邪念が多い伊波さんには健全な交際を教える必要がある! 作:相竹空区
デートプランはすんなりと決まった。
なにせ伊波さんは全日フリーなので土曜日を丸々使うプランを立ててみた。
悪くない、と自分では思うけど肝心の伊波さんがどう思うかが分からない。
正直不安だ。
伊波さんに自信を持たなきゃと言った手前、胸を張ってエスコートしなければと思えば思う程どうにも不安が湧いてくる。
「くぁー!明日の私は完璧なデートを遂行する王子様って感じで行きたい!」
前日の夜なんてその不安がどんどん高まる時間で、ベッドの上で脚をばたつかせても何も解消されないもどかしさに苛まれる時間だ。
脳内には完璧にタイムスケジュールが入っているけど、それでも何度も思い出す。
天井を眺めていればそこに当日の経路が浮かび上がる程には地図アプリを睨んでいた。
「服か?服だな……形から入るのが1番気持ちに影響するって」
悩みが多いと独り言が多くなる。
でも解決策が出る事もあるし悪くないと思うのだ。
それを他人に見られると死ぬ程恥ずかしいけど。
とはいえ今は自室にひとり。
存分に独り言を呟いた後は解決のターン。
部屋を出てすぐ横の扉をノック、すると間を置かずに気の抜けた返事が返ってくる。
「おー……入んなぁ」
「お姉ちゃん服貸してー」
「好きなの取っていきなー」
ベッドの上から生返事の女こそ我が姉。
背も高いしキリッとした見た目で女子にモテるタイプの人。
そんな人の服を拝借すれば私も女子校の王子様的な見た目になれる筈、とクローゼットを開けてみれば──
「うわごっちゃごちゃごちゃだよ!これ洗濯したやつだよね!?」
「してるしてる。クローゼットに入ってるやつは大丈夫」
「デート用だから臭いのとか勘弁なんだけど」
「へー。マジ?デート?何人と?」
「デートが1対多な事ある?」
「お姉ちゃんモテるからさぁ」
「カスいなぁ」
こういう所がある人だからアドバイスは貰いたくない。
性に奔放な人が身内に居れば自分はそうはなるまいと気が引き締まるというもの。
そんな人のアドバイスは本当に貰いたくない。
「デートのアドバイスだけどさ──」
「いい!要らない要らない要らないって!」
「完全拒否じゃん」
「お姉ちゃんのデートってチャラくて手慣れてそうでヤダ」
「酷いなぁ。全員と真剣にデートしてるのに」
「うわ皺になってるじゃん……3日前に借りれば良かった」
良さげな服の幾つかを手に取っても皺が酷くて、本当に洗っているのか怪しいとなればそっと山に戻すしかない。
この人のこういう所が苦手だ。
「瑠美はさぁ、頑固だよね」
「そうかもね。反面教師が居たからかな」
「じゃあお姉ちゃんが瑠美を反面教師にして学んだ事、教えようか」
「……何」
「こうしろ、こうしろって圧が強い。自分の思った通りにやろうとして無理矢理押し通す事がある」
「だから?」
「自分すらそうやって雁字搦めにしちゃうから楽しまなきゃって責任感に追われるんだよ。人生はライブ感、相手も自分も楽しまなきゃねぇ」
適当な物言いにムッとはしたけど、言い返したところで何にもならないので明日の服を見繕って手早く部屋を出る。
変に色々考える方が良くない気がするし、今からプランを変えるのも急過ぎて何かのトラブルが起きそうだったから。
