邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある!   作:相竹空区

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第6話 テストだよ伊波さん!

 

 昔からテストというものが嫌いではなかった。

 部活ならば試合がそうだが、目に見えない努力の積み重ねでも結果発表は客観的な事実に基づく。

 私自身がいくら頑張ったと思っていても、点数という結果がそれを否定する事すらある。

 主観的な感覚は案外頼りにならなくて、むしろ肩の力を抜いていた方が良い結果を残せたり。

 

 だから、そう。

 私は伊波さんがスマホの誘惑に惹かれながらも頑張って勉強している様子を隣で見ていた。

 最初は酷い物だったけど、それでもなんとか持ち直したと言っても良い筈。

 あの努力を見ていた私がそう思うのだから、きっとこれは客観的な視点で、結果に近いものだろう。

 その努力が報われて欲しい。

 おかしな話だけど、私自身の事よりも伊波さんの事を祈っている。

 

 なにせ朝、私よりも後に登校してきた伊波さんは机に着くなりノートを広げた。

 その真剣な様子に話し掛けるのは憚られて、ただそれを眺める。

 ノートに単語帳、教科書を見て復習する姿は中学までは見る事があった。

 たかだか定期テストに随分真剣だなぁ、と思った事を覚えている。

 今となっては応援する気持ちでいっぱいなのだから、私のなんとも無遠慮な性格が恨めしい。

 

 だから今は伊波さんを見守って、私は私の事を頑張る。

 ひとつ目の科目が終わっても休み時間に伊波さんに話し掛けたりせずに、次の科目に向けて頑張る姿を自分の席から眺めていた。

 真剣に机に向かう横顔は普段よりも強張った、気迫に満ちたもので潰れてしまわないか心配になる。

 かと言って話し掛ける事も膨れ上がった風船を刺激するようで、怖かった。

 私が何かをした事で伊波さんの集中を途切れさせてしまったらと思うと何も出来なかった。

 ただ私が怖かっただけなのに、見守るなんて口触りの良い言葉を使って何もしない自分が嫌になる。

 

 そんな休憩を挟みつつ科目が3つ目、教室に響くのはシャープペンを走らせる音。

 たまに物を落としては先生が拾いに行く程度で、咳払いすら憚られる緊張感。

 カンニングを疑われない為に首は上下の一定範囲のみで稼働して、首と肩が凝る。

 

 そんな時間が15分程経過した時、少し違う音が聞こえてきた。

 何かを擦るような音……それが徐々にハッキリと聞こえて、ようやく啜り泣く声だと気が付いた。

 そんな異常に先生は声の主へと近付いて、声を掛ける。

 

「どうした伊波。体調が悪いなら保健室に行くか」

「大丈夫です……」

 

 心臓が締め上げられるようだ。

 嗚咽の混じった声が聞こえる中では目の前のテストになんて集中出来なくて、同じ問題を何度も読み直した。

 伊波さんを追い詰めてしまったのかも?

 そんな事が頭の中を回って、他の事を考える余裕が中々生まれない。

 時間いっぱいに問題と向き合ってなんとか全問解けたものの、その内容は多分ガタガタ。

 チャイムの音も遠く感じて、休み時間に入った時に恐る恐る伊波さんの席に視線を向けると席は空。

 

「伊波さん……」

 

 どうしよう、と思っても何をすれば良いのか分からない。

 伊波さんはとても頑張っていた。

 でもそれは私が伊波さんを無理矢理に追い立てて頑張らせただけで、それがとても負担だったのかもしれない。

 もしそうだとしたら……謝らなくてはならないと思うけど、その言葉が浮かばない。

 テスト中もそんな事ばかり考えてお昼まで。

 今日の最後のテストが終わって深く息を吐く間すら惜しくて伊波さんの元まで向かった。

 

「あっ……あの、お疲れ伊波さん」

「ええ、そちらこそお疲れ様」

 

 とてもぎこちなく言葉を交わして、続く言葉に詰まってしまう。

 困って曖昧に笑ってみるけど、伊波さんはジッとこちらを見つめて微動だにしない。

 周囲からはテストから解放されて晴れ晴れといった様子の声が聞こえるけど、私達の間だけは耳を刺すほどの無音が満ちていた。

 

「今日も勉強会はするのかしら」

 

