【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件   作:銀層

10 / 28
10話 弱肉強食

ダンジョン内は、どこまでも静かだった。

だが、その静けさを覆うように、無数の蝶が宙を舞っている。

羽ばたく音すらない。

ただ、ゆらり、ゆらりと──死の前触れのように、淡く、儚げに。

 

「蝶に対して、嫌悪感なんて今までなかったんだけどな……」

 

俺は思わず口の中で呟いた。

美しいはずの翅が、ここでは不気味に見える。

あまりに多すぎる。

壁にも、天井にも、床にも。

そこかしこで、触れるか触れないかの距離で、蝶の群れがうごめいている。

 

まるで何かを監視しているかのように。

いや、違う。

まるで──餌を待っているかのように。

 

辺りの空気はひどく薄い。

目の前を通り過ぎた蝶の翅が、かすかに毒のような粉を舞わせていた。

 

「気をつけた方がいい。あいつら、ただの飾りじゃないかもしれない」

龍華が呟くように言った。

 

俺たちは、注意深く歩を進めた。

風の神殿──“蝶の巣”とでも呼ぶべきその場所は、見た目以上に、危険な匂いを孕んでいた。

 

「それにしても……龍華さんって、探索慣れしてますよね」

 

俺がそう言うと、彼女はちらりと振り返り、肩をすくめるように笑った。

 

「何度も行ってるからな。じゃなきゃ、こんな場所、平気な顔で歩けないさ」

 

「そんなに何度も?」

 

「そりゃあ、他のメンバーに行かせるわけにはいかないだろう。命がいくつあっても足りない」

 

そう言いながら、龍華は足元の罠をあっさりと見抜き、迂回する。

さすがというべきか、彼女の視線は常に先を見据え、隙がない。

 

「私より強いのはいないよ。少なくとも、このエリアではね」

 

その言葉に、俺は何も返せなかった。

つい数日前、自分たちの目の前で繰り広げられた圧倒的な“ドラゴンの召喚”──

まさに軍勢と呼ぶにふさわしい展開力。

 

あれを見せられてしまえば、誰だって認めざるを得ない。

 

「……ですね」

 

俺は、ただその背中を追いながら、小さくうなずくことしかできなかった。

 

 

~~~

 

龍華が巨大な《ダークバタフライ・クイーン》と対峙している間、俺はその陰で蠢く小型の蝶型モンスターたちと向き合っていた。

 

──それは人間ほどの大きさ。翼を震わせ、不気味な羽音を響かせながら、次々と数を増やしていく。

 

数で押すつもりか……だが、全体攻撃には弱いな

 

手札から、俺は迷いなくカードを場に叩きつけた。

 

「出てこい──《紅蓮獣バーサク・タイガー》!」

 

赤熱した炎のようなタテガミを揺らし、獣が咆哮と共に姿を現す。

その瞬間、効果が発動する。

 

「効果発動。全体1ダメージ」

 

バーサク・タイガーが地を踏み鳴らすたびに、無数の小型ダークバタフライが爆ぜるように舞い散る。

 

──一撃。だが、それだけで十分だった。

 

《バーサク・タイガー》の爪にかかったのは6体。

つまり、6体分の追加ダメージが相手ライフに直撃する。

 

ライフカウンターがゼロになると同時に、対戦相手だった蝶モンスターは黒煙を上げて消滅した。

 

「君も、なかなかやるね」

 

視線を上げると、龍華が少し驚いたような顔でこちらを見ていた。

 

「そこら辺にいるモンスターより強いよ。……いや、それ以上かもね」

 

火の粉を払うように笑う彼女の目には、ほんのわずかに興味の光が宿っていた。

俺は肩で息をしながら、無言でカードを手札に戻した。

 

 

~~~

 

「君も、ここのモンスターを狩れるくらいになったから、少し話しておくよ」

龍華は、倒れたダークバタフライの羽を踏みながら立ち止まった。

その横顔は、いつになく真剣だった。

 

「実はね、この世界のモンスターにも“弱肉強食”ってやつがあるんだ」

「……モンスターにも?」

「そう。強いモンスターは、弱いモンスターを食って、力を得る。吸収とか、融合とか、方法は種族によって違うけど──結果は同じ。数をこなせば、いずれ上位個体が生まれる」

彼女は、剣を収めながら続けた。

「だからこそ、君たちに任せている依頼は“最下層の個体”の狩りなんだ。言ってしまえば、Dランクのモンスターの駆除だよ」

 

「駆除……」

「そう。“戦い”でも“探索”でもなく、“掃除”。この手間を怠るとね、あっという間にBランク、Aランクのモンスターが生まれる」

「……つまり、私たちは強いモンスターを生み出さないために動いてるってことですか?」

「そういうこと。見た目以上に地味で、成果が見えにくい。でも、絶対に必要な任務なんだ」

一瞬の静寂が、森の奥からの風とともに通り過ぎた。

「まぁ、今君たちが倒してるのはDランクくらいだけど……ここにいる“本物の上位種”は、まったくの別物だよ。覚悟しておいて」

龍華の声には、重みがあった。

その背中に、俺は改めて“格の違い”と、彼女が見ている世界の広さを感じた。

 

気がつくと、俺たちはダンジョンの最奥──空気が異様に張り詰め、音ひとつしない空間に立っていた。

 

そして、目の前に現れたのは──

家ほどもある巨大な蝶だった。

 

羽を広げた瞬間、まるで周囲の空気が吸い取られるような感覚に襲われる。

虹色にきらめく鱗粉が舞い、視界が霞む。

 

「……どうやら、最上級のモンスターが現れたみたいだね」

 

龍華が静かに呟く。

だが、その声には怯えも焦りもない。むしろ、久々の“本物”に対するわずかな高揚すら感じられた。

 

「……あれが、上位個体……?」

 

「おそらく、ここの“捕食連鎖”の頂点に立つ存在だよ」

 

蝶はゆっくりと羽ばたいた。

その一振りだけで、風が吹き荒れ、俺たちの足元の砂利が巻き上がる。

 

「このまま帰ってもいい。でも──戦うなら、命を懸ける覚悟はしておいて」

 

龍華が振り返る。

 

俺は、その瞳に宿る光を見て──心に決めた。

 

巨大な蝶──家屋ほどもあるそのモンスターが、宙に浮かびながらこちらを見下ろしている。

羽ばたくたびに風が巻き起こり、視界が揺れる。虹色の鱗粉がゆらめき、空間そのものが歪んで見えた。

 

そんな中で、龍華は一歩前に出る。

 

「下がっていろ、狼華。これは私が狩る。」

 

彼女の声は静かだった。けれど、どこか決して逆らえないような気迫を含んでいる。

 

「私が、こいつを狩るところを──しっかりと見ておいて」

 

その背中はどこまでも大きく、頼もしく、そして孤高だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。