後は纏めて始末するだけだ」
黒咲達の後ろに現れたのは、青色を基調とした軍服を身に纏った、仮面を着けた3人組。赤馬零王直属の精鋭部隊“オベリスク・フォース”だった
「アカデミア…!やはり貴様らの仕業か!」
「なんだお前?我々を知っているのか?」
「という事は、
つまりオベリスク・フォースは、IVをエクシーズ次元の人間だと勘違いして襲撃を仕掛けたという事になる。だとしても、何故アカデミアでもエリートと呼ばれる精鋭がIV個人を狙ってくるのか。様々な疑問が付き纏うが、黒咲が聞きたかったのは一点
「何故塾を襲った!?お前達の狙いがIV一人だけならば、塾を狙う必要はなかったはずだ!」
「そんなもの、面白みがないからに決まってるだろう?」
「何だと…!?」
「面白み…?」
「ただ獲物を追っ掛けて狩るのはマンネリ気味だったからなぁ」
「だから今回は趣向を凝らして、獲物を誘き寄せる方法にしたってわけだ」
「丁度いい餌と薪もあった事だしな」
「餌…?薪…?」
「それにしても随分弱っちい連中に守らせていたものだ」
「中にいたのもジジイとちっこいガキだしな」
「俺達に挑んでくるとは、とんでもなくバカなガキだったな」
「ジジイ…?バカなガキ…?」
「よく言うぜ。そいつにライフをギリギリまで削られてた癖に」
「フン、勝てばいいんだよ」
「結局負けた上、守ろうとしたジジイに庇われたってんだから、とことん惨めなガキだぜ」
「まったく、違いない」
『ハハハハハハハハ!!』
「貴様らァ…!!」
まるでゲームの解説でもするかのような軽い調子で自分達がした事を語る3人の様子に、黒咲の怒りのボルテージが高まっていく
分かっていたはずだ。自分達の故郷を破壊し尽くし、そこに住む罪なき人々をハンティングゲームの獲物として狩っていく連中だ。奴らに道徳や良心を求める方が馬鹿げているのだと。それでも、我慢出来るはずがなかった
遊び感覚で帰る場所を燃やし、人々をカードに変え、あまつさえ幼い子供をリンチにし、燃え盛る建物の中に餌として放置していくなど、もはや人間と呼ぶことすら憚られる外道の所業でしかなかった
「クズ共が…!断じて許さん!!」
「なんだ、我々に楯突く気か?」
「エクシーズの負け犬風情が生意気な」
「いいだろう。まずはお前から狩ってやる」
黒咲隼とオベリスク・フォース、一触即発の雰囲気が漂う中、IVが動き出した
コロンを優しく…まるで最期の触れ合いと言わんばかりの慈しみを込めて静かに撫でると、立ち上がってデュエルディスクと紋章の力を起動させる
「IV…!」
「なんだ、お前も一緒に狩られたいのか?」
そして黒咲を手で退かしながらオベリスク・フォース達の前に立つ
「どいてろ」
「何…!どういうつもりだ!」
「こいつらは俺1人でやる」
それを聞いたオベリスク・フォースは嘲笑う
「ハ、ハハハハ!おい、お前ら聞いたか!?」
「エクシーズのゴミ風情が我々を同時に相手だと!?」
「ショックで頭がおかしくなったようだな!」
一方、黒咲はIVの正気を疑った
「何を言っているIV!?正気か!」
「ああ…至って冷静だぜ」
「IV、アカデミアの強さはスタンダードの人間とは比較にならん!特に奴らはエリートの精鋭部隊、いくらお前が強かろうと1人で勝てる相手ではない!」
「黒咲」
「冷静になれ!俺とお前ならば奴らにも」
「邪魔だっつってんだよ」
「ッ!?」
黒咲は思わず後退った。泥水で神経を洗うような、禍々しい気配がIVを通して溢れてくる
「クク…本当に1人で我々に挑む気か」
「バカな奴め」
「我々をナメた事、身をもって思い知らせてやる」
オベリスク・フォースは、未だにIVの変化に気づかない
そして、黒咲は思い知る
先程自分が評した「誰よりも情に厚い」。それが裏返ることは即ち…
「絶望の」
最悪の悪魔の誕生を意味するのだと
「引き攣り濁った顔を見せてくれよ」
悍ましいのに、どこまでも純粋なIVの“笑顔”を見て
黒咲は思い知ることになる