黑祓隊、夜闇を廻れ   作:Ruka(るか)

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第壱章 夏、満月、“異常”に出逢う -肆-

 どくどくとエキタイが流れ続ける音だけが響く。境内の中、どうにも治療薬とやらが見つからないらしい少年の、悲痛な叫びが耳を劈いた。

 

「てか、これでこの人死んじゃったら副長のせいですからね!!」

「知らん。」

「知らんじゃないですってぇ!!」

 

 正直、頸の痛みよりこっちの方がよっぽど嫌だ。相変わらずの『俯瞰』で、俺は俺をそう思う。

 だが少年の手によってばしゃりと掛けられた謎の液体___彼曰く、治療薬___の効力は確かで、どうやら出血は止まったらしい。少年は、『うわ、ココもグジュグジュになってんじゃん……』と呟きながら、俺自身すっかり忘れていたヒトガタにやられた跡も治療していく。

 

「コレでよし、と。失った血は戻らないけど……まぁギリギリ死なないっしょ。タブン。」

 

 少年はそう言って、パンパンと軽く砂埃を払う。静謐に戻った境内で、妙に大きく響いて聞こえた。ここで何かを祈る時にも、似たような動きが使われるからだろうか。

 地面に置いていたらしい日本弓をそっとひと撫ですると、それは見る間に弓としての、更に言えば武器としての形すら失って、完全な球体になった。それをポケットにポンと放り込み、彼は俺に手を差し出す。

 

「さぁて、と。ホラ、立って立って。俺が安全なトコまで送ってあげるからさぁ。」

 

 俺が一歩も動かないのを見て、『いや、あの出血量じゃ立てないかぁ』と一人納得したように頷く少年。

 だが生憎、俺が動かないのはそっちがメインじゃない。

 

「送ってもらう必要はない。もう少しすれば自分で歩いて帰れる。それよりも___」

 

 一瞬の静寂。木々も、蝉も、鴉も、蚊も、今だけは完全に無音だった。

 

 俺はもう逡巡なんてしない。この屈託なく笑う少年に、あの鋭利な視線の少女に、助けられたなんて思えない。

 

「あんたたちが何なのか、俺が見たバケモノが何なのか、それを教えてくれよ。」

 

 わぁお、そう来たかぁ……と、どこか呆れたように肩を竦める少年。世界が歪む。音が戻る。

 真っ直ぐに少年を見つめると、着物と同じ黄色い光が俺を冷徹に見返していた。彼は俺からすぐに目を逸らし、少女に向き直る。

 

「んで、副長?どーすんのこの人。」

「どうも何もない。元の場所に返して来い。」

「はいはい、ペットみたいに言わないでねぇ。」

 

 脱力するやりとりとは対照的な、俺を冷静に値踏みする視線。

 あの少女が月の光のようだとするなら、彼はまるで蛇のようだ。あるいは猫。どっちも相手が油断した所を、一撃で絞め殺すタイプ。そんな少年は今、んー、と頭を掻きながらも俺を見据えている。

 

「えーっと、まず一つ。君が視たアレは『咒妖(のろいあやかし)』___まぁ言うなれば悪いモノ、かなぁ。」

 

 ___君はもう、否が応でもアレについて聞く気なんでしょ?じゃあまずは、どう視えたか答えてもらうよ。

 

 のろいあやかし___口に出されただけでは、まだ漢字までは分からない。それでも、その凶々しい雰囲気を纏った一単語だけで、俺の好奇心は満たされていく。だがどうも、それだけに意識を取られている暇はないようだった。

 

 少年の、小首を傾げるたった一動作(ワンアクション)だけで、『嘘なんて吐かせない』___そう、言外に脅されているような気がした。少年のテンションは尋問とは程遠いけれど、実際にはそれと大差ないように思える。

 シュルシュルと蟠を巻いて鎌首をもたげるような、獲物の前で舌舐めずりをするような、緩慢な動作。彼の目の奥の瞳孔が、縦にキュッと伸びた気がする。

 

「グロくて真っ黒で___目が沢山あった。あと手足?も沢山だな。あーゆーのって、もっとモヤモヤしてるもんだと思ってたけど。」

 

 だから、見えたままを素直に答える。そもそも俺は教えて貰おうとしている立場なんだ、極力相手には正直にいく事にしよう。詳細に見た目を語った。口が縦だった事、辛うじてヒトガタに見えなくもなかった事、液体が垂れていても地面を汚していなかった事、その他___俺が見たもの全てを、出来うる限りで詳細に。

 すると少年は、あーともうーともつかない奇妙な声を上げながら頭を抱えた。

 

「あー、バッチリ視えちゃってるじゃん……泣きそう……ねぇ副長、コレはさすがに教えちゃった方が良いってばぁ……」

 

 ふにゃりと抜けた声から一転、『だってその方が、まだムダがないと思うよぉ?』と、帰り掛けのポニーテールの背中に静かに呼びかける。

 一瞬、ピクリと肩が動いた気がした。だが、彼女はやはり揺れない。迷わない。足を止める事もなく、たった一言だけを言い捨てて歩き去る。風もないのに、長い髪が大きく揺れていた。

