【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件   作:銀層

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13話 回想

天界――そこは、地上の喧騒とは無縁の、静謐な空の世界。

モンスターの襲撃もあまりなく、日々がゆったりと流れる平穏の地。

青く澄んだ空の下で、整備された町並みが白く輝いていた。

 

その一角、薄桃色の花が咲く庭園を見渡すバルコニー付きの屋敷。

その家に、かつて龍華も住んでいた。

 

「姉さん、今日も学校行きたくないよ……」

 

眠たそうな声で、頬杖をつきながらぐったりと呟く少女。

妹の名は、あやか。

まだ制服に袖を通していないまま、朝の光を浴びてソファに沈んでいる。

 

「もー、また? あやか、学校に行きなさい」

 

キッチンから顔をのぞかせたのは、龍華。

エプロン姿に優しい笑みを浮かべ、まるで日課のようにその言葉を繰り返している。

 

「あーい……」

 

渋々と返事しながらも、あやかはしっかり制服に手を伸ばしていた。

 

そう、これは“あたりまえ”の一日だった。

モンスターの影も、争いの火種もない、ほんの少し退屈で、だけど心から穏やかな日常。

 

龍華はそんな日々を、確かにそこに過ごしていた。

妹の寝癖を直しながら、笑いあい、背中を押して送り出す朝。

 

その時の自分が、この先どれだけの戦いと悲しみを見ることになるかなど、想像すらしていなかった。

朝の空はどこまでも青く、風は優しかった。

 

「姉さん、がんばってくるからね」

「うん。帰りには迎えに行くから」

 

そう言って、あやかは小さな手を振った。

龍華も、いつものように微笑んで、見送った。

 

それは、なんでもない――本当に、よくある朝の光景だった。

制服の裾を揺らして、あやかは通学路の角を曲がっていく。

その背中が見えなくなるまで、龍華は見送っていた。

 

ほんの数分。たった数十メートルの距離。

それが、ふたりの永遠の“最後”になるとは、思いもしなかった。

 

当たり前に思っていた時間が、唐突に、理不尽に断ち切られる。

日常の終わりとは、いつもこんなにも静かで、あっけない。

 

「じゃあね、またあとで」

 

その言葉が、最後の約束になってしまった。

もう二度と、あの手を引くことも、声をかけることも叶わないまま――。

 

 

妹と別れ、1時間後――。

それは本当に、いつもと変わらない朝のはずだった。

 

なのに。

 

「……煙?」

 

龍華は立ち止まる。遠く、学校の方向から黒い煙が空を裂いていた。

目を凝らすまでもない。あれは火事なんかじゃない。爆発だ。

そして、その直後――。

 

『警報発令。全住民に通達します。第七地区、魔物襲来。繰り返します、第七地区にモンスターの出現を確認』

 

甲高い警報音が空に響き、街じゅうに張り巡らされたスピーカーから、冷たい声が鳴り響いた。

 

「モンスター……?天界に、モンスター……?」

 

ありえない。ここは“天界”だ。

モンスターなんて地上にしか現れないはずだった。

天界人は安全だと、ずっと信じていた。

 

足が震えた。

 

周囲の人々もざわついている。誰もが状況を飲み込めていない。

だが、次のアナウンスが決定的だった。

 

『非戦闘者は、直ちに指定された避難所へ向かってください。第六避難区が最寄りです。各自、落ち着いて行動を』

 

「……っ」

 

目の奥が、じんと熱くなる。

行かなきゃ。わかってる。私は、ただの一般人。

今は、どうしようもできない。

 

でも――

「あやか……!」

 

あの子の顔が浮かぶ。

手を振って、学校へ向かっていった、あの笑顔。

 

迎えに行くって言ったのに。

一緒に帰るって、約束したのに。

 

それでも――それでも。

 

私は、避難しなければならなかった。

私は、選ばれてなんかいない。ただの市民。

ここで向かえば、何もできずに、死ぬだけだ。

 

拳を握る。唇をかむ。

無力さと、悔しさと、そして恐怖。

 

「……ごめん……ごめん……っ」

 

泣く暇すらなく、龍華は避難指示に従って走り出した。

警報の鳴り響く中、心の奥で小さな何かが――確かに壊れた音がした。

 

