【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
音華と並んで、湖へと向かっていた。
夏の陽射しに照らされた湖畔の道を、俺たちは無言のまま歩いていた。
この先に待つのは、水を独占するモンスターたち。
人々の生活を脅かす存在を前に、俺たちは静かに気配を研ぎ澄ませていた。音華と並んで歩く道中、周囲にはかつて人が使っていた水汲み場の跡や、壊れた水車の名残が点在していた。
今ではそのどれもが、枯れかけたまま、ただ寂しげに風にさらされている。
「ここのモンスターに水を占領されているって……この辺の集落は、大変だ」
音華がぼそりとつぶやいた。
「そうですね」
俺は短く返す。
「モンスターの情報は……なし、か」
湖の表面を眺めながら、音華は少し眉をひそめた。
「私が犠牲になりますので、音華さんが情報を集めてください」
俺は静かに言った。
「たぶん、私よりも強いから……一番正しい選択だと思います」
「それに……火山の時、身代わりになってもらいましたので」
その言葉に、音華は一瞬だけ目を細める。
「了解」
それだけを言って、彼女は背を向けた。
何の装飾もない、短くて強い一言。
だが、その中には確かに“信頼”と“覚悟”が滲んでいた。
「あんた、どうして助けようと思っているの?」
音華がふと問いかけた。湖の光が彼女の横顔を静かに照らしている。
「私と同じ境遇で、集落からの成り上がりでしょう」
「生きたいって気持ちは過剰にあると思います」
「ただ、気分の悪い世界に生きたくないってことでしょうかね」
「そうか。なるほどね。それはわかるかも」
自分たちがどれだけ足掻いても、世界はすぐには変わらない。
それでも、目の前の誰かを救うことはできる。
そのひとつひとつが、いつか世界の形を変えるかもしれない。
――そう信じていなければ、とっくに折れていた。
~~
湖のほとりに着いたとき、重たい空気が張り詰めた。
水面の向こう――
複数のリザードマンが、ひとりの人間を弄ぶように蹴り倒していた。
甲高い笑い声が風に乗って届き、耳を刺す。
「あいつらが、水を占領しているのか……」
音華が低くつぶやいた。
「どうする?相手のデッキの特徴もわからない。だけど――倒しておくか?」
その言葉に、俺は一歩前へ出た。
「私が倒します」
迷いはなかった。火山で彼女に守られた命。今度は自分が、誰かを救う番だった。
音華は一瞬だけこちらを見つめ、頷いた。
「……わかった。無理はしないで。援護できるなら、すぐに行く」
湖の風が揺れ、戦いの幕が静かに上がる。
「助けに来ました!!」
彼女の声が湖畔に響いた。
傷ついた人間に視線を送りながら、音華は一歩踏み出す。
「そこのモンスター、すぐに倒しますね!!」
カードが宙を舞い、バトルが開始された。
相手の初動は、静かな布石。
《卵トークン》――0/1の無力な存在。
だが、1ターンの猶予を経て、殻を破るその姿は変貌を遂げる。
ターンが進むごとに、盤面は静かに、だが確実に侵食されていく。
《リザードマン・ブレイカー》×4。いずれも3/3へと進化したトークンたちが並ぶ。
対するこちらの盤面には、炎を纏う《紅蓮獣》たちが並ぶ。
その瞳には恐れはなく、ただ戦いの合図を待っている。
「《紅蓮獣レオン・ファング》、召喚!」
6コスト、5/5。
一見して大型ではあるが、それだけでは戦況を変えられない。
だが――その真価は召喚直後に現れた。
「効果発動! 味方の獣に+1/+1!」
瞬間、紅蓮の群れが咆哮を上げる。
それは祝福の咆哮か、あるいは捕食の雄叫びか。
4体の《紅蓮獣》たちが、一斉にステータスを強化され、戦場を支配し返す。
炎が空気を裂く。
力が傾く。
戦況が塗り替えられる――たった一手で。
リザードマンを倒し終えると、音華たちは長居を避けてすぐにその場を離れた。
湖畔の空気は重く、周囲にはまだ怯えの気配が残っている。
「大丈夫ですか?」
音華が静かに問いかける。少女の声に、軽く震えた返事が返ってきた。
「……はい」
服は泥で汚れ、腕にはかすり傷がいくつもある。
それでも、少女は立ち上がろうとしていた。
