邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある! 作:相竹空区
伊波さんとの勉強会を始めてからも、学校で彼女と話す事は少ない。
私の家で勉強会をするから、一緒に帰ろうと声を掛けるくらいで他の会話は無し。
というのも伊波さんは休み時間は机に突っ伏して寝てるか、何処かへ消えているかのどちらかだから。
授業は以前に比べれば真面目に受けているものの、たまに頭が揺れている点を見るに夜更かしをやめられないようだ。
朝、登校しておはようと声を掛けても帰って来るのは頭に血が回っていなさそうな声だし、放課後に時間が向かうにつれて意識も発音もハッキリしてゆくのだから間違いない。
「伊波さんテスト中もそんな感じなの?」
「ん……」
まだ伊波さんが目覚めきっていない午前中に話し掛けてみても低血圧なこの返事。
机でひと眠りする前に捕まえてみたから、タイミングも良くなかったかも。
「伊波さんには健全な生活リズムも必要だね」
「そう……」
「そうだよ。夜は何時に寝たの?」
「分からないわ……お願い眠らせて」
伊波さんは心底辛そうに机の上で頭を抱えているけど、自業自得なのだから仕方ない。
それに夜更かしして何をしていたのかを考えれば──いや、考えたくない。
「分からないって言ってる人がちゃんと眠れているわけないよね」
「寝るわ。今から……」
眠気で頭がいつにもまして回らない状態では話にならない。
これで授業の内容がわからず、私が教える羽目になると二度手間なんだけど。
「いやー困るね」
腕を組み、少し考える。
伊波さんにはちゃんとテストで良い点を取って欲しい。
それが前進に繋がると思うから。
ただ、それはそれとして勉強を強制して辛い思いをさせる事が出来るほど私は心が強くない。
はてさて、どうしたものか。
伊波さんの目の前にデートというご褒美を吊り下げてはいるものの、それがどの程度効いているのやら。
昔の伊波さんなら休み時間は──どうしていたっけ?
たぶん勉強だけど、今の伊波さんにそこまでやらせようとしたら過剰になってしまうだろう。
離乳食のように少しづつ、段階を踏んで健全な高校生を目指してもらわないと。
なら今やるべき事は、もう少しだけシャキッとしてもらうくらい。
昼休みに突入し、俄かに騒がしくなった教室でビニール袋を片手に伊波さんを捕まえた。
「お昼一緒に食べようよ」
「構わないわ」
案外すんなりと承諾され、机を挟んで向かい合う。
椅子は近くの席から借りて、私はビニール袋からパンを取り出す。
「おっ伊波さんはお弁当?」
「ええ、いつもママが作ってくれる」
「母の愛だねぇ」
「瑠美はパンだけ?」
「メロンパンに焼きそばパンにデニッシュにあんパンがあるよ!」
「全部パンじゃない」
「好きなんだよねぇ、パン」
朝は米派だけど基本的にはパンが好き。
片手で食べられるから場所を選ばないのも好み。
対する伊波さんは私からすると小さいお弁当箱に向かって手を合わせて「いただきます」と丁寧に一言。
私なんて何も考えていなかったから既にメロンパンの袋を剥いていたというのに。
「メロンパンから食べるの変じゃないかしら」
「そう?好きな順番で食べればよくない?」
「そう……やっぱり変よ」
「変かなぁ」
中身の無い会話をダラダラと続けながらパンを食べ、丁寧な箸使いの伊波さんを眺める。
精密機械のように的確に摘み上げる手先の器用さ。
そして一口の小さな伊波さん。
静かに咀嚼して、飲み込むまでの一連の動作がどうしてこんなに綺麗なのだろう。
「伊波さんは食べ物何が好き?」
「ハンバーグ」
「わぁ可愛い。名前も知らないオッシャレな料理が出て来るのかと思ってた」
「一般家庭だから」
「小中学校の頃は伊波さんは豪邸に住んでるって噂だったんだよ」
「普通の一軒家……普通、よね?」
「見た事ないんだからわからないよ」
メロンパン、焼きそばパン、デニッシュまで食べ進んだところで伊波さんの進行度はお弁当の半分に届かないくらい。
小さな口で食べる姿は小動物的。
顎を小さく動かして、そもそもの食事量も少なく見える。
……もしくは私が大口だったり?