「大丈夫、不安が1番良くないんだからね……!」
◆◆◆
朝、と言っても普段登校する時間よりは遅い頃。
伊波さんとの待ち合わせ場所はショッピングモールの前だった。
「伊波さーん!こっちこっち!」
早めに到着しておいて伊波さんを待とうと思っていたけど、待つ時間は思ったよりも短かく済んだ。
「おはよう。早いのね」
「遅刻するわけにはいかないでしょ?」
伊波さんだって十分早い。
待ち合わせの10分前よりも早く到着していた私が待たずに済んだのだから伊波さんの真面目さも中々だ。
ダラダラと堕落した今でも委員長気質の名残はあるらしい。
ならば私もデートの作法にキチンと従わなくてはならないだろう。
「うんうん、ちゃんと可愛い服着てるじゃん。似合うよ伊波さん」
「そう?……それなら、嬉しい」
褒められて照れる伊波さんの今日の服装はロングスカートで清楚な落ち着いた感じ。
正直どんな奇抜な服装で来ても大丈夫なように覚悟だけは済ませていたからホッと胸を撫で下ろしたくなる。
「瑠美も……かっこいいわ」
「パンツスタイルです!カッコよくエスコートしちゃうからね!」
「よろしくお願いします……もっと他の言い方があるのかしら」
「細かい事は気にしなくてヨシ!全部任せといて!」
「ええ、楽しみで少し浮かれてるかも。瑠美と一緒にお出掛け出来て嬉しい」
大丈夫。
ここからは予定通りに進めれば問題無い。
と、この時は思っていた──
事前に立てた予定では、朝一番にショッピングモール内の映画館で映画を観る事からデートを始めるつもりだ。
伊波さんはあの恋愛漫画を夢中で読んで大切そうに持ち帰ったし、きっと似たようなジャンルの映画なら楽しめるだろうと考えて。
それに映画の感想ならその後も話のネタにもなって1日を良い雰囲気で過ごせる、という完璧な滑り出し……となる筈だったのだが。
「伊波さん本当さぁ……!」
「な、何故そんなに怒っているの……」
上映終了直後、無言で伊波さんの手を引いてシアターを出てからの第一声がこれ。
周囲に人が居るから抑え気味に、それでもちょっとどころではなく怒っていた。
「なんでずっっっっと太腿触るの。伊波さんがやってるって気付くまでホント怖かったんだから……!」
「でもカップルが映画を見る時は互いの太ももを撫で回すものでしょう?」
「違うよ!」
ポップコーンとジュースを持って予約していた席に着き、本編が始まるまではソワソワしている伊波さんを微笑ましく見る事が出来た。
だが実際に上映が始まって10分程だろうか、不意に太腿を手が這ったのだ。
隣を見ても一応伊波さんはスクリーンに顔を向けているから何かと思えば、肘掛けのように私の太腿に手を置き時折撫でる。
上映中に話す訳にもいかずにそっと手を退ければ、少しの間を置いて再び手がやって来る。
「何度払い除けても触るしさぁ!一緒に映画を観て、カフェで感想を語り合うのがデートプラン!いかがわしい事はしません!」
「そんな……盛り上がったら互いの性器に手を伸ばすのが映画デートだと思っていたわ……」
「公共の場でそんな事しちゃいけません!」
「でもカップルが薄暗い部屋で隣り合わせなのに──」
「ダメなものはダメ!」
「そんなの退屈だわ……」
ルールは大事。
伊波さんに必要なのは事前の講習だったのでは?
