邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある!   作:相竹空区

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第4話 ワガママだなぁ伊波さん

 

 正直に言って、瑠美と仲良くなるなんて想像も出来なかった。

 瑠美は背が高いし、短めの髪は明るい色をしていて怖いから。

 どうやら小学校も中学校も同じだったらしいけれど、すっかり忘れてしまった私からすると瑠美は不良の人に近い印象を持っていた。

 

 それがまさか初めて出来た友人だなんて、ママが知ったら怒るかもしれない。

 この1年はママの決めた事を破ってばかりだから、ひとつくらい破ってももう変わらないかな?

 それに駄目な事をするのは楽しいから、瑠美と一緒に居るのはとても楽しい。

 私が知らない事を知っている瑠美だから、一緒に居るだけで世界が広がる。

 言葉のひとつひとつが聞いた事のない軽やかな音をしている。

 

 でも私なんかの為に貴重な時間を割いているのは申し訳ない。

 瑠美と友達になってから、空いた時間はいつも一緒に居る。

 それは彼女の時間を奪っているという事で、私はそれに見合った成果を出せていないし報酬を渡せているわけでもない。

 

 何をすれば瑠美は喜んでくれるかな。

 私にはそれが分からない。

 普通の人なら思い付くのかもしれない事が分からないなんて、今まで気にしていなかった。

 私はただ言われた通りに勉強だけが出来ていればそれで良くて、それすら出来ない私には何の価値もない。

 

 だから……今度のテストはちゃんと正解したかった。

 1問、2問じゃなくてもっと沢山。

 先生からお小言を貰わなくても済む点数を、昔ならママから褒められたような点数が取りたい。

 そうすれば瑠美も喜んでくれるかと思ったから。

 

「凄いじゃん伊波さん!赤点回避だよ!」

「頑張ったから」

 

 頑張った、なんて初めて言った。

 それが当たり前だったから、今まで机に向かうのがこんなに大変な事だとは思っていなかったのに。

 誘惑が多い中でも頑張れたのは瑠美のお陰。

 家に帰ってからもひとりで勉強して、こうして以前ならママが卒倒するような点数を取れた事が今はこんなに嬉しい。

 

「じゃあ次は期末テストだね」

 

 ……?

 よく分からなかった。

 瑠美はいつも通りにニコニコ笑顔を向けていて、なんでそんな事を言うのか分からなかった。

 

「デートは?」

「今回のは小テストだよ?ちゃんと定期テストに向けて勉強しないとまた赤点取るでしょ」

「でもデート……」

「伊波さん先にご褒美貰ったらサボるタイプだと思う。だから先に勉強」

「悲しいわ。まさか瑠美に騙されるなんて」

「人聞きの悪い事を……それに赤点取って補修とか追試受けたらその分楽しみが遠ざかるからね?」

 

 確かにそうかもしれないけれど、私は今楽しみたいのに。

 昔はこんな事思わなかった。

 でも今は瑠美が楽しい事を教えてくれる。

 勉強をするのは大変だけど、一緒にサイダーを飲んだりお菓子を食べるのは楽しい。

 

「じゃあ頑張る。だから次のテストで赤点を取らなかったら絶対にデートよ」

「はいはい、なんでそんなにデートにこだわるかなぁ」

「なんで?そうね……」

 

 デートは楽しそうなもの。

 私の見た動画や漫画でも登場人物は楽しそうにしていたし楽しいと言っていた。

 だから私もそれをやってみたい。

 でも、それだけではない気がする。

 前まではこれで全てを説明出来たのに、今は少しの不足を感じた。

 説明しきれない残りの部分、これはきっと──

 

「瑠美と一緒にお出かけしてみたいから」

「……うおぉう。直球で伝えられるとやっぱり照れるなぁ」

「デートは楽しい事らしいわ。なら瑠美も楽しいと思う」

「かもね。デートじゃなくても遊びに行くだけでも楽しいよ」

「その2つはどう違うの?」

「相手が友達か恋人かかな?」

「ならデートをするには瑠美と恋人にならないといけないのかしら」

「変に形に拘らなくても良くない?とにかく一緒に遊びに行く延長ってだけだよ。ちゃんと伊波さんに健全なデートってやつを教えてあげるからさ!」

「分かった。楽しみにしてる」

「ちゃんと頑張らなくちゃダメだからね!」

 

 瑠美は優しいけど、厳しい。

 

◆◆◆

 

 伊波さんと放課後の……良くないタイプのきっかけで距離を縮めてからそろそろ1ヶ月が経とうという頃。

 殆ど毎日勉強会をして、伊波さんの学力を平均までなんとか戻そうと四苦八苦する毎日にも慣れた頃だ。

 そして今だに慣れないのは、この勉強会後に伊波さんから要求された拷問のような時間を過ごす事。

 心を無にして、視界に入るものも音も意識から遠ざけてじっと耐えるだけの修行のような時間。

 

「ちゃんと見てるの?だめよ、瑠美は私に勉強をさせているのだから、これを見ないとバランスが取れない」

「あーはいはい見てる見てる」

 

 視界は焦点をズラすとかでなんとかなる。

 薄ぼんやりと肌色が動いてる様子が見えるけど、まだ良い。

 でも辛いのは音が聞こえる事、左耳に付けたイヤホンからねちっこい水音が聞こえきて背筋がゾワゾワする事だ。

 

「いやーキツイなぁ……音無しじゃだめ?」

「勉強する時にはそんな事言わなじゃない。だめ」

「ひぃ……」

 

 イヤホンを分け合い、肩を寄せ合ってスマホの小さな画面を共有するなんて恋愛映画みたいだ。

 問題は見ているのが卑猥な動画な点。

 この特大の問題は私の部屋でそんなものを見る事を受け入れ難く、見るならせめて家族にバレないようにイヤホンを着けようと提案したせいで余計に際立ったように思える。

 伊波さんの有線イヤホンの長さで体を寄せ合うと、肩越しに身体の熱が伝わって、とても居心地が悪い!