「いつか瑠美みたいに、私も家に招いてみたい」
「ホント?噂の豪邸に招待されちゃうなんてなぁ」
「誤解を解く為にも来て欲しい」
「あーでも……」
「でも何?」
「伊波さんがここで……って思うとちょっと行きづらいなぁ」
言ってから失言だったと気が付いたけど、まあ普段から表情を変えずに卑猥なものを好む事を口にする伊波さん相手なら大丈夫──
「え?あっ!はっ、はぁ!?」
思ったりよりも伊波さんの反応があった。
顔は真っ赤に引き攣って、箸からお米を取り落として面白いほど動揺してる。
「いや恥じらいポイント何処にあんのさ」
「ち、ちがっ!違うから!」
「あー……でも最初この席でもやってたから誤差みたいなもんかな」
「これが羞恥、辱め、言葉責め……!」
耳まで真っ赤な伊波さん、俯いて身体を丸めているけど涙目になる程恥ずかしがっていたのを見逃さなかった。
いや、しかし本当に恥ずかしがる基準が分からん。
「普段の行いが返ってくるんだよ。後ろめたい事の無い健全な生活を送らなきゃ」
「後ろめたい事の無い健全な人、という存在は本当に居るの?」
潤む瞳でこちらを睨み、伊波さんは震える口でそんな事を言う。
珍しい事に明確な反抗の意思を示していた。
「おやおや、私だって純粋無垢ってわけじゃないにしても伊波さんよりは健全だと思うなぁ」
「次の勉強会の時にベッドの下とかクローゼットの奥を漁ってやるんだから……!」
「今言っちゃ意味ないよ」
脅し文句にしては可愛らしく、直後に小さな口をお米で一杯にしながらの宣言ではあったが伊波さんはどうやら有言実行の人らしい。
放課後、いつものように私の部屋での勉強会をしようと思ったら伊波さんは意気揚々と家探しを始めた。
部屋に入るなり勇足で、一息つく暇もなく。
手始めに床に顔を擦り付けてベッドの下を覗き込む。
スカート危ういよ、とは言いづらい雰囲気だった。
「ベッドの下ホコリだらけじゃない!」
「うわやば。完全に忘れてた」
「卑猥な物何も無いじゃない!」
「無いよ。何処探しても無いよ」
「そんなわけない!ベッドの下やクローゼットの奥に隠すものでしょう!?」
「無いね。私に関しては」
鼻息荒く、開けられる物全部開けて引き出せる物全部引き出して、伊波さんは求める物を探し始める。
最初、家に入る時の礼儀を気にしていた人と同一人物とは思えない。
どうにも伊波さんはこの……猥褻が関わるとアクセルの踏み方がおかしくなる。
「あったっ!これは卑猥な物よね!」
「マッサージガンだよ。中学までは部活やってたから」
「これは?卑猥の形状をしているわ……」
「美顔器だよ。ここに置いとかないとお姉ちゃんに奪われるから」
「これ!握ると形が変わる!」
「握力鍛える用のボールだよ。分からない物全部卑猥な物だと思うのやめようね」
「次こそは──」
「そこは下着が入ってるから」
私がそう言った事を確かに聞き届ける素振りを見せて、伊波さんはクローゼットに手を掛けて引き出そうと──
「ちょっ!なんで開けようとする!?」
「駄目なの……?」
「駄目だよ!何の為に中に何入ってるか言ったと思ったの!?」
「教えてくれたのかなって」
「教えたんだから見なくていいんだよ!」
「見たかったから」
「その欲求が分からない……!」
伊波さんは思考すら卑猥に侵食されてしまっているのか。
人との距離感がやはりおかしい!
