【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
火山のふもとでの戦闘は、すでに終わっていた。
赤黒く焼け焦げた地面には、サラマンダーたちのカードがいくつも散らばり、陽炎がぼんやりと揺れている。
俺たちは、慎重に焦げた岩肌の間を歩いていた。
「奥地まで行きたいですけど、熱くて無理ですね」
光華が額の汗を拭いながら言った。
「そうですね。水分も十分に持ってきていないし……無理に進んで倒れても意味がない」
俺はそう言って、来た道を振り返る。火山の奥から吹き出す熱風が、喉の奥まで焼くように乾かしていた。
「帰りながら、残ってるやつがいれば狩っていきましょう」
提案に、光華も小さく頷いた。
「……確かに。これ以上進んだら、体力的に厳しいですね」
それぞれが汗ばんだ額をぬぐいながら、ゆっくりと引き返していく。
戦いは勝ち取ったが、それだけでは終わらない。
地鳴りとともに、巨大な影が火山のふもとに現れた。
溶岩のような赤熱をまとった巨体――それは、明らかに今までの雑魚とは一線を画す“格”を持つサラマンダーだった。
「……先ほどの雑魚とは違うみたいだね」
音華が眉をひそめながら、苦々しげに呟く。目の前のモンスターを前にしても、怯えた様子はない。だが、覚悟をにじませた声には、張り詰めた緊張が滲んでいた。
そして、彼女は振り返りざまに鋭く命じる。
「……あんたらは、すぐに本部に行け!!」
「なっ……! でも、音華さんが――」
光華が食い下がる。だが、それを遮るように、音華の声が火山の空気を裂いた。
「負ける気はない!! 私は生きる!!」
その言葉には、虚勢ではない確かな決意が込められていた。
「この中で、回復系のカードが一番多いのは私だろう?」
「このバーン系の化け物に対抗できるのは、私しかいない」
自分を奮い立たせるように吐き出された言葉だった。
そしてその姿は、薄っぺらい正義ではなく、ただ“生き抜こう”とする者の信念を背負っていた。
「分かりました……!」
俺は一瞬の迷いのあと、強く頷いた。
光華の肩に手を置き、目で合図を送る。――行こう、と。
「……絶対に勝ってくださいね」
光華は後ろ髪を引かれるような表情で、音華を見つめたあと、しぶしぶ踵を返した。
二人の背中が火山の岩影へと消えていく。
残された音華は、静かに深呼吸を一つつき、デッキを構える。
私たちは、火山地帯を駆けていた。
灼けるような熱気の中、足元の土さえも熱を帯びている。息が荒れ、汗が額を流れる。だが、振り返ってはならない。あの戦場に音華が残っているという現実が、心に重くのしかかってくる。
「……私は、逃げてしまっていることに、罪悪感を感じます」
光華がぽつりと漏らす。
その声は苦しげで、まるで自分の存在が許せないかのようだった。
「……あんなに大きなのは、多分……強いですよね」
声が震えていた。
仲間を置いてきたという事実が、彼女の心を蝕んでいる。
「……でも、たぶん、一番の最善の手だと思います」
俺はそう答えるしかなかった。
本心からそう思っていた。いや、思いたかった。
「あの人が、一番“メタ”を張っていた。サラマンダーに対する回復と、耐久と……。だから、勝てる可能性があるんです」
自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
だが、心のどこかに、確かにそう信じたい想いがあった。
「絶対に勝つって……言ってましたよね。だから……信じましょう」
「……仮に負けて、命を落としたとしても……」
一瞬、言葉に詰まる。
喉の奥が熱くなった。
「……私たちのバトルを報告することに意味があります」
「次につなげるんです。彼女の戦いを……無駄にしないために」
胸が痛んだ。
だが、前を向くしかなかった。
音華が命を賭けて背負ったものを、決して無駄にしないために。
俺たちは――走り続けた。
~~
火山の鼓動に呼応するかのように、灼熱のサラマンダーがフィールドを焦がしていた。