そんな後悔もあるけど始まったものは仕方ない。
いやホント、スタートから激しくつまづいてしまったデートだけど。
「それに私がジュースとかポップコーンに手を付けてる時を見計らって触ってきてさぁ……映画ちゃんと見た?」
「よく分からなかったから。でも瑠美の事は沢山見れた」
「だろうね」
「それに沢山触れた」
「だ・ろ・う・ね!」
「お腹は柔らかいのに固かったし、下腹部はフワフワしてた」
「やめて」
思わず深い溜め息を吐いてしまう。
伊波さんの妙な考えに2時間近く付き合わされる結果になろうとは……
当の伊波さんは特に表情を変えずに淡々と私への痴漢の感想を話すのだから酷い結果だ。
「いやホント、下着の中にまで手を入れようとするとは思わなかった……」
「太腿を触った後はそうするでしょう」
「しないんだよ?本気で引っ叩こうか悩んだんだからね?」
「なら何故しなかったの?」
「騒ぎにしたくなかったんだよ。伊波さんは私が居なかったらホント、本っ当に道を踏み外してた可能性大だから……!」
ひとつ確かなのはあの日、私が伊波さんを見つけた事が正解だったという点。
今日デートは始まって2時間程度だけど、このの時点で既に滅茶苦茶な事になっているのだ。
これが人生という長いスケールで見た時には、伊波さんはより多くの滅茶苦茶な事をしてしまったのだろうと簡単に想像できてしまう。
やはりこれはデートというよりも、伊波さんの矯正な気がしてきた。
「瑠美が教えてくれるなら安心ね。次は何処へ行って、何を教えてくれるの?」
「次はショッピング……あのさ、映画はどうだった?つまらなかった?」
「よく分からなかったわ。恋愛というものは何故あんなに回りくどい事をするの?」
「それが人の心ってものなんだよ」
「うーん……やっぱり私には単純明快なものが合うわね。それに瑠美は手も握らせてくれなかった」
「映画やってるんだから映画観なよ伊波さん」
あと伊波さんのせいで私まで映画をまともに見れなかった。
肝心の伊波さんは映画を楽しめず、かと言って私へのお触りが出来なかった事を残念がっているしでマイナススタート。
これをプラスに転じさせるには……考えれば考える程、前途多難だなぁ。
「ねえ、そもそもこれは本当に一般的なカップルのデートなの?」
「続けて?」
「だって上映時間は…………」
伊波さんはスマホの電源を入れて時間を確認する。
シアター内が明るくなったタイミングで電源を入れないあたり、本当に慣れていないんだなぁと思う。
話の腰を盛大に折られても真剣に自分の論に自身を持った表情を維持し続けるのには流石に関心してしまった。
私なら気まずくなって空笑いで間を繋いでしまう。
「……上映時間はおおよそ120分程度、その間は画面から離れる事もスマホで時間を潰す事も出来ない」
「だから映画観なよ!」
「でも趣味が合わないわ……会話もなく120分拘束するのに面白いと感じなければ拷問と同じよ」
「ぐぅ……一理ある」
これに関しては私の見立ての甘さが少なからずある事は認めなくてはならない。
伊波さんが明らかに世の中の様々事柄に無知なのは分かりきっていた事で、そんな人に見せる映画は選びようがあった。
「いやいや、済んだことを悔やんでも仕方ないよね!伊波さん、デートの予定はまだまだあるからドンドン行くよ!」
「ええ、楽しみね」
休日で賑わうモール内を移動して、映画を観て凝り固まった筋肉をほぐしながらウインドウショッピング。
これが事前に立てた予定。
伊波さんが何に興味を持つか分からなかったから、とにかく沢山の物があるこのショッピングモールを周ろうという考えだ。
やっぱり定番は服だろうかと、伊波さんを連れて行ってみたのだが。
「伊波さんはどんな服が好き?」
「……着心地が良くて脱ぎ着しやすい服?」
「介護服みたいだね」
「服の事はよく分からないわ。何も考えずに着ていられるから制服は好き」
「まあ確かに制服の良さはある。可愛いしね。伊波さんとは違う理由だけど分かるよ」
「私だって制服が可愛いとは思う。女子校生モノを見る事だってあるもの」
「違う理由だね」
服を眺めながら他愛の無い話をする。
とてもデートっぽいのでは?
中々上手く行ってる気がするぞ?