 

「___もう良い。オマエたちには何を言っても無駄だ。」

 

 それはこれまでで一番、冷淡な響きだった。

 

 俺を論理で切り裂いた時とも違う、俺を殺すと宣言した時とも違う。やっぱり相変わらず無機質で刀のようで、それでいて___今までより更に群を抜いた、圧。空間の占有率が違う気すらする。

 

 彼女だけは、別の___一つ上の世界にいるようだった。

 この弱くて脆い世界に、彼女が刻み込まれていく。

 

 彼女が歩き去った跡の空間に、もはや彼女が存在していないのがおかしい___俺はその時、間違いなくそう感じた。

 もちろん絶対にあり得ない。歩き去っているのだから、留まっているはずはない。だからそれは、紛れもない錯覚だ。だがその存在感は、そのまま擬似的な重力になって俺の両肩に乗っていた。膝を突きたくなるような強さで、訳もなく叫び出したくなる恐慌を伴って。

 

 凪いでいた風が一気に強くなる。もはや夏だとは思えない程に冷たい、身を斬るような鋭利な風だ。

 

 あぁ、あぁ、あぁ!

 

 そうだ、これだ。これだよ。これこそが___俺が求める境界の、更に遠くに立つ者としての、何よりの証左!!

 

 もっと知りたい、もっと、もっと、もっと___この透明な殺気を浴びて、この絶望的な重力に押し潰されて、そして___

 

 

 ___そして彼女に、殺されたい。

 

 

 一瞬___その一瞬だけ、そんな倒錯した願望が胸を満たした。でもきっと本来の俺にとっては、それこそが自然な流れなんだ。今の俺じゃまだ、完全にそこまで辿り着けていないだけで。

 

 体が震える。だがそれは、今までと違って恐怖じゃない。ドクンと僅か一拍、皮膚の下を突き破るような脈動に付けるべき名前を探して、思い当たるものがたった一つ。これは___興奮? 分からない。ただ心臓が軋む。そのくせ体は妙に軽い。足りないはずの血液が、十二分に頭に回る。それでも何も分からない。でもそれすらも理解したい、ただただ理解し尽くしたい。

 

 そんな俺の事なんてお構いなしに、月の向こうを掴むようにして、彼女は空にかき消えた。後にはただ、「シャラン」と、お面の鈴の、涼やかな音だけを残して。彼女のいない境内は、こんなにも広かったらしい。胸腔が虚しさでいっぱいになる。誰もいない空間に、彼女の足跡だけが残る。少年が、俺の背を軽く叩く。

 

「やっりぃ!コレ教えてイイってコトだよね、タブン!!」

 

 あの重みを浴びてなお、テンションを変えずにガッツポーズをとった少年。不自然な、不相応な、場違いなまでの明るさ。

 その勢いに、思わず俺まで口角が上がる。知る事を許された実感が湧く。胸の奥で何かが弾ける。奥底から別人に変わっていくような、暴力的で爆発的な()の衝動。それは歓喜で、それは安堵で、それは感動で、でもそのどれでもないような気もする。

 言い表わす言葉が見つからない。もし見つけてしまえば、それはそれで何もかもが嘘になりそうで___この感情に、名前を与えてしまう事そのものに嫌悪感を抱いた。呼応するように、木々が騒めいた。

 

 改めて、少年に向き直る。さっきまでの捕食者のような気配は鳴りを潜めて、今はもうただの一般人同様にしか見えない。ただ俺を見据える黄色の瞳だけは___ともすれば、彼が副長と呼んだあの少女より___よほど、冷徹だった。

 

 月の光とはまた違う、彼だけの色彩。風のように、蛇のように、猫のように掴みどころのない、それでいて、どうしようもなく人を魅了するような___そんな(イロ)を抑え込むように、少年はゆっくりと目を瞑る。

 

「ソレじゃ、早速自己紹介ね。俺は白星(しろぼし) 御宙(みそら)、特技とかそーゆーのはあんまナイんで、まぁ期待せずテキトーにシクヨロぉ。」

 

 そう言いながら、少年___白星は、彼女が俺を殺し損なった原因を拾って、緩やかに手の上で転がして、指先で玩んでいる。

 それでも白星はにこにこヘラヘラと、表情だけは屈託なく笑って、俺に向けてそう言った。

 

 彼は今も、確実に一般的なモノよりも遥かに殺傷能力のあるそれを、鏃の部分にやたらと冷たい気配を孕むそれを、気軽に、気楽に弄り回している。屈託ない笑い顔とは無関係で、無軌道で___それでも俺は何もせず、脆いガラス張りの床での陽気なタップダンスを眺めていた。

 

 ペンのようにクルクルと回したかと思えば、ジャグリングのようにポンポンと投げ上げてみたり、拾った木の枝のようにブンブンと振り回してみたり。あまりに良く動くので、壊れた時計の針のようだ___なんて単語がふと脳をよぎる。