避難所の空気は重かった。

けたたましい警報は止み、モンスターは「鎮圧された」と告げられた。

けれど、それが本当に終わりだったとは、とても思えなかった。

 

龍華は、ただ待っていた。

あの子が、あやかが帰ってくるのを。

ひたすらに――何時間も。

 

やがて、家族が避難所へたどり着いた。

泣きじゃくる母。疲弊した父。

でも、そこに――あの子の姿はなかった。

 

「……あやかは?」

 

誰に聞いても、返事はなかった。

 

時間が過ぎていく。夜になって、朝になって、また夜になった。

それでも、妹は帰ってこなかった。

 

やがて、騎士団から報告が入った。

「モンスターはすでに撃退されました」

「現地は制圧済みです」

「犠牲者の確認を進めています」

 

それは、言い換えれば「希望はもう薄い」という意味だった。

 

それでも龍華は信じた。

どんなに遅くても、あの子は戻ってくると。

あの笑顔で「迎えにきた?」と笑ってくれると。

 

だが――

 

何日経っても、何週間経っても。

あの子の姿はどこにもなかった。

 

遺体すらも、見つからなかった。

 

――「モンスターたちは、“殺す”ために来たのではなく、“さらう”ために来た」

 

そんな情報が流れたのは、ずっと後だった。

理由は?目的は?

誰にもわからない。ただの推測。

高位魔術の実験材料。取引の材料。洗脳のため。ありもしない憶測が、情報の海を漂っていた。

 

だが、龍華にとってはどうでもよかった。

 

理由なんて、どうでもよかった。

 

あの子が、どこにいるのか。

生きているのか。苦しんでいるのか。

それだけが――それだけが知りたかった。

 

胸にぽっかり空いた穴は、何を流し込んでも埋まらなかった。

 

 

~~

 

静かな夜だった。

はずなのに、彼女の寝息は乱れていた。

 

――「姉さん、行ってくるね!」

――「迎えにくるからね」

 

夢の中で、あの笑顔がまた現れた。

遠ざかる背中。校門に消える姿。

そして、視界を覆う黒煙。響く警報。人の悲鳴。

 

「……っは、はっ……!」

 

龍華は目を覚ました。

汗が額からこめかみに伝い、枕元のシーツを濡らしていた。

胸が苦しい。息が吸えない。過去の光景が頭から離れない。

 

何度も見た夢だった。

でも、何度見ても慣れることなんてなかった。

 

彼女はゆっくりと上体を起こした。

窓の外には静かな星の海が広がっている。

それが、どこか無性に冷たく感じられた。

 

「……情けないな、私」

 

小さく漏れたその声は、自分を責めるように震えていた。

 

守れなかった。

手を伸ばせば届いたはずの未来を、無力な自分は見送った。

 

――逃げることしかできなかった。

 

どれだけ強くなっても、どれだけ多くの仲間を救っても、

“あの時”に戻って、あの子を守ることはもうできない。

 

それが、彼女にとっての“原罪”だった。

 

どこかでずっと思っている。

「私はまだ、あの時の自分から進めていないんじゃないか」と。

 

理想を語っていても、力を手に入れていても。

心の奥底にいる“あの日の龍華”は――

泣きながら、立ちすくんでいるのだ。

 

しかしながら――

 

前へと、龍華は確実に歩んでいる。

それだけは、誰よりも自分が知っていた。

 

涙を流す夜も、夢にうなされる朝も、何度も繰り返してきた。

それでも今、彼女の手には剣がある。

守るべき仲間がいて、信じてくれる後輩たちがいる。

そして、自分の言葉に耳を傾けてくれる人たちがいる。

 

あの頃の自分とは違う。

 

たとえ心に消えない傷が残っていても、

それでも歩みを止めなかった。

止まらなかった。

 

「……ふぅ……」

 

呼吸を整え、カーテンをわずかに開ける。

静かな夜風が、熱を帯びた頬を撫でていく。

星々はただ、黙って空に瞬いていた。

 

龍華は小さく微笑んだ。

 

――この世界が少しでも、優しくありますように。

 

願いは、今も胸にある。

そしてその願いは、かつての自分が絶望の底で誓った、

「もう誰も、ひとりにしない」という約束でもあった。

 

朝が来る。

また戦いが始まる。

だけど、心は揺るがない。

 

彼女は確かに、未来へと進んでいる。

 

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