邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある!   作:相竹空区

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第3話 斜め上だね伊波さん……

 

 これは……かなり厳しい。

 伊波さんの理解度を確かめようと、まずは今日出された宿題を一緒に片付けていたのだが。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね……」

 

 困った。

 伊波さんの学力は追試や補習を受けるだけの事はある。

 私の解答と同じものが殆どなく、綺麗な字なだけになんとも残念な有様。

 

「ホントに字は綺麗だなぁ……」

「ありがとう。昔は書道教室に通っていたしペン習字もやっていたから」

「わぁ、宝の持ち腐れ」

 

 でも字も綺麗だし座り姿も誤答を書き込む様子も本当に綺麗だ。

 今はスマホを弄っているけど、その姿すらなんだか凄いもののように見える。

 美人は何をしても美人という事なのだろう。

 

「よし、取り敢えず今日は間違いを正していこう!」

「分かった。それでどれが間違いだった?」

「殆ど全部だよ!」

「そう、いつもの事ね」

「慣れちゃだからね……!」

 

 ミスに動じないところに関しては、かつてのクールさの名残が見える。

 一応どれが間違いだったかを教えれば、それを踏まえて考えようとはしてくれるのだ。

 してくれるのだが……

 

「伊波さん、またスマホ見てるよ」

「ふぉえっ!?」

「スマホだけじゃなくて宿題にも集中してね」

 

 伊波さんは5分や10分おきにスマホを見てしまう。

 そうやって時間は過ぎて、中々集中が続かない。

 

「一旦休憩!伊波さん、お菓子と炭酸で気分転換したら宿題を一気に片付けようか」

「分かった」

 

 と言って伊波さんはまたスマホ。

 私もスマホはよく見るし、後悔するくらい動画で時間を溶かす事はあるけど。

 それにしたって伊波さんは頻繁にスマホを見る。

 

「伊波さん、さっきからスマホで何を見てるの?」

 

 あまりにもその頻度が高いから、横で真面目に勉強している私まで伊波さんの何を見ているか分からないスマホが気になってしまったので、思い切って聞いてみた。

 

「……見たい?」

「伊波さんの好きなものなら知りたいな」

「分かった。一緒に見ましょう」

「おぉ!良いね!炭酸にスナックも合わせてパーティだ」

 

 私がペットボトルの蓋を捻ると、それに倣うように伊波さんも蓋を捻る。

 手の中で弾けた炭酸ガスに驚いた顔をしながらも、興味津々にペットボトルの口に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ姿はまるで犬みたい。

 でも目鼻立ちの整った顔だと、変な事をしてもCMみたいになるものだ。

 

「パチパチして鼻が濡れるわ」

「そりゃ炭酸飲料はそうなるよ」

「入浴剤みたい」

「味は全然違うよ!」

「入浴剤の方、飲んだ事があるの?」

「うっかり口に入る事くらいあるでしょ」

「無いと思うけれど……」

 

 伊波さんに向けられた呆れ顔が私の自尊心を傷付ける。

 いやいやまさか。

 良い香りだなぁ、で軽く口に含んでみたりする時期が人にはある筈だ。

 

「入浴剤の仲間を飲めるかしら」

「飲んでみないと分からないじゃん。あと入浴剤じゃないから」

 

 こちらの内心なんて気にせずに伊波さんはサイダーを口に含んでいるけども。

 

「口の中が痛いわ」

「炭酸だからね。それが段々クセになるんだよ」

「確かに痛いのはクセになると聞いた事があるわ。お尻を叩いたりして」

「私の好きな物を変態側に近付けないで?」

「パチパチして面白い」

 

 伊波さんは我関せずとサイダーをチビチビ飲んでは微かな笑みを浮かべている。

 凄いマイペースさだ。

 私はもう振り回されて、サイダーなら開栓時に爆発するくらいだよ。

 

「気に入ったなら良かったよ。自分の好きなものが受け入れられると嬉しいもんね」

「そういうものなの?」

「そうじゃない?認められたって思う事はなんだって嬉しいでしょ」

 

