【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
原作では、ここで光華が花園の騎士団に入団する。
そのはずだった。
だが今、団長・龍華の視線が向いているのは、光華ではない。
……モブであるはずの、この私だ。
時間軸が狂っている。
役割が、書き換わっている。
まさか、この流れで“参加する側”になるなんて。
原作を擦り切れるほど観ていた私が、一番信じられなかった。
「え〜と……生まれはよくないですけど」
ぎこちなく、そう答える私に対し、
龍華は微笑みを浮かべて肩をすくめた。
「カードが強く、女性だったら歓迎さ。
少数精鋭の組織だからね。私たちはこの世界の秩序を――ほんの少しだけ、ましにするのが仕事さ」
「……わかりました。では、入ります」
そう答えながらも、まだどこか夢を見ている気分だった。
その時だった。
「そういえば、君。名前は?」
「……ありません。両親は、モンスターにカード化されました。
言葉を覚える前だったので、名前は……知りません」
龍華は少しだけ目を伏せ、そして静かに頷いた。
「そっか……ちょうどいい。うちの騎士団では、名前を捨ててもらう。
私の用意したコードネームを名乗ってもらうのが、決まりなんだ」
「君のデッキは、赤い獣たち。
その攻めの美しさは、まるで燃える花のようだった。
……君のコードネームは、“紅狼(グレン)”だ」
「そして、私は――“龍華”。
団長であり、君の上官になる人間だ。よろしくな」
そのとき、ようやく実感が追いついた。
私はもう、モブじゃない。
この物語の中心に、確かに足を踏み入れてしまった。
「あっ、そうだ」
ふと、龍華が思い出したように声を上げる。
その横顔には、いつもの余裕があったが、ほんの少しだけ眉根が寄っていた。
「うーん……どうしようか」
彼女は顎に手を当て、しばし思案するような沈黙。
「本当はね。さっきの男との勝負で、もう一人の候補を試すつもりだったんだ」
「その結果で、どちらを入団させるか決めようと思ってた」
軽く笑いながらも、その口ぶりにはわずかな苦味が混じっていた。
「でも、紅狼が倒してくれたおかげで――試す機会がなくなっちゃったな」
「ま、指名手配者を見逃すわけにはいかないから、仕方ないけどさ」
冗談めいた口調の裏に、読み筋を一つ崩された焦りがにじむ。
「……とはいえ、判断材料が消えたのは誤算だった」
龍華の目が、遠くを見るように細められる。
その視線の先には、もう一人の影がいる。
「彼女も“カードモンスターと戦ってきた”って言ってたし……」
小さく息を吐き、コートの裾を翻す。
「紅狼。今回の任務、君も同行してもらうよ」
静かに、だけどはっきりと。
そう告げた彼女の声に、場の空気がわずかに張り詰めた。
~~
ここは、かつて工業都市と呼ばれたエリアの末路。
錆びた鉄骨。割れた硝子。
空は濁った煙に覆われ、地面にはカードの欠片と黒く焦げた肉片が散らばっていた。
今では、人間もカードモンスターも等しく“喰らい合うだけの領域”になっている。
その廃墟に、私は立っていた。
隣には、もうひとり――少女がいる。
長い黒髪に、深い紫の瞳。
身なりは質素で、だが瞳には炎のような光を宿していた。
光華。
そう呼ばれるはずの彼女は、今はまだその名すら持っていない。
龍華の視線が、少女へ向けられる。
「そこらへんの雑魚を、少し倒してくれないか?」
彼女は、まるで何気ないことのように言った。
だがその目は、試すように鋭い。
「紅狼。君なら、この程度は簡単に処理できるだろう?」
唐突に名を呼ばれて、私は思わず龍華を見る。
だけど彼女の視線は、明らかに“私”ではなく、“彼女”に注がれていた。
――光華。
かつて由緒ある家系に生まれ、モンスター狩りで生計を立てていたという家の生まれ。
だが、1話のプロローグにてその家は襲撃され、家族も屋敷もすべて失った。
“カードによって富を得た家が、カードモンスターによって復讐された”
その皮肉に、彼女は何を思ったのか。
今の彼女はただ、静かに立っている。
その手には、ボロボロになったカードデッキが握られていた。
「君の実力を、見たいんだ」
龍華は、まっすぐに言う。
それは指導者としての言葉であり、同時にこの世界の“ふるい”でもあった。
ここでは、力がすべてだ。
生き残るためには、カードを掲げて証明するしかない。
風が吹いた。
焦げた鉄の匂いとともに、遠くからモンスターの唸り声が聞こえる。
試されるのは――彼女だけじゃない。
きっと、私もだ。
物語は、ふたたび動き出す。
紅狼と光華。
ふたりの少女が、崩壊の街で対峙する最初の“場”が、静かに開かれた。
~~
光華の勝負が、静かに幕を開けた。
彼女の場に広がるのは――圧倒的な“防衛陣”。
《聖焔衛》
それは、光属性ブロック特化の防衛デッキ。
特性「聖闘」によって、ブロック時に攻撃力が+2されるという、守りながら力を蓄える異色の戦術。
この世界は外伝的作品であり、主人公としては守りが硬いデッキが採用されている。
本編のホビー様アニメでは、ライバルが採用されている。
光華の場には、ブロッカーたちがずらりと並んでいた。
その中でもひときわ目を引くのは――
《聖焔衛カリファー》 5/5 【聖闘】 「疲労状態でもブロック可能」
