邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある!   作:相竹空区

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第7話 伊波さんは耳が弱い?

 

 テスト期間が終わった解放感というものは魔性の力を秘めている。

 別にもう勉強しなくていい、なんて事は無いはずなのに怠ける誘惑に抗えず……

 テスト結果が出るまではゆったり過ごそう、と決めてしまったのだ。

 

 ただ、一応テスト結果が出るまでは伊波さんとの勉強会らしきものは継続中。

 放課後は私の部屋で宿題を片付けて、あとは適当に漫画を読んだりして過ごす。

 私はベッドで横になりスマホを眺めて、伊波さんはベッドを背もたれに漫画を読む。

 

「瑠美、この漫画の続きが無い」

「じゃあそれが最後なんだよ」

「物語がまだ終わってないわ」

「でもそこまでしか買ってないから」

「何故買わないの?続きが気になるでしょう」

「コンビニで暇つぶしに買った漫画だからなぁ……」

 

 伊波さんはもうすっかり漫画に夢中なようで、続きが無い事にブツブツ小さく文句を言いつつ本棚で次の漫画を吟味しようとしていた。

 

「この不可解な男女の不純異性交遊の結末を見るまでは帰れないわ」

「最後まで買ってない気がするけど大丈夫そ?」

 

 何故かは思い出せないけど最終巻まで買った記憶が無い。

 そもそも完結していたか?

 そんな程度の記憶が残るのみで、伊波さんが手に取る恋愛漫画の内容があまり思い出せない。

 

「……続きあるじゃない!何故この1冊だけ別の段に置いているの?並び方が気持ち悪いわ」

「読み返さないからさ。取り敢えず置いとければそれでいいやって」

「それにしてもこの置き方は見ていて気分が悪くなるわ。瑠美は一見しっかりしているように見えて、実際は適当ね」

「えー?よりによって伊波さんに言われたくないなぁ」

 

 軽口を叩いてみると、伊波さんはフンと鼻で笑って漫画に戻る。

 一見クールな伊波さんこそギャップが酷いと思うけど。

 今だって真剣に本に向き合うと言えば凛々しい横顔に見えるけど、実際は漫画の中の恋愛に夢中になっている。

 手に取る経緯だって漫画とは卑猥な物だと思い込んでいたから、その誤解を解くために読ませたところから。

 読み始めてすぐは漫画に求めていた卑猥が無い事に不満をずっと口にしていた伊波さんも、今では恋模様に惹き込まれているのだからチョロいものだ。

 

 無言のまま、しばらくの間それぞれで時間を過ごす。

 これが苦にならない程度の関係性になった事は嬉しい事で、歪な始まり方をした私達の関係が友人として正常に動いているという事でもある。

 そんな達成感を噛み締めつつ、スマホの画面を上にスワイプして次々に動画を見ていると、私の肩に軽く触れる感覚。

 控えめに、伊波さんが指先で呼んでいる。

 

「何?」

「瑠美、見て欲しいの」

 

 そう言って伊波さんが見せてきたのは漫画のページ。

 開いて軽くページを捲り、その内容は絵だけで簡単に理解するとデート回。

 主人公とイケメンがデートをするその回を読んだ記憶は曖昧だけど、様々なデートスポットを巡っている事は分かった。

 

「デートだね。全然読んだ記憶無いや」

「この先よ」

 

 更にペラペラと捲られて、場面転換。

 いつの間にやらベッドの上へ。

 

「瑠美は嘘吐きね!あるじゃない卑猥な漫画が!」

「思い出した!過激な描写増えたから読まなくなったんだ!」

 

 思い出せてスッキリした。

 得意げな顔をしている伊波さんから漫画を奪い取り、ゴミ箱へと放り投げる。

 

「何するのよ!?」

「私が買った物だし」

「勿体無いじゃない!瑠美が要らないなら私が貰うから!」

「えぇ……なんなのその執着心。他の巻も持って行っていいよ」

 

 ゴミ箱から漫画を救出した伊波さんは、まるで子供を守る狼みたいな警戒心を露わにして本棚から他の巻を抜き取っている。

 ひと抱えになる量を大切そうに抱き締めて、収まるべき場所に収まった感じ。

 伊波さんが気に入ったのならこれで良いや。

 

「何故そんなに卑猥な物が嫌いなの?」

 

 伊波さんが私を真っ直ぐに見つめて問い掛けてきたその質問に、即答とはいかなかった。

 少し考える。

 別に伊波さんを否定したい訳じゃないから、言い方を工夫しないと。

 

「そういうのは大人になってからだよ」

「でもこの本には年齢制限が付いていない。つまり私達でも読めるという事よ」

「だとしても良くないって思っちゃうな」

「なるほど……良くないから嫌い。道理ね」

 