わずか4ターンで、音華のライフはすでに12点も削られている。残りは8。
下級のものとは明らかに違う。まるで容赦のない“焼却命令”だ。
1点、また1点。バーン効果の波が、確実に命を削ってくる。
けれど、音華の動きに迷いはない。
「コストチャージ、3」
静かにカードを差し出す。
《カエルの演奏者 ピッケル》
3コスト、0/1。
ただの壁――そう思わせるスタッツ。しかし、彼女のデッキにおいてこのカードは要の1枚だった。
召喚と同時に、その上にもう1枚のカードが重なる。
「装備、《回復の笛 ノエル》」
《回復の笛 ノエル》――5コストの装備カード。
装備時、ライフを5回復。装備したモンスターに+1/+1を与え、さらにそのモンスターが破壊されれば、笛は手札に戻り、追加で1ライフを回復する。
「……まずは、これで息を整える」
音華の場には、今にも焼き尽くされそうな蛙の楽士。
だが、その胸には神聖な笛が抱かれていた。
ピッケルの体が淡く光る。回復の波が音華のライフに戻っていく。8→13。
そして、相手のターン。
サラマンダーは容赦なく突撃する。焼き焦がすような一撃――その牙が、ピッケルを貫いた。
瞬間、ピッケルの姿が煙と共に消え、フィールドから去る。
が、その刹那。
「効果発動。《ノエル》、手札に戻って1点回復」
ライフ13→14。
命が削られた分だけ、彼女はそれを取り戻す。
笛の音が空間を満たし、命のリズムが再びフィールドに刻まれる。
そして次のターン、彼女はまた静かにカードを置く。
「コストチャージ、ピッケル」
「装備、《回復の笛 ノエル》」
その光景は、儀式のようでもあった。
同じ手札。だが、それが繰り返されるたびに、ライフ差がじわりと埋まっていく。
サラマンダーの圧倒的バーンの火力に、音華はただ“笛”一つで対抗していた。
焼かれては回復し、また焼かれては蘇る。
炎に対し、水の音楽で応じるような、静かなる戦い。
“しぶとい”――
敵がそう思った瞬間が、彼女の反撃の始まりだった。
戦場に、熱が渦巻く。
焦げついた空気。立ち上る煙。
サラマンダーの吐く炎が、空間を赤く染めていた。
7ターン目――
音華は、満身創痍だった。
ノエルのループでかろうじて延命してきたが、代償は大きい。
何度も繰り返した演奏と回復の応酬は、彼女の集中力を削り、精神も肉体も限界に近づいていた。
「少し……集中が、切れてきた……」
ぽつりと、呟く。
乾いた喉に、焦燥と疲労が重なる。
だが、それでも目はまだ死んでいない。
「……ただ、こんなにも粘れたんだ。だったら――」
彼女は、自らを奮い立たせるように、ドローの動作に入る。
この一枚が、生死を分ける。
指先がカードを引き抜く――
その瞬間、心臓の鼓動が高鳴った。
《悪魔の演奏者 ヴェートヴェン》
5コスト/1/1
【効果】:ライフを5支払うことで、手札にある“楽器”と名の付く装備カードを装備可能。
《悪魔の演奏者 ヴェートヴェン》。
彼女が場に出した最後の切り札だった。
黒き演奏者は、ただ1/1の小さなスタッツながら――
己の命を代償にすることで、舞台のすべてをひっくり返す力を持つ。
「ライフを5支払う――楽器を、すべて装備する」
その宣言とともに、手札の中から次々と装備カードがヴェートヴェンに重ねられていく。
まず、《回復の笛 ノエル》。
装備時にライフを5回復し、装備対象に+1/+1の補正。さらに、装備モンスターが破壊された際には手札に戻り、追加で1点のライフ回復。
そして――
《翼のヴァイオリン フェザー》。
そのカードが場に出た瞬間、風が吹いた。
楽器のカードは、ただの装備ではない。
《翼のヴァイオリン フェザー》
装備カード(4コスト)
【効果】
装備モンスターに+2/+1の補正を与える。
装備されたモンスターは速攻(このターン中に攻撃可能)を得る。
「……これで、今すぐ殴れる」
音華の目が鋭く細められる。
通常なら、召喚されたターンに攻撃はできない。
だが、速攻を得た今――このターンで仕留められる。
