【TS転生】気づいたら、大好きだったカードゲームのディストピアアニメの世界で幼女になっていた件 作:銀層
俺が一歩、前に出た。
その目は揺るぎない意志を湛えている。
汗ばむ手のひらを握りしめ、デッキを構えるその姿に、迷いはなかった。
「音華さん、私が行きます」
静かに、だが強く響く言葉だった。
あの巨大なリザードマンを前にしても、怯える気配はない。
「勝ってみせますから」
振り返らず、背中で語るように彼女は言った。
一瞬の沈黙――
音華は肩をすくめ、小さく笑った。
「……分かったよ」
「じゃあ、私は少し遠めから見ておくよ」
声ににじむのは、少しの不安と、それ以上の信頼。
“無茶をするなよ”という想いは言葉にせず、ただ視線だけで伝える。
戦いは静かに、だが確実に、狂気の段階へと突入していた。
序盤は既視感のある展開――卵を孵化させ、リザードマンを展開するだけの構図。
だが、7ターン目。その瞬間、戦場の空気が変わった。
「ここからが俺の力だ」
モンスターは笑う。いや、それは嘲笑だ。
《卵トークン》――ただの0/1の無力な存在。
しかしそれが、たった1枚破壊されるだけで、地獄の門が開かれる。
《卵の大増殖》
効果:卵トークン1体を破壊することで、《卵トークン》を10体まで召喚する――
光華の目の前に、卵が次々と這い出す。脈動し、うごめき、孵化の刻を待っていた。
そして、次のターン。
孵った10体の《リザードマン・ブレイカー》が、すべて3/3へと変貌した。
重く、濃く、沈むような絶望。
この盤面を、果たして誰が返せる?
だが――光華は、動じなかった。
その指が、静かにカードを置く。
「偉そうにしていた割には……これくらいしかできないんですね」
《紅蓮獣バーサク・タイガー》
6コスト/3/3
効果:召喚時、相手モンスターすべてに1ダメージ。破壊した数だけ、相手ライフに追加ダメージ。
――虎が咆哮した。
10体のリザードマンたちが、一斉に吹き飛ぶ。
その瞬間、破壊数は10、つまりライフに10点の直接ダメージが突き刺さる。
「10体、卵トークンを破壊。そして……10点食らってください」
火柱が立ち昇るような一撃。
卵の軍勢を一瞬で焼き払い、リザードマンのライフは0に叩き落された。
勝負は終わった。
静かに、確実に、そして美しく――勝利だった。
戦いは終わった。
膨れ上がったトークンの群れは、一瞬の咆哮とともに燃え尽き、ただの灰と化していた。
俺は静かにカードを片づけながら、地面に転がる光の粒に目を留める。
その中でも、ひときわ眩く輝くアイテムがあった。
《命結石(ライフリンク)》
それは、一度だけ“敗北”を帳消しにする、奇跡の結晶。
戦闘で負けても、カードを失わずに済む――命を繋ぐ最後の保険だ。
「……いいね。カードとドロップ品、どっちも上々だ」
俺は手に取り、光の石をポケットに収める。
貴重な品だ。滅多に手に入らない。今後の戦いで、確実に生死を分ける。
音華も、俺の様子を見て小さく頷いた。
「それ、かなり貴重なやつですね」
「うん。正直、これひとつで命が救われる場面もあるからね。こういうのは、ありがたく持ち帰るに限る」
あたりを見回す。
死骸と、干上がった卵の殻。空気にただよう、焼け焦げたにおい。
「とりあえず、ここから先は危険すぎるな。人語を話すモンスターが出てきたってことは、これより上の存在も……いる」
「……確かに。言葉を理解するということは、戦略もあるってことですしね」
「今は、引き際ってやつだね」
戦利品を確保し、情報を携えて帰還する。
湖の岸辺、夕日が水面に赤く揺れる頃だった。
俺たちは、再びあの少女と出会った。
ボロボロになった制服の袖を握りしめながら、少女は小さく頭を下げていた。
「……湖の安全は、完全に保証できるわけじゃないけど……」
音華が、静かに前に出る。そして懐から1枚、また1枚とカードを取り出していく。
合わせて11枚。すべてリザードマンのドロップ品だった。
「リザードマン10体と、人語を話すやつを倒した。これが、その証拠」
彼女の声はぶっきらぼうながらも、どこか誇りがにじんでいた。
少女の目が大きく見開かれる。
「本当に……これだけ倒したんですか……?」
信じられないといった様子だったが、それでも納得したように小さく頷いた。
そして、胸元から1つのデッキケースを取り出す。
「……わかりました。これで、私は救われました」
40枚。少女が命と時間を削って築き上げた、大切なカードたち。
それを、彼女は震える手で差し出した。
音華は受け取り、無言でデッキを確認する。俺は彼女の横で、少女に笑顔を向けた。
「また、ここに来るよ。次は、もっと平和な顔を見せられるといいな」
少女は小さく笑った。その笑顔には、わずかながら希望が宿っていた。
こうして――
湖を占領していたリザードマンの脅威は、ひとまず去った。
水は、再び静かに流れ始めていた。
~~
館へと戻ると、静寂を破るように、龍華の驚きの声が響いた。
「……人語を話すモンスターを倒しただと!?」
その目は真剣そのもので、口元に緊張すら浮かんでいた。
俺たちは、確かな証拠を差し出した。
《命結石(ライフリンク)》
一度の敗北でもカード化を防ぐ、極めて貴重なドロップ品。
これを所持しているだけで、相手がどれほど危険な存在だったかが分かる。
龍華はそれを手に取り、静かに息を吐いた。
「……確かに。これを落とすのは、ただの雑魚ではない」
しばし沈黙。
やがて、彼はふっと微笑を浮かべた。
「君たちは、ずいぶん成長したな」
その言葉には、率直な賞賛と、わずかな戸惑いが混じっていた。
「嬉しいよ。今日はしっかり休んでくれ。体を壊しては意味がないからね」
そう言って、背を向ける。
だがその内心では、別の思惑がめぐっていた。
(……ここまで力をつけたか。依頼の難易度も、少し上げてもよさそうだな)
(だが、せっかく育った人材を無闇に失うのも、惜しい)
(とりあえずは今まで通りの任務を与えて、その先は彼女たち自身に判断させるか)
(……これで、天界からの評価も多少は上がるはずだ)
扉が閉まり、館の空気は再び静けさを取り戻す。
だが、確かに風向きは変わりつつあった。
少女たちの成長と共に、運命の歯車もまた、静かに回り始めていた――。