 やけにあっさりと、伊波さんは納得した様子で頷いている。

 もっと食い下がるものだと思っていたから拍子抜けだ。

 

「これで納得したの?伊波さんの事だから全然譲らずに主張してくると思ってた」

「私は良くないから好きなの。お揃いね」

「それお揃いって言うのかなぁ?」

 

 理由が同じで正反対の感情を持ってるなら、それはもう絶対に相容れない気がするけど。

 でも伊波さんはこれが気に入ったようで、ご機嫌な様子で口角を上げている。

 

「18歳になったら見ても良いってなるけどさ、その時はどうするの?」

「確かにそうね。理由が無くなってしまうかも。困ったわ」

 

 伊波さんは首を捻って唸り始めた。

 私の何気ない疑問は伊波さんにとっては余程の問題だったようで、眉間に徐々に皺が寄る。

 そうやってウンウン唸りながら悩む姿を横目に、私はめくるめく動画サイトへ。

 悩みが解決するまでは時間が掛かりそうだから。

 

「解決したら教えてー」

 

 そうこうして時間が過ぎて、窓から見える空に夜の色が混じり始めた頃。

 勉強会──とは名ばかりの集まりも終わりの時間。

 長時間悩んだ伊波さんはまだ悩み、勉強でも見せない長考モードに入ったままだ。

 

「伊波さーん。もう帰る時間だよー?」

 

 声を掛けても反応せずに、肩を軽くつついてみても反応は無し。

 ここで少し悪戯心が湧いてきた。

 ベッドの上の私から見ると、ベッドを背もたれにする伊波さんの無防備な耳がよく見える。

 形の良い耳を眺めていると、これはもう誘っているようにしか思えなかったのだ。

 口の中に空気を溜めて、唇の先から細く吹き出せば──

 

「ふぅー……」

「ひやぁ!?何!?」

 

 七転八倒。

 驚きのあまり、伊波さんは立ちがろうとしては転んでの繰り返しをして顔は真っ赤。

 

「あっははは!弱過ぎでしょ!」

「耳は性感帯でしょう!?弱くて当たり前じゃない!」

「は!?悪戯の定番だよ!耳とか変態じゃん!」

「なら動画サイトには何故あんなにも耳舐めがあるのかしらね!」

「そんな勝ち誇ったように言われても。私の知らない動画サイトの話しないでよ……」

「瑠美も案外世間を知らないのね。動画サイトを開けば沢山出てくるじゃない」

「伊波さんが変なの見たからでしょ。閲覧履歴を元にオススメされてるんだよ」

 

 数秒の硬直の後、伊波さんの顔は一層赤くなる。

 耳まで真っ赤、口の端がワナワナと震え始めた。

 

「わ、私が何見てもいいでひょ……」

「震え過ぎ。羞恥心のスイッチ何処にあんのか分からないって」

「私の性癖ばかり詳らかにしてずるい!瑠美は何か無いの!?」

「完全に単独事故じゃん。私悪くないよ」

 

 顔の赤さを怒りみたいにしているけれど、腕を振り回すなんて子供っぽい怒りを表明する仕草では可愛らしさが勝る。

 

「瑠美も耳を出して!私も息を吹きかけるから」

「えー?私くすぐったい系に強いからなぁ」

「そう言う人程弱いものよ。幾つも見て知ってるんだから」

「その情報ソース信用出来るやつ?」

 

並んでベッドに腰掛けて、伊波さんは闘志に満ちた瞳で私の耳を睨む。

 おそらくだけど、そんなに意気込むものじゃない。

 ただ、やけにやる気の伊波さんが面白くて横髪を掻き上げて耳を出す。

 

「ほらほら、伊波さん程度に負ける訳無いからねぇ」

「前振りね。1ページ持たずに落ちるパターンかしら」

「言っとくけど変な事はしないでよ?」

 

 返事は無く、代わりに近付く伊波さんの顔。

 吐息が徐々に大きく聞こえて、不意に消える。

 数瞬の間を置いて私の耳を熱い呼気が撫でて産毛を揺らす。

 

「うわっ湿っぽい!」

「驚いた!私の勝ちね!」

「うわうわジトっとする!なんでこんなウエットなもの吹き掛けた!?」

「興奮するでしょう」

「これで……?」

「足りなかったかしら。やった事は無いけれど舐めてもみましょうか」

「アブノーマルな事に私を巻き込むのやめてね!」

「瑠美が仕掛けた勝負じゃない」

「変な事するのはルール違反!伊波さんの負けです!」

 

 謎の熱さが耳に残って離れない。

 それに当てられてか、顔まで熱い気がして手で仰ぐ。

 いやはや、とんでもない事になってしまった。

 