 力みも迷いも、ましてや“普通”ではあり得ないような凶器を廻している気負いすらも、彼には無いように見えた。

 風のように流れる動きの絡繰を知ろうと眺めていると、ひょいひょいと立つように促される。

 

 つられて性急に腰を上げると、唐突な目眩で辺りが昏くなる。臍の緒からひっくり返るような、現実に回帰する感覚。勢いだけで立った足は、俺の意思や熱とは関係なしに地面に沈む。膝を折らざるを得ない。紛れもなく論理的な___現実の重みだ。つまり、貧血。

 

「……悪いけど、やっぱ送ってもらえるか。」

「いやぁマジかぁ。そんな状況であの大口かぁ。大概だねお前、イカれてんだか強いんだか。」

「どっちだって良い。」

「そう? けど___俺は案外嫌いじゃないよぉ、そーゆーの。」

 

 ヘラヘラと笑ったまま彼が口に出したのは、『正直、ただの知りたがりだったら副長じゃなくても俺が片してた』というやや物騒な言葉。そんな裏事情を明かされても、俺は全く嬉しくない。俺が知りたいのはそれじゃない。

 沈黙が辺りを包む。どこまで触れて良いのか、探り合っているような感覚。そして___その包装紙を破ったのは、俺の方だった。

 

「___今殺さないなら別に良い。だから色々聞かせてくれないか。何でもいい、あんたたちの事が知りたい。」

「食い付きはっや。んじゃ、まぁ……その格好で家帰すワケにもいかないし、とりあえず着いてきてくんねぇ?」

 

 ひょいと白星は俺を背負う。白星が立ち上がると同時に、ざわざわと木々が鳴いた。俺たちを送り出しているようだった。

 病的なほど細い彼の体にこんな力が、と、俺は少しだけ驚いた。べっとりとついた腐った体液と血とゲロで汚れた甚兵衛が、彼の背中と合わさって、グチャリ、ニチャリ、と嫌な音を立てる。

 不快じゃないのか、と聞いてみるが、『慣れてるからねぇ』と、何とも言えないような返答が帰ってきた。同時に、慣れてるって問題じゃないだろ、とも内心で思ったが___ここで仮に『じゃあ歩いてね』とか言われると俺も困る。これもある意味、あの少女が嫌った“余分”だ。ただし、今回は俺じゃなくて彼の。

 

「どこに行くんだ?」

「拠点的なモノ? 一応組織なんだよぉ、俺ら。どうせアンタは名前とか聞くだろうから先に言っとくと、“黑祓隊(くろはらえたい)”ね。」

 

 『黑祓隊』___当然のように、聞いた事のない名だった。それでも、なぜかほんの少しだけ懐かしかった。

 とは言えあまりにあっさり俺の疑問に答えるものだから、『まさか、思考が読まれて___』と少しだけボケてみると、『いやぁ、そーゆーのイイから。』と笑いながら返される。

 

 そんな良くある会話をしながらも、月の方向に向けて真っ直ぐ、俺を背負ったままに白星は歩いていく。

 そして___先程まで指先で玩んでいた矢を、空間に差すように動かした。ジジジ、と何かが歪む音がした。

 

 あぁ、“異常”の音だ。

 

 突如として目が眩む。だが、先程の貧血とはまた違う感覚だ。骨が軋む。皮膚の下の心の臓が、だんだんと躍動し始める。一瞬肋骨を突き破るかと錯覚したが___生憎、さすがにそこまでパワフルでは無かったらしい。

 

 そうして、気づいた時には___神社の境内に、人ひとり分ぐらいの裂け目が出来上がっていた。

 空気中にぽっかりと空いた、異界への入り口。息を呑む。また少し躍動が速くなる。身体中が熱に浮かされて、好奇心が暴れ出す。

 

「準備はオッケー?えっと___」

「当然だろ。」

 

 ___あと俺は神嵜宵瓈な、宵瓈でいいよ。そう答えると、白星は一瞬だけ目を見開いた___そんな気がした。背負われている俺には顔が見えないから、あくまでも直感だ。

 

 一歩、白星が踏み出す。神社の境内が見えなくなっていく。異界の先に見えたのは、意外にも俺の知るこの街とあまり変わらない建物群だった。ただ奥の方に大きな大きな塔が見えて、あれは間違いなく俺の街にはないな、と、乖離していく感覚に身を委ねた。

 

 あぁ、自分の足で歩けないのがもどかしい。この異界を、自分で踏み締めて歩きたかった。この異界を、自分のスピードで目に焼き付けたかった。

 

 木々のざわめき、蝉の鳴き声、鴉の食事、蚊の羽音。夏の喧騒が少しずつ少しずつ、遠くに離れていった。

 

 






見てくださっている皆さま、本当に励みになります!
そしてそろそろお気づきかもしれませんが、主人公は変態です。
どうしようもない変態です。
ただし良識はあります。
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