「何が伊波さんを駆り立てるのさ。その卑猥探しに」
「見てはいけないものって見たくなるものじゃないかしら。カリギュラ効果って言うのよ」
「凄い、伊波さんにこびり付いた知性が発揮されてる」
「ふふん。他にも色々披露出来るけど」
「豆知識じゃテストは攻略出来ないよ。ほら勉強勉強!」
開けかけの引き出しを押し戻し、伊波さんの肩に手を掛けテーブルへ押し出して座らせる。
隣から不満顔で睨んでいるけど、ここで強く抵抗しないのは優等生仕草かな。
「瑠美は今までなかった?見てはいけないものを見たくなった経験」
「夜遅くまで起きて映画見たりとか?ダメって言われると川の近くで遊びたくなったり」
「楽しいのそれ?」
「今思うとなにが楽しいのか分からないけどさ、その時は何やっても楽しかったよ」
「じゃあ瑠美の川遊びが私にとっての卑猥探しって事ね」
「人の子供の頃の思い出に変なもの重ねないでね」
認めると調子づくだろうから言わなかったけど、伊波さんの言う通りなんだと思う。
駄目な事をやりたくなる子供の遊びを、伊波さんは高校生の今やっている。
見てはいけないものを見て、でも判断力が伴わない。
だから私がそれを身に付けさせようとしている……のはこう考えると出しゃばり過ぎかな。
「それに傲慢だよね」
「なんの話?」
「ううん。伊波さんは私と友達でいる事と、好きな物をずっと見ている事ならどっちを取る?」
「選ばなきゃ駄目?」
「選んでって言ったら?」
「それはとても難しい質問ね」
私が伊波さんの人格に、人生に手を出す大義名分が得たいがために投げ掛けた意地の悪い質問にも真剣に考えてくれるのだからこの子は真面目だ。
私は伊波さんから受け入れ難い部分を切り離したいと思っている。
でもそれが酷い事だと、気が付いた。
ただ興味を追い掛けている子供を閉じ込めるような、そんな考え方。
「難しい質問だけれど、その2つは両方とも選べないものなの?」
「私は選んで欲しいかな」
「分かった。なら──」
我ながら面倒くさい人間だとは思うけど、酷い事を言う私を罰して欲しい。
伊波さんに拒否されれば離れられる。
私から始めた事だから、伊波さんが嫌だと言えばそこで終えられる。
「私が選ぶのは、どちらもよ」
「選んでって言ったじゃん」
「駄目だと言われるとやりたくなるの。私は駄目な子だから」
「ワガママだなぁ」
少しホッとした。
どっち付かずの現状維持が1番楽だから。
「卑猥なものに興味を持った、正しくない私を受け入れてくれる?」
「もう何が好きでも良いけどさ、授業を受けて勉強をする正しい学生生活は送ろうね」
「ふふっ……ほらやっぱり、2つとも選べた」
むしろ、私が伊波さんを別の道に引き込もうとしてる悪い人かも。
欲しいものを全部手に入れたがる伊波さんはとても魅力的。
楽しげに、嬉しげに笑う顔は良いものだ。
それは私が引き出して、私だけが見ているもの。
優越感に浸れるような、良くない高揚感や陶酔感がある。
「私以外にも友達作りなよ、伊波さん」
「どうして?瑠美だけで充分よ」
「そうやって私に体重全部預けられてると、私もそうしたくなるから」
「瑠美なら受け止められるわ。言ったでしょう?私そんなに重くないもの」
「でも私は重いから伊波さんじゃ負けちゃうと思うなぁ」
伊波さんの細い肩に身体を預けて傾けば、どんどん傾斜は強くなって床が近付く。
「伊波さんはスマホの中のエッチなものだけじゃなくて、友達を作るとか勉強をするとかにも興味を向けないと。そうやって寄り掛かる場所をいくつも作るのが健全ってものだよ」
「そんなに沢山あったらきっと迷ってしまうわ。私には2つくらいで充分よ」
床へと完全に倒れ込み、伊波さんのお腹を枕に横になる。
人の温かさが伝わってきて少し落ち着く。
でも柔らかくて首が落ち着かないから寝心地は良くない。
「瑠美はどれくらいあるの?好きなもの、興味があるもの」
「そんなに多くはないかな。でも来年受験だからちゃんと勉強したいし、あとは本読むのとか映画見るの好きかな」
「なら私もあとひとつ、何かを見つけるわ」
「その手伝いをしてあげよう。人生には楽しい事が山程あるって、10代の私ですら知ってるからね」
伊波さんを作るもの、そこに私が組み込まれてゆく。
関われば関わる程、伊波さんの中で私が大きくなる。
伊波さんにとって友達は私だけだから。
そして私の中でも伊波さんは大きくなる。
色々な欲を満たせてしまうから。
言ってしまった言葉は飲み込めないけど、こうして都合の良い事を言ってしまう自分の内心を思えば、自己嫌悪も大きくなる。
「少しだけ頑張ってみるわ。テストが終わるまでは勉強をする」
「応援してるからね、伊波さん」
まだ、伊波さんを独占出来る。
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