邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある!   作:相竹空区

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第8話 伊波さんは頑張ったもんね?

 

 テスト返却の日。

 瑠美との約束が果たされる……かどうか分かる日。

 前日はいつもよりも早くベッドに入り、早起きしようと思っていたけれど、上手く寝付けず結局いつも通りの時間に眠った。

 それでも緊張や期待が眠りを浅くさせたのか、早く起きる事が出来たので普段よりも朝の時間が多く確保出来たのは少しの得。

 中学まではちゃんとやっていた朝の日課を気まぐれに再開する程度には時間を持て余す程に。

 

 髪をこんなに丁寧に梳かすのは1年ぶり、朝の勉強をするのもそう。

 高校生になってからは面倒に感じていた事も、不思議と充実感のある時間の使い方に思えた。

 

「行ってきます」

 

 ママにそう言って、玄関を出るまでの道のりが逃げるような足取りにならないのも久しぶりに感じる。

 目指していた高校ではない場所に通う後ろめたさがそう感じさせていたけれど、今は楽しみが背中を押していた。

 

 余裕があると、通学路も普段より落ち着いて眺める事が出来る。

 時間もそうだし、心もそう。

 普段は俯きがちで歩いていた道でも、顔を上げれば新鮮な驚きに満ちていた。

 例えば季節の移ろいに合わせて変化する草花や、幾つかのコンビニ。

 今までは気に留めていなかった色とりどりのものが私の世界には沢山あったのだと気が付く。

 

「……楽しい」

 

 こう思えるのは間違いなくひとつのきっかけがあったから。

 この楽しさを伝えたい、そう思える相手が居る。

 

「早く、会いたい」

 

 学校が近付くにつれて制服姿の通行人が少しづつ増えてゆく。

 周囲で聞こえる談笑の声の間を縫って脚を進めていると、聞き慣れた声が耳に入った。

 

「いやー努力はしたけど点数に繋がってるかはどうかなぁ」

 

 人波の向こうに瑠美の姿を見つけて思わず駆け寄ろうとして、脚が止まる。

 当然ながら、瑠美は独り言を発していたわけではなく誰かと会話をしていたのだろう。

 相手は誰か、私には分からないが多分クラスメイトの人。

 楽しげに、笑顔で話すその姿を見ると割って入るのは憚られる。

 それに少し胸が痛かった。

 

「私だけと話すわけないものね」

 

 私にとっては全てでも、瑠美にとっては私は大勢の中のひとり。

 今はただ勉強を教えてもらったり約束があるから話すだけで、これが終われば一段下がる。

 期待に応えたくて頑張ったテスト勉強だけれど、良い点数を取れば特別な時間が終わってしまう。

 それがどうしても悲しくて、惨めになった。

 

◆◆◆

 

 テストの採点が終わり、返却されるこの時を人によっては途方もない緊張感で迎える事もある。

 学年毎の順位も出るから、そこで争う人達にとっては一大事という話。

 私は平均点を越えていて、真ん中から数えるより上から数える方が早い順位に居れば気にしないタイプ。

 もっと言えば個々の科目の点数を気にして自分と戦うタイプだろうか。

 他人が何点取ったとかはあまり気にならないけど、教室のあちこちで俺は何点取っただとか、私はダメだったなんて声が聞こえるあたり、この考え方はマイノリティなのかもしれない。

 

「さぁて……!」

 

 ただ今回だけは私もテストの点数を共有したい勢なのだ。

 自分のテスト結果は流し見して問題無い事だけ分かれば良い。

 それよりも何よりも私の関心は他人の点数に向いている。

 

「伊波さーん!どうだった?」

 

 用紙を手にする伊波さんの席へと近付けば、その表情が普段とは違う事にすぐ気が付いた。

 本人は平静を装っているつもりだろうけど普段よりも目を見開いて、何度も何度も読み返している事がバレバレだ。

 

「その感じだと良い結果だったみたいだね」

「何故分かるの?何も言ってないわ」

「もうね、表情が違うから。それに伊波さんは頑張ったもんね?」

「……瑠美は不思議ね」

 

 そう呟いて、伊波さんは自分の顔をペタペタと触って不思議そうにしている。

 

「じゃあ土曜か日曜か空いてる日教えて。遊びに行こう」

「急ね。そんなに焦らなくても大丈夫よ」

「伊波さんからそう言われるとは思わなかったよ。絶対前のめりにいつ行くのか聞かれると思ってたのに」

「私ってそんな見え方をしているの?」

「楽な方に流れがち?」

「否定は出来ないけれど……」

 

 唇を尖らせて不満を隠さない伊波さんは少し子供っぽい。

 なので少し可愛がりたい気持ちが湧いてきた。

 

「よーしよし。いい子いい子」

「髪が乱れるわ」

 

 口ではそんな事を言いつつも、伊波さんは頭を撫でる私の手を払ったりはしない。

 ただ照れくさそうに受け入れている。

 

「いつまで続けるつもり?」

「満足したらかなぁ」

「具体的な時間で言って欲しいのだけれど」

 

 黒くて細い髪はなんとも触り心地が良くて羨ましい。

 たぶん染めた事のないダメージを負っていない髪なんだろう。

 そう思うとなんだか貴重な機会に恵まれた気がして嬉しくなる。

 

「あれ?そういえば今日髪ボサボサじゃないね」

「朝、時間があったから」

「関心関心。良い事だね伊波さん、これこそ健全な生活の一歩だよ」

「もうやらないわ」

「えぇ!?なんでさ良い傾向だったのに」

 