「これは何が楽しい行動なの?」
そんな事なかったね。
「ウインドウショッピングだよ。お金の無い高校生の味方!見て楽しむの」
「買わないのにお店のスペースを使って商品を見るなんて迷惑じゃないかしら」
「じゃあなんか買う?伊波さんは気になる物とかないの?」
「特には。服って気にした事がないわ」
「まっさかー!その服だって可愛く着てるんじゃん!」
伊波さんは2度目の褒めにも真っ向から照れて新鮮な反応をする。
スカートの裾を揺らしながらモジモジと。
「私も服くらい着る……この服はママが買った物だから」
「じゃあ自分で選んだ服はどんな感じ?」
「無い。服ってどう選ぶの」
「どうって……ビビっと来たら?」
「裸だとビビっとする事があるかも」
「それ大丈夫な場所で脱いでる?てか今日はちゃんと履いてるよね?」
私の真剣な──本当に切実で逼迫した疑問に対して、伊波さんは鋭く怜悧さを湛えた瞳で真っ直ぐに見た目返してくる。
目を合わせていると、その惚れ惚れするような顔が段々と隠し事のある子供のようなぎこちないものへと変わって目が泳ぐ。
いやいや、まさか。
「……だめ?」
「嘘でしょ……」
「ロングスカートだから大丈夫よ」
「どんな服装でもそれが大丈夫な事はないからね」
「ファッションの事は詳しくないけれど、これはその内に含まれないのかしら」
どうしよう、今日1日中そういう人とデートしてるんだと思考が支配されちゃいそうだ。
そもそも伊波さんも何故、人生初のデートで変な自我を出したのか……まだまだ分からない事が多い人だなぁ。
「……いやいや、ちょっと現実逃避してた。本当に履いてない?」
「確かめる?そうだ、恋人は一緒に試着室に入るものなのでしょう?そこでなら──」
「確かめるつもりもないし試着以外で試着室を使うな!」
「誰かに気付かれてしまうかも、という緊張感に関してはそれなりに知っているつもり」
「だから何!?」
「見つかってしまった時の頭が空っぽになる感覚も気持ちの良いものよ。私も瑠美にビビッと来たの」
私で本当に良かったね。
浮かれた伊波さんの厄介さは止まるところを知らないし、私は相当な面倒を自ら背負ってしまったのではと後悔が少し滲んできた。
少し……いや、もうちょい多めの……やっぱりかなり。
「うわぁ。変態とデートしたくないんだけど……」
「所詮布切れ1枚じゃない。私の本質はその程度で変わりはしないわ」
「その布切れ1枚が伊波さんと私の社会性を守る最後の砦だったんだよ」
「一蓮托生ね。せっかくだから瑠美も試してみる?」
「仕方ない、間に合わせで買いに行こう」
「一応鞄の中に着替えが入っているわ」
「無の替えって何?」
伊波さんは鞄の中をまさぐって、私の方へ身を寄せてくるとそっとその中を見せてきた。
「これよ」
「見せなくていいよ」
「そうなの?デートの時は下着を相手見せるのが作法だと思っていたわ」
「伊波さんの作法は1回フォーマットした方が良さそうだね」
「履いてからの方が良かったのかしら」
「ほら変なもの入れてるから認識がおかしいもん」
真顔で言うから本気なんだろうと、少し恐ろしくなる。
そして真面目に指摘するとガッカリするものだから不要な罪悪感にも苛まれる。
「たしかに何かを入れるパターンもあるわ」
「もういいからトイレで履いてきて!」
あれ、予定では次に何処で何をするんだっけ?
ショッピングは切り上げて、取り敢えず落ち着かないと。
「分かった……一緒に行く?」
「行かないよ!取り敢えず私は飲み物を買ってくるから!」
まったくこの子は手に負えない……
投げ出す気はないけど、それにしたってデートはもうガタガタだ。
溜め息をひとつ吐いて心を鎮めて、顔を上げると伊波さんが少し進んだ所で振り返りこちらを見ている。
何かあったのかと思えば、はにかんで手を振ってからトイレの方向へ小走りで去っていった。
「なんなの……」