 承認欲求がどうとかで馬鹿にされるけど、やっぱり認められるのは嬉しい。

 それに好きなものの共有は仲良くなるには丁度良いのだ。

 私は好きなサイダーとスナックを共有して、伊波さんの好きも知りたいと思う。

 

「なら瑠美は私の好きなものを受け入れてくれる?」

「見ない事にはなんとも」

「これよ」

 

 そう言って伊波さんが見せてきたのはスマホの画面。

 予見出来た筈なのに、肌色多めのそれをまさか見せてくるとは思わなかった。

 

「アウトです!」

「受け入れてくれないの……?」

「そんな目で見てもダメなものはダメ!もしかしてさっきからスマホ触ってたのってエッチなもの見てた!?」

「だって見たいから……」

「だってじゃない!あぁ!休み時間にいっつも何処かに消えてるのってさぁ!」

「自由時間なんだから私の勝手よね?」

「お願いだから私の部屋ではやめてね!?」

 

 かなり厳しい!

 伊波さんが卑猥にここまで頭をやられているとは思わなかった。

 

「それで私の好きなものを受け入れては──」

「いや……いや、ちょっとムリ……」

「見てもいないのに?」

「今見たじゃん!心の準備無しで!」

「これはサイダーなら鼻にシュワシュワを浴びる段階よ。飲んでから判断しないと」

 

 先にこっちが振りかざした論理だから反論しにくい……!

 これに反抗すると今後、伊波さんに何かをさせたい時に苦戦すること請け合いだ。

 

「でもそれはそれ!これはこれ!」

「どう違うの?分からない」

「えぇ……そういったものにはルールが必要なんだよ」

「ルールって?」

「そもそも18歳未満がエッチなものを見るな!」

 

 決まった。

 これは反論の余地の無い完璧な一撃だ。

 この口から飛び出た必殺の正論を伊波さんは真っ直ぐに受け止めて、長いまつ毛を上下させながら私を見つめる。

 

「でも見たい。私にはこれしかないから」

「あぁ、感情論……」

「私は私の思うようにしたいの。これが駄目な事だとしても駄目な子の私にはぴったりだから」

「伊波さんは駄目なんかじゃないよ」

「いいえ、私は駄目な子。勉強を全く出来ない期待を裏切った駄目な子なの」

 

 そんな事ない、と仮にどれだけ言っても届かないような頑なな態度で伊波さんは自分を卑下する。

 どこから見ても明確な事実であるように、それを言う事になんの躊躇いもなく。

 

「伊波さんはそう思うの?」

「ええ。それにポルノに出てくる人はとても大きな声を上げて楽しそうにするの。見てるとこちらまで楽しいわ」

「それはそう作ってるんだよ。フィクションなんだから」

「そうなの?瑠美は大きな声を上げたりしない?」

「わたっ!?私は……いや!そういう事を人に聞くもんじゃありません!」

「そうなのね……冒頭で性の話をみんなに尋ねているから、これが仲良くなる方法なのかと」

「ああぁぁぁ……伊波さんを介して卑猥な知識が蓄積するぅ!」

 

 記憶の片隅に眠っていたクラスの男子の会話と結び付いて、卑猥な知識が組み上がっていくのが止められない。

 

「私の言葉が瑠美の中に在るのなら、嬉しいわ」

「もっと綺麗な言葉でやって欲しいかな!」

「ありがとう」

「何が!?」

「学校に貼ってあるポスターに綺麗な言葉として例を挙げられていたの。ありがとう、凄いね、頑張ろうって」

「よし伊波さん!邪念を断って勉強頑張ろう!」

 

 お菓子をお供に勉強再開。

 伊波さんに間違っていたポイント──殆ど全てだけど──を教えつつ、流れるように手に取ったスマホを奪い取りながら。

 

「返して……」

「勉強終わったらね。あと3問だよ」

「うぅ……癒しが必要よ」

「それは癒しじゃなくていやらしいだよ!」

 

 伊波さんの怪訝な視線が痛い。

 勢い任せに思い付いた事を言うんじゃなかった。

 

