【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
地下深くの広間──
重たい空気と魔力のうねりが満ちるその空間には、ひときわ強大な存在が鎮座していた。
黒き王座に座すは、《黒悪魔王アスモディウス》。
その眼差しは常に飢えと退屈を抱えている。そんな彼のもとに、一体のリザードマンが跪いていた。
「……ほう、モンスターのお前が、わざわざ頭を垂れに来るとは珍しいな」
アスモディウスの声は低く響き、圧倒的な威圧感を放つ。
リザードマンは膝をついたまま、唇をかすかに震わせて口を開いた。
「我々より格上の“花園の騎士団”を、滅ぼしていただきたいのです」
「花園の騎士団……?」
その名に、アスモディウスの眉がわずかに動いた。
「人間の組織でございます。サラマンダー・湖を支配している我々の同胞……さらには、ダークバタフライまでも狩りました」
「ほう……人間が、ダークバタフライを狩るだと?」
椅子を軋ませながら身を乗り出すアスモディウスの目が、興味に煌めいた。
「我らが手を組まなければ……いずれすべてのモンスターが、人間どもに狩られる日が来るやもしれません」
「ふむ。人間ごときが、そこまで手を伸ばしてくるとは面白い」
アスモディウスは喉を鳴らして笑った。だがその笑みの奥に、確かな殺意が宿っていた。
「悪くない話だ。だが……褒美は?」
言葉と同時に、リザードマンの背後に控えていた部下たちが、分厚い箱を何重にも開けていく。
中にはきらびやかな《カード》が1000枚。
さらに、魔力を帯びた《財宝》の山が、部屋に光を放った。
「これが、我らの持てるすべて。報酬としてご用意しました」
アスモディウスは数枚のカードを指でつまみ、まじまじと観察する。
「……面白い。ならば、“遊び”に行ってやろうじゃないか」
闇の魔力が彼の背後で渦を巻き、周囲の悪魔たちがざわめく。
「場所は?」
「既に把握しております。この地図に……」
リザードマンが差し出した巻物に目を通し、アスモディウスは愉悦に口角を歪める。
「花園の騎士団……か。ダークバタフライを狩った人間共。ふむ……どれほどのものか確かめてやろう」
アスモディウスはにやにやしている。
リザードマンが下がったのを確認すると、アスモディウスは指を鳴らした。
すぐに、漆黒の扉が複数開き、黒悪魔族たちが闇から現れる。
その場は一瞬で、瘴気に満ちた異界の会議場へと変貌した。
「……ふむ」
アスモディウスは、リザードマンから受け取ったカードを手に取り、飽きたように口へと放り込む。
パリッ、と乾いた音が広がる。
「──人間のカードは、味が薄い」
忌々しげに舌を鳴らした彼に、部下の悪魔たちが静かに頷いた。
「……だが、利用価値はある」
アスモディウスは椅子のひじ掛けに肘をつき、冷ややかな瞳を周囲へ向ける。
「3年前、我が直々に天界へ侵攻した際……優秀な人間たちを数体、連れ帰っただろう?」
「現在も中層で兵士として稼働しております」
「人間は、食うより“育てる”方が良い資源になる。知能も、適応力も高い。
種としての弱さはあるが……」
再びカードをかじる。だが今度は、口の中にわずかな苦味が残った。
「……ただ、今回は問題がある。ダークバタフライを狩るような人間共だ。
勇敢に挑んでくるかもな」
「……つまり、“カード化させる”ですか?」
「そうだ」
アスモディウスは立ち上がる。その身を包む漆黒のマントが広がり、空間が震える。
「ダークバタフライを倒したということは──命を捨てる覚悟がある。
逆に言えば、こちらも本気で殺しに行かねば意味はないということですな」
「その通り。遊びは終わりだ。
人間共に恐怖と絶望を刻みつけ、屈服させろ」
静まり返った空間の中に、不気味な笑いがいくつも重なった。
アスモディウスはゆっくりと手を掲げる。
「──“黒の行軍”を始める。標的は、花園の騎士団。
全軍、出撃の準備を」
その瞬間、空間の温度が一気に下がる。
悪魔たちの進軍は、すでに始まりかけていた。
~~
嫌なことは、いつだって突然だ。
館の外が騒がしい。警戒のベルが鳴り響き、慌ただしく走っている。
花園の騎士団を囲むように、黒い影が迫っていた。
「……囲まれてる?」
ただの奇襲ではない。
どうやら俺たちがモンスターを狩りすぎたことで、向こうからの“ヘイト”が限界に達してしまったようだ。
強者が狩られると、その分、次の脅威が生まれる。
それを理解していても、ここまでの報復が来るとは思っていなかった。
「まるで、狩る側から狩られる側になったみたいだな……」
平穏だった拠点が、戦場になろうとしている。
「ここまで攻め込まれて……ほかのメンバーも、もう何人もカード化されている」
氷花は静かに、しかし重たく言葉を紡いだ。
「あの悪魔たちの戦い方は、もう知ったでしょう。容赦なんてものはない」