他にも《雷の太鼓 エレキブラスト》、《火炎の弦 ベルフォル》、そして名も告げられぬ複数の楽器カードが、ヴェートヴェンの上に積み重なる。
その姿はもはや1/1のモンスターではない。
幾重もの旋律を纏った、破壊と美の楽団そのものだった。
「攻撃力、13……これで、すべてを終わらせる」
速攻の力を得たヴェートヴェンが、突風とともに燃え盛る巨大なサラマンダーへと迫る。
一撃で、ライフを削り切る。
炎を切り裂く音楽。
勝負は、一音のもとに静かに幕を閉じた。
~~
彼女は、いつもならモンスターを倒したあと、カードを拾って帰る。
そのカードは戦果であり、次の依頼を得るための証明だ。
だが――今回は違った。
彼女は報酬として、カードではなく「水」を選んだ。
それは彼女のような少女に授けるデッキの一部になりえるカード
少しでも強いカードを入れたデッキを作ろうとしているのが彼女のやさしさだった。
だが、今の彼女にとって必要なのは、生き延びること。
それだけだった。
「水……お願い……水にして……」
震える声でそう告げて、受け取ったボトル。
中には、命そのもののように澄んだ水が満ちていた。
彼女は無言でそれを抱き、火山のふもとを歩き出す。
熱風が肌を刺し、喉が焼ける。
足元はふらつき、視界が揺れる。
「……生きなきゃ……」
水を飲み干す。
冷たさはもう感じない。
けれど、それでも命をつなぐ希望だった。
逃げる――逃げなきゃ、と思った。
でも、足がもう動かない。
焦げた空気が肺を焼き、体中の水分が汗とともに失われていく。
それでも、足を止めなかった。
……が、限界はすぐに来た。
視界が白く霞む。
足がもつれ、膝から崩れ落ちる。
そして、静かに地面に倒れた。
「……あっ……あたし……」
唇だけがわずかに動いた。
思考は熱と疲労にまみれ、何もかもがぼやけていく。
「こんなに必死に戦ったの、久しぶり……だろうか」
「たぶん、熱で……頭、おかしくなってる……」
「でも……あいつらを、少しでも助けられた……から……」
「……ちょっとだけ、気分が……いい……かも」
その言葉が、最後だった。
灼熱の森の中。
誰もいないその場所で、彼女は静かに意識を手放した。
ただ、握りしめたデッキだけが、彼女の決意を物語っていた。
~~
まぶたの奥に、やわらかな光が差し込んでいた。
「……ここは……?」
音華はゆっくりと目を開ける。
見慣れた天井。見覚えのある白い天蓋のカーテン。
――花園の騎士団、彼女たちの屋敷だった。
「ようやく、目覚めたか」
穏やかだが、どこか試すような龍華の声が部屋に響いた。
「……助けてくれたのか?」
か細い声でそう尋ねる。
「いや、私は何もしていないさ」
「君を見つけ、連れ帰ってきたのは――彼女たちだよ」
ふと顔を向けると、そこに立っていたのは光華だった。
静かに、まっすぐな瞳で彼女は言葉を紡ぐ。
「たまたま、必死に走っているあなたを見つけたんです」
「正直、びっくりしました。あんなにも……必死に、走れるなんて」
「私たちは途中で休憩を挟みながら屋敷へ向かっていたのに、あなたは……私たちよりも遠くから、走りきっていた」
「あなたの“生きたい”って気持ちが、はっきりと見えたんです」
言葉の端々に、戸惑いと後悔が滲んでいた。
「私は……あなたのその執念を、どこかで軽蔑していました
「正しさを装って、優しさを振りかざしていた」
「でも、今はただ……自分が情けないって、思っています」
その言葉に、音華のまぶたが微かに揺れる。
「……私もさ……」
「カード集めなんて、生き残るためだけだと思ってたけど……本当は違った」
「誰かが、私みたいな底辺な子が少しでも、生き残れるようにって――無意識に願ってたんだと思う」
「そんな性善説のような感情なんてないと思いこもうとしていた」
「だから……私こそ、ごめん」
お互いに、言葉を選びながら、それでも確かに心からの本音を伝え合っていた。
わずかに開いたその距離。
たしかに、ふたりの間にあったわだかまりは、少しだけ溶けていた。