 

「ねぇ、伊波さん。私の肩に寄り掛かるのやめない?」

「でも恋人はこうするものでしょう?私は見たもの」

「それって今見てるような動画ででしょ?恋人がこうやって見るなら恋愛映画だよ」

「不純異性交遊の映画?」

「伊波さんが今見てるものこそ不純の極みだからね」

 

 多少過激なシーンがある恋愛映画だって、今なら堂々と直視出来る。

 嗚呼、私はもう清らかな恋愛映画を見る時に純粋な気持ちではいられないだろう。

 でもこの後卑猥なスキンシップするんだろうな、と。

 

「瑠美見て、凄い体勢よ」

「おぉ凄い……じゃないよ。うわっ直視しちゃった」

「やっぱり見てなかったんじゃない!」

「恥ずかしいからさぁ」

「私だって勉強は面倒臭い……!」

 

 睨み付けていても伊波さんは素材の良さが存分に出ている。

 この残念美人の抗議の視線を軽く受け流す事にももう慣れた。

 

「じゃあ形を変えてみる?定期テストの結果が出るまでは勉強会はしない。結果次第でデートをするかを決めるとか」

「それは嫌。瑠美と一緒に居るのは楽しいから」

「ワガママだなぁ」

「楽しい事を求めてはいけないの?私は今までこんなに満たされているのに」

「じゃあ勉強は関係無く遊ぶのじゃダメなの?」

「それでは目的が無いわ」

「無くちゃいけないものでもないでしょ」

 

 そう、その筈だ。

 ただ遊ぶ事に理由なんて要らない。

 楽しいから遊ぶ、会いたいから時間を過ごす。

 でも、それなら私と伊波さんを繋ぐものはなんだろう?

 始まりが歪だったからか、これがただ遊ぶだけの関係に落ち着く事には違和感がある。

 友達ならそれで合ってる筈なのに。

 

「理由が無いのに人の時間を使えない。私は瑠美に何か出来る?」

「うーん……分からないなぁ」

「なんでもいいから出して」

「そもそも伊波さんがこのままじゃ駄目になるって思ったから始めた事だしなぁ」

「瑠美は以前の私の方が良いと思う?」

「そりゃ昔の伊波さんはカッコよかったからね」

「……瑠美が望むなら頑張ってみてもいい」

 

 私の何気なく溢した言葉に、伊波さんはポツリと呟く。

 

「でも私は無駄な事を知ってしまったの。友達、サイダー、スナック菓子、全部以前の私なら無駄だと思っていたものよ」

「なら今はそうじゃない?」

「貴女のせいよ。私は無駄が大好きなの」

 

 イヤホンのせいで離れられない距離で見る伊波さんの笑顔はやけに眩しい。

 晴れやかで、心からの感情を表に出したそんな顔。

 私の視界だけに映るもの。

 

「貴女にとっては大したことのないものでも、私にとっては大切な宝物。たかだか1ヶ月の付き合いでこんなに満たされて、私にとっては友達とは瑠美だけを指している」

「少し、重いかな」

「体重は平均値よ」

「ありがとうって事」

 

 私は何を思って伊波さんへ軽はずみに手を差し伸べたんだろう……私以外に縋る人が居ない彼女に対して。

 たぶん、優越感かな。

 昔の凄い伊波さんを知っているから、彼女に近付く機会に付け入った。

 クラスの人が知らない彼女を私だけが知っている、あの凄い伊波さんと私は親しい、みたいな。

 

「でも私なんかを友達代表にしちゃ駄目だよ伊波さん?」

「どうして?」

「邪な人を友達になんてしない方がいいから」

「私だって猥褻な人間よ。だからお互い様」

「そういうとこ、人に見せちゃ駄目だからね」

「分かった。瑠美にだけ見せるから」

 

 そうやって、伊波さんはまた私の独占欲や色々なものを煽る言葉を使う。

 

「私はそういう言葉に弱いよ。秘密だけどね」

「覚えておくわ。私は太腿の内側が弱いの」

「意味合いが違う話だね」

「瑠美だから教えてる」

「凄い、早速使いこなすじゃん」

 

 伊波さんは褒められて満更でもない、といった様子でしたり顔。

 猫のような可愛い人だと思う。

 無垢で、純粋で……こんな人を私が守らないと、あるいは独り占めしたいと欲が湧く。

 元来、私はそのような欲が強い方だ。

 強いこだわりがあって、それを貫き通したがったりして。

 だから伊波さんに以前のようなカッコいい姿に戻って欲しいと思うのもそのひとつ。

 理想のあの人を独占する、そんな欲に駆られているのだ。

 

「テストは頑張るから、その後も友達でいて欲しいの」

「いいよ。伊波さんは手が掛かるね」

「でもご褒美のデートをする時は私に恋人気分を味わわせて」

「欲が出てきて感心だねぇ。そうやっていろんなものに興味を持とうか」

「じゃあ教えて欲しい。瑠美の好きなもの全部」

「勉強をちゃんとするならね」

「……可能な限り頑張るわ」

 

 伊波さんが頑張る限り、私はたぶん側に居る。

 頑張らなくなったら……どうするんだろう。

 私と伊波さんを繋ぐ唯一のものはこれだけ。

 テストの後に会う理由をどれだけ残せるのか、それが不安。

 




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