「癒しなら糖分、気分転換なら炭酸。ほらサイダー飲んで!」

「……パチパチが弱くなってるわ」

「時間経つと抜けてくんだよ」

「私みたいね……どんどん力を失って駄目になってゆくの」

「微炭酸も美味しいから大丈夫。炭酸が抜け切る前に3問片付けるよ!」

 

 伊波さんはやれる子だ。

 ちゃんと勉強していれば出来ていたのだから、今だって学べば解ける。

 すぐに気を取られるから逐一軌道修正しないとだけど。

 

「ほら!あと少しだよ!」

「応援してくれたら頑張れるかも」

「頑張れ!」

「優しく2回連続で言ってくれるかしら?」

「謎に注文多いの何なの……頑張れ頑張れっ」

「んむふふ」

「あっ、これなんかエッチなやつか」

 

 幻滅ですね。

 ただ応援の効果があったのか伊波さんは唸りながらも最後の一問を解ききって、ようやく宿題は終了したのであった。

 掛けた時間の大半は伊波さんを集中させる為に費やした時間だったけど。

 

「はい、これで全問正解!頑張ったね伊波さん。凄いよ!」

「まぁ、これくらいは当然じゃないかしら?」

「その当然が出来ていなかったんだよ伊波さんは」

「まあ、それくらいなら問題ないんじゃないかしら?」

「大アリだよ!」

「今までは勉強が出来ないと終わりだと思っていたけれど、この1年でそんな事ないと分かったの。瑠美も難しい事を考えずに、机でどう眠ると身体が痛くないのかを考えましょう」

「授業中に寝るな!私は何としても伊波さんを正しい道に戻してみせるからね!」

「これからも勉強会をするの?正直に言って苦痛だわ」

 

 伊波さんの言葉はどれも平坦で、冗談なのか本気なのかが分かりにくい。

 そんな口で苦痛とまで言われては少し鼻白む。

 これは本当に伊波さんのためになっているのか?

 そう思うと悩む気持ちも出てくる。

 伊波さんは今が楽しいようだから、それを壊すような真似をしなくても良いんじゃないかと、そう思ってしまった。

 私の人生は私のもので、伊波さんの人生は伊波さんのもの。

 無闇に他人の人生に手出しせずにいた方がベターな判断なのは分かる。

 分かるけど、やっぱり私は──

 

「私は、カッコいい伊波さんが好きだな。今のままだと本当に駄目な子になっちゃって、戻れない気がするから」

「変わる事は駄目な事なの?」

「駄目じゃないよ。でもこれは違うと思う」

「何が違うの?分からない……私はただ初めて知った好きなものを見ていたいだけなの」

「でもそれにのめり込むのは違うよ。伊波さんは他にも沢山ある好きになれるものをまだ知らないんだから」

 

 きっとそうだ。

 伊波さんは友達と休み時間にするくだらない話の楽しさを知らない。

 放課後にする買い食いを知らない。

 休みの日に一緒に遊びに行った思い出の輝きを知らない。

 ならもっと好きになれるものがあるかもしれないのだ。

 可能性が沢山あるんだから、破滅的な道を進まなくたって良い。

 

「約束したでしょ?教えるって。今日は友達とする勉強会でした。どうかな、楽しかった?」

「よく分からない……でも」

 

 続く言葉を言い淀んで、喉まで出かかっているものを押し込めた伊波さんの手を握る。

 私が付いてるから大丈夫だと安心させたい。

 1人じゃないって思って欲しいから。

 

「良いよ、聞かせて?」

「サイダーは好き。水とお茶以外は禁止されていたから、ポルノを見るのと同じくらいドキドキしたわ」

 

 口にする事すら勇気が必要な大冒険のように、伊波さんは胸を押さえながら笑ってそう答えた。

 やっぱり自分の好きなものを好きと言ってもらえるのは嬉しい。

 比較対象が本当にアレだけど……

 

「いや、でも……」

「何?」

「サイダーを好きって言ってもらえて嬉しかった。伊波さんも好きなものあるよね?」

「でも瑠美は嫌いでしょ?」

「好きでは、ないけど。でもそれだと伊波さんは1人になっちゃうでしょ?私の好きは伊波さんの中にあるのに、伊波さんの好きは1人で抱えてる」

 