さらに装備カード《光の衣》により、光属性のカリファーはブロック時に体力を失わない。
つまりこのカリファー、一切の消耗なく、何度でも攻撃を止める絶対防壁となる。
だが、それだけではない。
光華は魔法カード《光彩迷宮》を展開していた。
それにより、敵プレイヤーは光属性が場に存在する限り、攻撃を強制される。
攻めざるを得ない。
だが、攻めれば攻めるほど――カリファーの攻撃力が上がる。
ブロック。
ブロック。
またブロック。
相手が投げる小型モンスターも、中型アタッカーも、すべては“防がれる”だけで終わった。
しかも《聖闘》のバフで、次第にカリファーは“攻撃要員”へと変貌していく。
まるで反撃の炎を宿した要塞。
相手のリソースは、みるみる減っていった。
戦場には、乾いた風と、静かに輝くカリファーの姿だけが残る。
最終盤。
敵はついにモンスターの展開すらできなくなり、無防備な状態に。
光華のターン。
光の砦は、歩み出す。
「《聖焔衛カリファー》――アタック」
轟音のような衝撃が走った。
10を超える攻撃力が、相手プレイヤーのライフを一気に叩き潰す。
決着は、一瞬だった。
守り抜いたその先に、勝利はあった。
静かな瞳の奥に、かすかな決意の炎が灯っていた。
光華はまだ無名の少女。
だがその姿は、まさしく――光の名を冠する者だった。
~~
戦いの終わり。
砕けたカードの欠片が、乾いた風に流されていく。
「君も……強いなあ」
龍華が感心したように声を漏らした。
戦闘中は決して崩れなかった笑みが、今は素直に綻んでいる。
「私でも、負けそうな可能性があるな」
素直な賞賛。
だが、そこには“仲間として迎えたい”という思いがにじんでいた。
「君も、騎士団に入ってくれないか?」
龍華は一歩近づき、言葉を続ける。
「……復讐したいモンスターとも、会いやすくなるはずだ」
一瞬、光華の瞳が揺れた。
だが、彼女ははっきりと首を横に振る。
「ありがとうございます。でも――復讐のためじゃない」
彼女は静かに、そしてまっすぐに言った。
「私は……秩序を保ちたいだけです」
その言葉に、空気が少しだけ澄んだように思えた。
龍華は、ほんのわずかに目を細めて頷く。
「立派だ。……ただ、強いのは分かった」
言葉を選ぶように、次の問いを投げかける。
「君は、“悪人”を裁けるか?」
その一言で、彼女の表情がほんの一瞬だけ陰る。
……光華は、すでに“やって”いた。
第一話。
人を喰らおうとしたカードゲーマーを、自らの手で“裁いた”。
悪を断つ。それが正義なのか。
その問いは、彼女自身の胸を締めつけていた。
そんな光華の沈黙を、私は見ていられなかった。
思わず、一歩前へ出た。
「私が――狩ります」
思いがけないほど、はっきりとした声だった。
「人の命を奪うカードゲーマーは、私が奪います」
自分でも、なぜこんなに強く言えたのか分からない。
だが、光華にその重荷を背負わせたくなかった。
龍華は、静かに頷いた。
「……分かった。君にその依頼をふろう」
「はい、分かりました」
任務でもなく、命令でもなく、誓いのように答える。
「――君に、名前を与えよう」
再び龍華が光華に向き直る。
「光属性を使っているから……光華だ」
光華は目を見開いた。
自ら名乗ることさえなかったこの世界で、はじめて“与えられた名前”。
その名が、彼女の胸に深く、静かに灯った。
~~
瓦礫と闇に包まれた、工業区の片隅で。
彼女は、ぽつりとつぶやいた。
「紅狼さん……ありがとう」
光華の声は、どこか遠くを見つめるようだった。
「紅狼さんは、きっと……私と違って、きれいな世界に生まれてきたんでしょう」
「だから……無垢であってほしいの」
その言葉に、思わず言葉を詰まらせた。
だって――それはまるで逆だったから。
転生してきた直後のこの世界は、泥にまみれ、飢えと暴力に支配されていた。
今日生きることすら、約束されない日々。
どれだけ手を伸ばしても、誰もいない。
そんな世界で、俺は、ただ生き延びるだけの存在だった。
「……確かに、そうかもですね」
「甘いのかもしれません」
そう答えた声は、自分でも驚くほど静かだった。
――でも、本当は違う。
“甘い”のは、記憶の中の“俺”だ。
ぬるま湯の日本にいた頃の、“向こう側”の俺の方が、よほど。
そんな彼女を、自分のように追い込みたくなかった。
「この世界に生まれてきた時点で、甘くなんてないですよ」
「だから……自分を責めないでください」
「私が騎士団に入ったのも――ただの自己満足です。自分のためです。エゴですよ」
言いながら、自嘲のような笑みが漏れた。
けれど、それを聞いた光華は――ゆっくりと微笑んだ。
原作では見たことのない、穏やかであたたかな笑みだった。
「ありがとうございます、紅狼さん」
「どことなく……信頼できます」
「自分のためと言い切っているのが、なんだか、素晴らしいと思いました」
その言葉に、思わず心が震える。
原作で、彼女はこんなふうに誰かを信頼して笑ったことがあっただろうか。
この世界の改変が、たしかに“何か”を変えていた。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
交わした言葉は、契約じゃない。
ただ、“希望”に似た何かだった。
壊れた世界の片隅で――
ひとつ、確かな絆が結ばれた。