 むくれた伊波さんは顔を背けてしまったけど、撫でる手は変わらず払わないのでご機嫌取りにより一層丁寧に撫でてみる。

 

「これ以上頑張る意味がないもの。目標は達成したのだからもういいじゃない」

「いやいや次の目標を探そうよ。一緒に探すからさ」

「瑠美の手を煩わせるのは申し訳ないわ。瑠美にだって目標だとかやる事だとかやりたい事だとか……あるのでしょうし」

「拗ねてる?」

 

 返事は無く、代わりに顔を背けて返事とする伊波さんの態度は雄弁にその内心を物語っている。

 つまり拗ねてる?に対する答えはイエスであり、私を突き放すような事を言いつつも本当は構って欲しいのだ。

 いやいや子供かと、そう思う部分もあるにはあるが面白いので良しとする。

 

「なーに拗ねてるの?あれかな?誕生日とかクリスマスのプレゼントでこれが欲しかったんじゃないのに!って怒るちっちゃい子の心理?」

「知らない」

「えー?プクプクほっぺた膨らませて可愛いねぇ。言葉にしないと分からないぞ?」

「膨らませてない」

 

 不満を湛えたモチモチほっぺを突いていると、不意に振り返った伊波さんと至近距離で目が合った。

 背けていた顔は思ったよりも凛々しくて、儚げな顔だったようで面食らう。

 

「ぅ……はぁ、インパクトあるね」

「その子供をあやすみたいな話し方やめて」

「ごめん、調子乗っちゃった」

「私は瑠美が思う程子供じゃないし、ちゃんと自分の考えがある」

「そうだね……なんか、ごめん」

 

 調子に乗って、またやってしまった。

 伊波さんをまるで人形みたいに扱って、そこにある人格までちゃんと考えていたのだろうか。

 それを本人から指摘されると申し訳なさだとか恥ずかしさで肩身が狭くなる。

 誤魔化して笑うしかない自分が嫌になってきた。

 

「私は瑠美の友達よね」

「そうだよ。それも嫌だった?」

「嫌よ」

「それも、ホントごめ──」

「私は瑠美の1番の友達じゃないと嫌。他の誰かと話しているのを見ると本当に嫌だった。私には瑠美しか居ないのだから瑠美も私だけを見ていて欲しい」

 

 これも薄ら笑いを浮かべるくらいしか出来なかった。

 咄嗟に出てくる言葉すらなく、少し困る。

 

「それは大変なお願いだね……」

「私は無理を言っているわ。拒否して構わない」

「人なら大なり小なり持ってるものだよ。上手く付き合っていかなきゃ」

「瑠美も?友達が多そうに見えるし大変そうね」

「逆だね、分散して紛らわす感じかな。あと伊波さんが思う程は友達居ないかな」

「そういうものなのね……」

 

 伊波さんは納得した様子……納得しようとして考え込んでいる。

 上手く飲み込もうとして引っ掛かりを感じて、中々それが出来ないよう。

 少しの間俯いて、考えが纏った時にはまた目を合わせてくれた。

 

「でもやっぱり嫌なものは嫌。これが終わってしまったら瑠美の中の私が減ってしまう。約束のデートだって期待の分を上回る何かがあるのかどうか」

「分かった、なら私も頑張って伊波さんをエスコートするよ!もうね、楽し過ぎて悩み吹き飛ばすから!」

「そんなに自信があるの?」

「無くても持つ!そうしなきゃ始まらないでしょ」

 

 勢いは大事。

 でも思わず口走ったこれは伊波さんをより依存させる事になるのでは?

 でも伊波さんに必要なのは心を燃やす燃料だ。

 なら必要なのは人生には魅力的なご褒美があると教える事。

 やれる……やれるよね?

 伊波さんをエスコートして完璧なデートを遂行するくらいは……!

 

「楽しみには、しておく。でもそれで終わりなの?」

「伊波さんが頑張りたいなら付き合うよ。勉強も遊びも」

「それはどれくらいの期間?ずっと?」

「ずっとかぁ。具体的な時間で教えて欲しいなぁ」

「じゃあ一生」

「うわプロポーズじゃん。大胆な事言うねぇ」

「駄目なの?」

「未来の事なんて分からないしさ、直近の予定を沢山立てるくらいにしておこうよ」

 

 人生何があるか分からない。

 そんな事、まだ子供の私ですら分かるもんね。

 中学まではこうして話すなんて思ってもいなかった伊波さんとこうして会話するなんて何があるのか分からない。

 こんな事があるんだから人生にはゆとりを残しておかなくちゃ。

 

 とは思うけど、伊波さんはずっと拗ねた態度で短い言葉を呟くばかり。

 でもその表情には楽しげなものが混ざり始めて機嫌が良くなりつつあるのが手に取るように分かる。

 単純なような、嫉妬深いような、我儘なような、そして可愛い人だと思う。

 

「今週の土曜日」

「空いてるの?」

「ええ、その日じゃないと嫌。早く瑠美とデートに行きたい」

「いいよ。行きたい場所ある?」

「分からない。瑠美が楽しませてくれるのでしょう?」

 

 挑発的な言葉には強い期待が込められている事くらいは分かる。

 まるで勝負を挑まれたような、そんな気分。

 伊波さんの鋭い視線がそう感じさせるのかも。

 

「これはプレッシャーだ。頑張るね」

「ええ、頑張って」

 

 伊波さんは頑張ったもんね?

 なら今度は私が頑張る番だ。

 デートで伊波さんを楽しませるくらい楽勝!

 なんて、言えたら良かったんだけど……

 

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