 沈黙を破ったのは伊波さん側からで、至って普通の様子だ。

 でもその裏側にどれだけの苦痛や苦悩があるのかわからずに、間を繋ぐだけの笑いを浮かべる自分が嫌になる。

 

「いやーテスト期間中は自分で復習するのが良いでしょ」

 

 違う。

 ただ私が怖くなってるだけだ。

 伊波さんが本当は嫌がっているって確かめるのが怖くて遠ざけてるだけ。

 それをもっともらしい言い分で取り繕って、私は何を守ってるんだか。

 伊波さんはそんな私を変わらずに見つめて視線を動かさない。

 まるで責められているような、そう思う事すら嫌になる自分の性根に心底嫌気が差す。

 

「瑠美にお礼が言いたいの」

「え?」

「テストに向けて頑張ったのに、分からない問題が幾つもあった。それが怖かった」

「テスト中に……」

「泣く程怖かったの。1年生の時にも最初のうちは分からない事が怖かったけど、段々気にならなくなって……今日その怖さを思い出した」

「そんなの思い出さない方が良かったかもよ?」

「でも分かる事の嬉しさもあったわ。達成感があるって事も思い出せたの」

 

 伊波さんは私の手を取って、優しく両手で包み込んだ。

 細く長い、そして白い指がこそばゆい。

 

「全部瑠美のお陰ね。明日からも頑張れそう……だから、ありがとう」

「それなら良かった、けど……」

 

 こんなに手を握ってまで感謝を伝えられるような事をしていない。

 私には相応しくない。

 でも手を振り解く事も出来なかった。

 

「嫌じゃない?」

「何が?勉強は嫌いだけれど」

「私さ、伊波さんの事を考えてなかったかもって思ったから」

「そうなの?瑠美は勉強を教えてくれるし、初めての友達にもなってくれた」

「そうやって伊波さんに取り入ってるだけだよ」

「他に何もなかった私の中に入って来てくれて嬉しい」

「だから怖いかな。私だけの影響を受けるってさ」

 

 私の言葉に伊波さんは考える素振りを見せて、少しの間悩んだ後に口を開いた。

 

「それは少し思い上がりじゃないかしら?」

「うわー……傷付いたかも」

「じゃあ私の中に瑠美だけが居る方が嬉しい?」

「それは……」

 

 答えられなかった。

 確かに伊波さんの特別な、唯一の存在である事に対する喜びはある。

 でもそれで他人の人生に責任を持つ程の勇気も無い。

 

「でも私は色々なものに触れる中で、瑠美からの影響を選んでいるの。先生から留年について話された時は怖くなかったけれど、瑠美との約束の事を考えると怖かった」

「もっと長期的な危機感持とうね」

「どうかしら。目の前の事を頑張る必要に関しては理解したけれど、これをいつまで続ければいいのかは分からない」

「一生じゃないかな。目の前のやらなきゃいけない事をひとつづつ片付けて、そしたら次のやらなきゃいけない事を片付ける。嫌になるけどさ」

「疲れてしまうわね」

「だから自分にご褒美をあげるんだよ。私はテスト終わったら何をするか考えて乗り切るよ」

「じゃあ瑠美が私のご褒美になって」

 

 伊波さんは真っ直ぐに、一切ブレる事なく私を見つめる。

 吸い込まれそうな瞳の奥を覗いてしまって眩暈がした。

 

「1週間頑張ったらね」

「違う。これからもご褒美になって欲しい」

「それは違う話じゃないかなぁ」

 

 だってそれでは恋人だ。

 

「……違うの?」

「違うよ。伊波さんは自分で自分のご褒美を探さなきゃ」

「考えたけれど、これが1番頑張れる気がするの」

「実際体験してみたら違うかもよ?だから今は目の前の事に集中しようか」

「それもそうね。楽しみにしているから」

 

 我ながら情けない程の逃げだった。

 伊波さんが私に友人役も先生役も母親役も恋人役まで、全部を求めているんだろう事は分かる。

 でもそれは依存しすぎだ。

 私が同時に出来るのはひとつか、ふたつ。

 友人と、あとは先生くらい。

 

 教えるのは案外楽しいと分かったし、友達でいるのももちろん楽しいから問題無い。

 だからこれ以上の変化は要らないと思うのだ。

 あとは伊波さんが求めるものが見つかれば。

 それで良い形に落ち着くはず。

 それが良い……はず。

 

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