【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
黒悪魔は、カード束をゆっくりと扇状に広げた。
空気が一気に冷え、足元から黒い靄が這い上がってくる。
「――始めようか。人間」
その声は、耳ではなく心臓に直接響くような不快さを伴っていた。
俺もデッキを構え、深く息を吸い込む。
この一戦は、龍華を、そしてあの檻の中の少女を救うための戦いだ。
負けは許されない。
黒悪魔は序盤から黒悪魔族を次々と呼び出し、盤面を黒い気配で覆っていった。
それはまるで瘴気の森が一瞬で生え広がるような圧迫感だったが――俺はそれより速く動いた。
デッキから紅蓮色のカードを引き抜き、迷いなくフィールドに叩きつける。
瞬間、炎をまとった獣たちが咆哮しながら次々と現れる。
「なんて展開力だ」
黒悪魔が低く呻く。
「ただ、こちらのモンスターはお前のモンスターの効果を受けない」
「知っている。だから、展開カードしか入れていません」
俺は即座に返す。
手札から紅蓮獣《グレンガー》を召喚。
その効果で、1/1の小さな獣を4体一気に展開する。
瞬く間にフィールドは紅蓮色の群れで埋め尽くされていった。
その時――首元のペンダントが赤く脈動し始める。
《獣の叫び》。
「獣を5体召喚するたびに、デッキ内のすべての獣カードを+1/+1する」
効果が発動し、フィールドの全ての獣が一斉に力を得た。
毛並みが逆立ち、爪が鋭さを増し、眼光は紅蓮の焔を宿す。
黒悪魔の前線はその圧力に押し潰されるように崩れていく。
防御も反撃も追いつかず、最後の1体が咆哮とともに消滅した瞬間――黒悪魔自身がカード化され、静寂が訪れた。
~~
「敵は弱くて助かりましたが……どうしますか?」
光華の問いかけに、俺は龍華の方を見る。
そこにいたのは、戦場で最も頼りになるはずの仲間――しかし、妹の姿を目にしてから完全に動きを止めてしまった龍華だった。
その表情は虚ろで、戦う者の気配は微塵も感じられない。
胸の奥で、嫌な結論が浮かぶ。
「……たぶん、撤退が一番いいと思います」
俺は静かに言った。
「とりあえず、妹さんを連れてここから離れましょう。悪魔化は進んでいないようですし、リスクはありますが……龍華さんの目的ですから」
「……それは、だめだろ」
だが、その言葉に龍華が反応する。
声を振り絞るように、かすれた声で――
俺は視線を逸らさず、あえて踏み込んだ。
「こんなメンタルで戦えるほど、この場所は甘くありません」
「龍華さんは、立て直す時間が必要です」
「カードは強い。でも、今のあなたでは……足手まといです」
沈黙が落ちる。
冷たい言葉だとわかっている。
だが、それでも進むためには、誰かが言わなければならなかった。
「……確かに、今の私はそうかもしれない」
「だが、ここまで来るのに、仲間たちは命を懸けて犠牲を払ってきたんだ」
「その犠牲を無視して、自分のためだけに動くなんて……できるわけないだろう」
龍華は俯いたまま、低く、しかしはっきりとした声で口を開いた。
「……仲間たちなら、きっと認めてくれます」
「それだけのことを、龍華さんはリーダーとして成し遂げています」
「だから――ここで無理に背負い込む必要はありません」
光華は堂々と語っている。
「それよりも……あなたが犬死するほうが、よほど問題です」
光華の声は、鋭くも揺るぎなかった。
「ここまであなたに期待してきた人たちにとって、それこそが一番の裏切りです」
光華はそのまま俺に視線を向け、言葉以上の意思を送ってくる。
――犠牲を払ってでも前へ進むことが重要だ。
だが、自分が犠牲になれば、その道は途絶えてしまう。
「光華さん……私が進みます。そして、おとりになります」
俺はそう告げた。
「龍華さんと、妹さんを連れて逃げてください。龍華さんの心を守れるのは、あなたが適任です」
「でも――」
「……私も、それでいい」
龍華が口を開く。
苦しげな表情のままだが、その瞳には決意が宿っていた。
すぐに動かなければならないことを、誰よりも理解しているからだ。
「龍華さんがそう言うのであれば……大丈夫です」
光華も、ようやくその決断を受け入れた。
2人は、迷いを振り切るように背を向け、この場を去っていった。
その背中が闇に消えるのを見届け、俺は前を向く。
――もう、まっすぐ行くしかない。
脇道も逃げ道も、最初から存在しないかのようだった。
ただ、目の前の敵を倒し、道を切り開く。それだけが俺に残された役割だ。
~~
逃走の最中、龍華の胸の奥はざわついていた。
――この姿になった妹を、本当に昔のように愛せるのだろうか。
そんな問いが、喉元まで込み上げてくる。
その時、不意に小さな声が漏れた。
「……おねえちゃん……ありがとう」
振り絞るような、途切れ途切れの言葉。
悪魔化の影響で、舌がうまく回らないのだろう。
それでも、必死に想いを届けようとしているのが伝わってきた。
龍華は、その瞬間だけすべての迷いがほどけていくのを感じた。
――あぁ、この一言だけで、私は報われた。
龍華は、妹の一言を胸の奥で何度も反芻した。
涙がこみ上げるのを、必死にこらえる。
――今までの努力は、無駄じゃなかった。
仲間の犠牲も、自分の戦いも、この瞬間へとつながっていた。
たとえ妹の姿が変わってしまっても、心はまだ届くのだと知れた。