「納得いかないわ……瑠美の弱い部分を知りたかったのに」

「伊波さんが晒し過ぎなんじゃない?もしくは全身弱点か」

「否定出来ないわね。確かに私は持つ者か、持たざる者かで言えば圧倒的に持つ者の側。1年で進んだ順調な自己開発はもはや才能と呼ぶものよ」

「持ってない方が良いものもあるよね。負債とか」

 

 そうこう話している最中も、伊波さんは少しづつ距離を詰めてにじり寄って来る。

 ベッドの長辺でスライドする私達の静かな逃走劇は、私の腰がヘッドボードにぶつかった事で終わりを告げた。

 そうして太腿同士をピタリとくっつける伊波さんこ勢いは止まらず、耳を狙って顔が近付く。

 

「観念する事ね。瑠美の弱点を暴いてみせるから」

「いや……待って何する気?」

「そんなに嫌がるからには耳が弱点なのでしょう?」

「違う違う!」

 

 否定しても私の身体を這い上がろうとする伊波さんの爬行は止められず、耳に唇の柔らかな感触。

 そして生暖かい感触が耳の溝を這う。

 

「ひぃ……」

「それは嬌声?」

「悲鳴……」

「弱点ではあるようね」

 

 ひとり納得した様子の伊波さんは髪を掻き上げて耳を晒す。

 まるで何かを待つように、少し頬を赤らめて。

 

「はい」

「何が!?」

「次は私の番よね」

「やらないからね」

「目を瞑った方が良かったかしら?確かにそういった音源を聞く時にはそうするわね。そちらの方が没入感が増すから」

「ずっとひとりで納得するじゃん」

 

 目を瞑って、少し期待をした表情の伊波さん。

 整った横顔、髪を掻き上げて見えるうなじ……これだけなら絵になる美人の様子なのに。

 ただ、私はこれから伊波さんの耳を責めなくてはならないらしい。

 私の意思の一切を無視した決定によって。

 

「ほーれ伊波さーん?目を開けないと悪戯しちゃうぞ?」

 

 なので仕返しに伊波さんの耳の端を摘んで軽く引っ張ってみたりして。

 軽く、持ち上げるように引っ張ると整った顔が痛みに歪む。

 

「いた、痛い……真面目にやって欲しいものね」

「真面目?不真面目な伊波さんにそんな説教されちゃうとはなぁ。私は耳を舐めるつもりないけど、伊波さんはいつまでこうしているつもり?」

「門限の無い私は無敵よ」

「そのレベルで居座るつもり?しょうがないなぁ」

 

 伊波さんの耳へ顔を近付ける。

 ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐり、恥ずかしさが増す。

 甘いような、そんな香りはシャンプーと体臭によるもの?

 今になって自分が臭くなかったかどうかが無性に気になってきた。

 伊波さんが私の耳を無理矢理舐めた時は汗臭くなかっただろうか。

 伊波さんからは汗の臭いはせずに……いや、うなじに近付くと僅かに汗の臭いも。

 

「あの、瑠美……臭いを嗅いでいる?」

「え!?いやそんな事はないよ伊波さんじゃあるまいし」

 

 危ない、危ない。

 私まで変態になってしまうところだった。

 このままでは良くない方向に転がりそうだし、伊波さんを早く諦めさせないと。

 その為にも、唇が伊波さんの白くて可愛い耳に触れそうなくらい近付いて──

 

「っ……」

 

 伊波さんの息を呑む声が聞こえる。

 緊張、期待で身体を縮こまらせて耳に感覚を研ぎ澄ましているのが手に取るように分かった。

 分かったから、思い通りにはしてやらないのだ。

 唇が離れる僅かな音すら伊波さんには聞こえただろうか。

 そうして開いた唇は更に離れて、薄く横へ伸ばして──歯を使って伊波さんの耳を軽く噛む。

 

「んっ……」

 

 聞こえてきたのは、伊波さんの表現を真似るならまさしく嬌声。

 予想外に、艶かしい声が伊波さんの口から漏れて心臓が瞬間的に締め上げられる。

 

「いや……噛んだだけ……」

「噛むのは、愛撫の一種でしょう……?」

「悪戯のつもりだったんだけどさ」

「あ、えと……気持ち良かったわ。その……帰るから」

 

 そう言って伊波さんは漫画をカバンに詰め込んで、そそくさと部屋を出ていった。

 慌てて帰る伊波さんの顔は見えなかったけど、その耳は今日一の赤さが灯っていた気がする。

 

「これは凄く不健全な事をしてしまったのでは……」

 

 反省を込めて呟いてみた。

 やった事は取り返しがつかないわけだけど。

 

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