 伊波さんの事を誰も知らない。

 伊波さんの方も誰も知らず、誰とも楽しみを共有しないなんて寂しいと思った。

 その対象が私からすると嫌悪感を抱くようなモノだけど……私が伊波さんの事を知らないのに、伊波さんに何かを教えるなんて出来やしない。

 

「私は伊波さんに普通の事を教えるよ。だから伊波さんの事を教えて欲しいな」

「普通の事……なら教えて」

「良いよ、何でも聞いて」

「瑠美と仲良くなってみたい。どうしたら良いの?」

「えぇ?私とかぁ……そう言ってもらえただけで嬉しくなっちゃうなぁ」

「可愛いわ」

「はぁ!?」

 

 顔色ひとつ変えずに、伊波さんは自然体で言ってのけた。

 凛々しい瞳に見つめられて、少し照れ臭い。

 少し、少しだけ顔が熱くなった気がして手で仰ぐ。

 

「こう言うと女性は喜ぶものなのでしょう?」

「あんまり軽々しく言っちゃだめだからね!?」

「でも瑠美は言葉を喜ぶみたいだから」

「いや確かにちょっと揺れたけど……ダメだから!人を勘違いさせる言動は慎んでください!」

「難しいわ。なんで褒めているのに言っちゃ駄目なの?」

「相手との関係が重要なの!恋人とかなら言っても良いと思うけど……」

 

 でも友達同士で言い合う場合もある?

 マウントの取り合いで言う場合もあるし、これは説明が難しい。

 

「へぇ、そうなの。なら私は言って良いってか事よね?」

「はぁ!?」

「だって瑠美は私に健全な交際を教えてくれるんでしょう?なら瑠美は私の恋人よね」

「違うから!」

 

 予想外過ぎる!

 伊波さんの認識があまりにも斜め上を飛んで行ってるものだから、今日はもう何度『はぁ!?』と言ったか分からない。

 

「ならどうやって教えてくれるの?」

「口頭で良くない!?」

「百聞は一見にしかずと言うわ。私はデートとか色々してみたい」

「それは自分で恋人を作ってやるものだよ……」

「約束と違うんじゃないかしら?」

「履き違えたのはそっちじゃないかな!」

 

 いやまさか、伊波さんと付き合うのは……無しじゃない?

 明らかに落胆した様子を見ると罪悪感が沸いてくるけど、それはそれとして否を突き付けなくては。

 軽々しく付き合うとか言えないし……

 

「でもデートをしてみたい……公園、プール、ホテル……」

「!……?えっ!?公園!?」

「カップルは木々の裏に隠れるのよ」

「そんな事普通はしないから!」

「普通って全然夢が無いのね。楽しくないわ」

 

 伊波さんはより一層肩を落として、炭酸に目を輝かせていた面影なんて無いくらい。

 このままだとまた勉強を放り投げてしまいそうで、どうにかして繋ぎ止められないかと焦りが募る。

 だから、変な事が口を突いてもそれはきっと私の意思とは関係の無い事。

 

「いや分かった!伊波さん、楽しくて正しいデートを教えてあげるよ!」

「ほんと?」

「でもそれだけ。仮の恋人、恋人ごっこだから。その代わりに伊波さんはちゃんと勉強をして、普通の学生に戻って。代わりに私はデートしてあげる」

「デート……楽しみ」

 

 柔らかく笑う伊波さんの顔は昔見た笑顔より綺麗だった。

 華やかに見える人当たりの良い笑みじゃない、心からの笑顔。

 たぶん誰も見た事のない、私だけに向けられたもの。

 そう思うとこの役得も悪くない。

 

「じゃあ今日は私と一緒にこの動画を見ましょう。瑠美と楽しい事を共有したい」

「ぬぐぐ……勉強した後だけね!?」

 

 やっぱり安請け合いだったかな?

 早くも後悔が少しあるけど、でも伊波さんと過ごす時間はいつもより感情が動いて楽しい。

 伊波さんにもこんな風に思って貰えるように、今は無心でご機嫌取りをしなくちゃね……

 




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