【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
龍華たちは、重く静かな空気の中を奥地へ進んでいた。
湿った石壁に足音が吸い込まれ、ただ呼吸の音だけが響く。
「……私たちは進むしかない」
龍華の声は短く、けれど鋼のように固かった。
「目の前に道がある限り、立ち止まるわけにはいかない」
俺も頷く。
「それにしても……敵の気配が完全に消えましたね」
口に出した瞬間、胸の奥で鈍い痛みが走る。
「……音華さんが、全部引き受けてくれたんでしょう」
言葉は淡々としていたが、その裏には危険な静けさがあった。
敵がいないということは、彼女が今、最も危険な場所で戦っているという証明でもあるのだから。
龍華がふと足を止めた。
額に手を当て、わずかに体を傾ける。
「……っ、頭が……ガンガンする」
苦しげな吐息が漏れる。
その目は焦点が合わず、遠くを見ているようで、何かを追いかけているようでもあった。
「……誰かに……声をかけられている……そんな気がする」
その声は、まるで自分に言い聞かせるような、あるいは誰かに応じているような調子だった。
俺はすぐに龍華の肩を支えたが、背筋を撫でる冷たい感覚が消えなかった。
「……助けてほしい、だと?」
龍華はわずかに目を細めた。
彼女の視線は目の前ではなく、どこか遠く――耳ではなく脳の奥で響く声を追っている。
「この声……」
低くつぶやく。
それは、獣のダンジョンに入る前にも聞こえた声だった。
黒悪魔の奇襲を事前に知らせてきたあのときと同じ。
そのおかげで返り討ちにし、奇襲は失敗した。
だが、それ以前から――もっと昔から――この声を知っていたような気がする。
輪郭のはっきりしない、記憶の底に沈む感覚。
懐かしいようで、胸を締めつけるようで……なぜか「助けるべきだ」と本能が訴えていた。
「……私の脳内に、直接声を送ってきている」
「その声の主を……助けたいと思っている」
「一緒に助けてくれないか?」
龍華は真剣な表情でこちらを見た。
「……わかりました」
俺は短く答えた。
「罠かもしれない。それでも助けに行って大丈夫なんですか?」
龍華は一瞬だけ視線を外し、そしてまっすぐ俺を見る。
「この感覚は間違っていない。信じてほしい」
「……龍華さんの勘なら、信じます」
「ありがとう」
その声は、決意と安堵が混ざっていた。
薄暗い通路を、声に導かれるまま進む。
湿った空気と、遠くから響く金属音が不気味に混ざる。
龍華は歩を止め、眉をひそめる。
「……こっちだ」
まるで見えない糸に引かれるように、迷いなく進む。
俺も光華も言葉を失い、ただ後を追う。
一歩進むたびに、足音がやけに大きく響き、胸の奥の鼓動まで聞こえる気がした。
「この先……近い」
龍華の声は低く、だが確信に満ちている。
だが同時に――その“声”は俺たちには聞こえない。
どこまで信じていいのか、分からないまま、ただ龍華の背中を見つめていた。
~~
気がつくと、俺たちは一室の前に立っていた。
扉を押し開けると、薬品の匂いと金属の冷たい臭気が鼻を刺す。
そこは実験室――無数の器具と管が並び、部屋の中央には檻が置かれていた。
中には、人間だったはずの者たちが、うつろな目でうずくまっている。
皮膚はまだ人の形を保ちながらも、ところどころ黒く変色し、硬質な角のような突起が生えていた。
「……これって、悪魔ですか?」
俺が問うと、龍華は首を横に振る。
「違う。これは……人間を悪魔化させようとしている途中だ」
視線が檻の奥の一人に向けられる。
「おそらく、“不完全”な人間がここに閉じ込められているんだろう」
「ほぉ……侵入者か」
低く湿った声が、実験室の奥から響いた。
白衣を纏った黒悪魔が、足音をゆっくりと響かせて近づいてくる。
その手には、黒く脈動する器具が握られていた。
「個体14から異常なデータが出ていると思えば……どうやら貴様らの仕業か」
「人間と悪魔、そして魔道具の融合実験――ようやく面白い結果が見られそうだ」
その言葉に促されるように、俺たちは“個体番号14”と書かれた檻に目を向けた。
そこには、俺たちと同じ年頃の少女が座り込んでいる。
ほかの檻の者たちと違い、身体はまだ人間のまま――悪魔化の兆候はほとんど見られない。
だが、その姿を見た瞬間、龍華の表情が硬直し、次いで崩れ落ちた。
「あ……あやか……」
掠れた声が、唇から漏れる。
「まさか……妹さん、ですか?」
俺は思わず問いかけていた。
「親族が現れるとはな。人間というものは親族を殺されるとストレスがたまるらしいな」
「こいつは脱走をしまくっているし、すぐに悪魔化させた方がいい」
黒悪魔は唇を吊り上げ、愉快そうに笑う。
龍華は、檻の中の少女から目を離せずにいた。
唇が小さく震え、何か言葉を探そうとしても、声にならない。
その視線は確かに届いているはずなのに、現実を受け入れることができない――そんな顔だった。
このままでは、戦える状態じゃない。
俺は一歩、黒悪魔と龍華の間に踏み出した。
「……しょうがない。ここは私がやります」
「光華さん、龍華を頼みます。絶対に彼女を守ってください」
「了解しました」
光華は短く答え、龍華の前に立ちはだかった。
その横顔は、決意の炎を帯びている。
「ふふ……護る者と護られる者、か。いいじゃないか……一層、壊し甲斐がある」
黒悪魔はそれを見て、嘲るように肩を揺らす。