少しの沈黙の後、氷花は小さく笑った。
「ここは、誰かが犠牲にならないと、この組織ごと潰される」
「今まで集めたアイテムと資源をまとめて。君は、それを持って別の場所へ逃げて」
氷花の言葉は、あまりにも自然で、あまりにも静かだった。
「君は……命を落とすつもりなのか?」
「そりゃあ、誰かが盾にならないと、他の誰かも守れないでしょう?」
苦笑しながらも、目だけは鋭く前を見据えていた。
覚悟が、もうできている目だった。
「妹さん、まだ見つかっていないんでしょう?」
言葉に詰まった俺に、氷花は優しく言った。
「だったら、君が見つけてあげて」
「私はここで、時間を稼ぐ。君は未来を拾って」
龍華は必死に屋敷の中を駆け回り、残った仲間たちに声をかけていた。
いつも冷静で沈着な彼女の声が、今はどこか震えている。
かつて20人はいたはずの騎士団。
今、その姿を確認できたのは、わずか3人――それだけだった。
崩れ落ちた壁、割れた窓、床に散らばるカード。
戦闘の激しさと敗北の爪痕が、そこかしこに残されていた。
「くそっ……!」
龍華が拳を握りしめる。
これほどまでに、戦力が削られるとは思っていなかった。
誇り高き騎士団も、数の暴力と奇襲には耐えきれなかった。
──人間とは、こんなにも脆いものなのか。
その事実が、何よりも悔しかった。
けれども、まだ終わっていない。
生き残った者がいる限り、希望は消えていない。
~~
氷花は、すでに何体かの悪魔を討ち倒していた。
氷の魔力が冷気となって宙に揺らぎ、足元には凍てついた魔族の残骸が散らばっている。
「少しはやれる人間がいましたか」
闇の奥から、にやついた声が響いた。
黒い霧のように揺れる影の中から、巨大な悪魔が姿を現す。
「お前を狩れば、こちらの鬱憤も晴れるというものです」
その顔には、確かな余裕と嘲りが浮かんでいた。
別の悪魔が倒れながら、遠くに向かって声を絞り出す。
「アスモディウス様……すみません……狩られて……しまって……」
「これくらいの犠牲は想定内だ」
黒き玉座に座す男が静かに言い放つ。
「それに、これでモンスターどもに恩を売れる。悪くない取引だ」
敵の主君の言葉に続くように、悪魔は吠えた。
「小娘よ。私と戦えることを喜ぶがいい!」
氷花は、氷の魔力を纏ったカードを静かにフィールドへと出した。
「……来て。《氷精姫》たち」
氷の妖精たちが空に舞い、辺りの空気を瞬く間に凍てつかせていく。
凍結(フリーズ)――行動不能に追い込む、氷花の得意とする戦法。
しかし、その瞬間――
「無駄だよ」
悪魔の体が禍々しい黒煙を噴き上げた。
その黒炎が、フリーズ効果を弾き飛ばしていく。
「黒悪魔族は、すべての効果を受けない」
「能力を無効化しているのに、まだ抗うか?ふふ、いいだろう。終わりにしてやる」
悪魔が一枚のカードを地に叩きつけた。
「《黒の暴食の悪魔 ブラックベルゼブブ》――召喚」
その瞬間、世界が塗りつぶされるような重圧が降りかかる。
地面が震え、空が裂ける。
《ブラックベルゼブブ》
8コスト/4/4
能力:相手の効果を受けない。召喚時、相手モンスターを3体破壊し、そのステータスおよび能力を吸収する。
「あなたのモンスター3体……これで破壊させてもらいます。そして……」
巨大な漆黒の悪魔が、氷精姫たちを一瞬で貪り喰らう。
氷が砕け、魔力が吸い取られていく。
「この力、我がものとする――!」
悪魔の体が変質し、氷の力をそのまま取り込んだように、禍々しい冷気を放ち始める。
「これが、格の違いです」
――次の瞬間、氷花の体が淡い光に包まれ、カードへと変わっていった。
それは、呆気ないほどの終わりだった。
彼女の静かな抵抗と、それをあざ笑うような圧倒的な暴力。
仲間を守るために戦った氷花は、そのまま敗北し――カードと化した。
~~
「アイテムもすべて集めた。……生き残ったのは、君たち三人だけだ」
龍華の声は冷静だったが、その奥には怒りと無念が滲んでいた。
「ここは――逃げるぞ」
「こうしないと、生き残れない」
「……わかりました」
光華は唇を噛みしめてうつむいた。
目の前で焼け落ちていく騎士団の屋敷。それは彼女にとって、家そのものだった。
家族のように過ごした仲間たちが倒れ、思い出の場所が蹂躙される。
その現実が、心を深く抉っていた。
焼け焦げた天井を見上げたまま、彼女はかすれた声で言った。
「……わかってるんですよ。頭では。今は逃げて、生き延びて、いつか逆転するしかないって……」
それでも、悔しさが滲んで消えなかった。
かつて誇り高く掲げられていた団旗が、今は灰にまみれて地に落ちている。
「頭でわかっていても、悔しいですね……」
その横で、俺と音華は無言で頷いた。
逃げることに必死だった。とにかく生き残らなければと、そればかりを考えていた。
けれど――悔しさは、俺たちの中にも確かにあった。
生き延びて、取り戻す。
この手で、必ず。