「事情とか、話すことはできますか?」
音華の問いに、少女はうなずいて語り始めた。
「リザードマンに……水源を占領されるようになって、周りの集落は、もう……みんな去ってしまって。私は一人だけ残って……襲撃してみたんですけど、ボロボロにされてしまって」
かすれた声が、かえってその重さを強調していた。
音華は無言で手を伸ばし、少女のデッキを受け取る。
「ちょっと、見せて」
数枚をぱらぱらとめくる。
そして、ふっとため息をついた。
「……ふぅ~ん。バニラばっかのデッキか」
厳しい口調だったが、どこかに同情のにじんだ視線。
「……バカみたいに、特攻してるんだね。こんな構成じゃ……勝てるわけない。奇跡的な事故でも起きない限り」
少女はうつむいた。悔しさか、恥ずかしさか、感情の色は混ざっている。
少女は声を震わせて、問いかけた。
「どうして……馬鹿にするんですか?」
その言葉には、悔しさ、怒り、そして哀しみがにじんでいた。
音華は眉ひとつ動かさず、静かに答えた。
「そうだね。無謀だから――だよ」
バッサリとした口調。だが、それは突き放すのではなく、正面から受け止めるような真剣さがあった。
「こんなところで、貴重なデッキを消耗するなんてもったいない。自分の命を削ってまでぶつける相手じゃないよ、こんな連中は」
少女は何かを言いかけたが、音華が続ける。
「だからこそ、私たちに託してほしい。そのカードも、その思いも。そうすれば――少しは、ましな世界に変えてやる」
「そんなこと……できません。カードを集めるのに、どれだけ時間がかかったか……」
少女の声が震えた。執念とも呼べる想いがそこにはあった。
音華はふぅ、と息を吐く。
「……わかった。じゃあ、そこのリザードマンを5体倒してあげる。それで、交渉成立にしよう」
「え?」
「私はまた来る。あんたがここにいるなら、そのたびに敵を減らしてやる。それでいい?」
少女は目を見開いた。信じられないというより、戸惑いに近い。
「私より強い人が、ここには来るから。安心して」
少しだけ、音華が笑ったように見えた。
その笑みが、少女の頑なな心を、わずかに緩ませた。
「……わかりました」
少女はようやく、うなずいた。
それは誰かを頼ることを、ほんの少しだけ許した瞬間だった。
~~
リザードマンの根城――
水辺にうごめくその影へ、私たちは迷いなく向かっていく。
「いくよ」
音華がデッキを握りしめる。その姿には、かつての荒んだ表情ではなく、使命感すら宿っていた。
私は頷き、カードをセットする。
カードが盤面に叩き込まれるたび、火花のような光が走る。
《紅蓮獣》の牙が、
音華の旋律が、
次々に敵の装甲を貫いていく。
――一体、また一体。
「本当に……簡単ですね」
私は思わず口にしていた。
「まあ、雑魚だし」
音華が肩をすくめるが、手は休めない。
戦闘というより、掃討戦だった。
リザードマンたちは、戦う意志も連携も感じられず、バラバラに襲いかかっては、ただ焼かれ、粉砕されていく。
気が付けば、あたりは静まり返っていた。
湖に響いていたうめき声も、今はもう聞こえない。
「10体……超えてるね」
私は息を整えながらつぶやく。
「もう一声いく?」
「やめときましょう。やりすぎも毒です」
帰路につこうとしたその時――
空気が変わった。湖畔に漂う静けさの中、重く、ぬるりとした気配が忍び寄る。
バシャッ、と水を踏みしめる音。
茂みを押し分けて現れたのは、ひときわ異様な存在だった。
鱗は深紅に染まり、筋肉は鎧のように膨れ上がっている。
人間のような眼光を放つ、その異形のリザードマンは、明らかに“ただのモンスター”ではなかった。
「ほぉ~……最近水場が静かだったと思えば、少し荒らしにきた人間がいるとはな」
喉の奥で笑いながら、そいつは言葉を放つ。
低く、濁った声。それは間違いなく“人語”だった。
「俺が倒してやる。カードでな」
「しゃ、喋った……!?」
「人語を話すモンスター……!?」
光華の顔が強張る。音華も、眉をひそめてわずかに後ずさる。
「明らかにレベルが違う」
俺は小さくつぶやき、手にしたデッキを握り直す。
冷や汗が背中を伝う――
これは、今までの相手とは“別格”だ。