悪魔は契約を破らない。必ず履行する。
とあるオフィス。豪奢な調度品の中、一人の女性が上がってきた報告書に目を通しながらキーボードを叩いていた。女性の名は霧峰 愛理。元世界プレイヤーランキング8位の
「「
眺める資料には、目に光のない黒髪の少女が写っている。その隣には、同じく目に光のない少年が。その隣には同じような少年が。その隣には少女が。ざっと数えて十数人分はある。顔も髪も肌色も、全て同じだ。
彼女には、少年少女の無機質な瞳が自分を睨みつけているように見えた。きっと、気のせいではないのだろう。
「……いやな仕事ね、ほんと」
先代から押し付けられた仕事。その先代も、前の代から引き継いだという。
……日本バトルモンスターズ協会が設立されてから続いている
意味はある。
大義ですらある。
先細る「これから」をどうにかするための。
必ずくる「その未来」をやり過ごすための。
地球を。人類を。生命を。
限りある全てを考えた結果。
それでも……私は。
「こんな事がしたかったワケじゃない……」
もっと世界を。
もっとバトルモンスターズを良く。
より良くする為に……。
「そう思ってこの組織に入ったのに……」
「会長、昨夜の件でお話が」
コンコンっと。負に囚われ始めた思考を遮るように、ドアがノックされた。
「あぁ、悪魔使いの。待ってたわ、入って」
何処か抜けた雰囲気の秘書、姫井。彼女の存在は愛理にとって心の清涼剤だ。精神安定剤と言ってもいい。隣にいるだけで思考が落ち着き、冴えるのだ。
「何処の誰だったの?」
タブレットを操作しながら、姫井が言った。
「良いニュースと悪いニュースがあります。どちらが良いですか?」
「質問を質問で返さないでもらえるかしら……。まぁいいわ、無難に良い方から」
「悪末 戒……20XX年生まれの十七歳。血液型はB。中学校時代は一年でバトモン部のエース、部長を任せられる程の実力者だった様ですが…………二年の途中で退部。そのまま卒業まで帰宅部。現在は聖城学園の二年生、カードショップ「ハートビート」でバイトしているみたいです」
聖城学園の名前を聞き、目を丸くする愛理。
「あら、私の母校じゃない。和泉校長に連絡しないといけないわね、少し生徒を借りるって」
「その前に、悪いニュースです。こちらは2つあるのですが、悪末 戒は既に聖城学園を退学しており、和泉校長もその責任を取って教職も協会理事も辞するとの事です」
「……………………」
それを聞いて再び目を丸くする愛理は、一呼吸おいてから叫んだ。
「はあああああああああっ!!?」
「うるさっ」
あまりの声量に顔を顰める姫井だが、それに構ってられるほどの余裕は愛理にない。
「なんでそうなるのよっ!?姫井、和泉校長に電話繋いで!」
「既に問い合わせ済みです。「厳粛な
「そんなのもう文句言えないじゃないのよ……」
がくりと頭を垂れる。
プレイヤーにとって
「……仕方ないわね。自宅に直接出向きましょうか」
「あ。そういえば彼、旅に出るそうです。もしかしたらもう自宅に居ないかもしれませんね」
「なんなのよもう!?」
尽く自分の考えが潰されていく事に我慢ならず、また叫ぶ愛理。「最近表情豊かだなぁ」と思いながら姫井は苦笑した。
「……はぁ、もう。「眼」に連絡して」
「承知しました。「眼」で捜索、見つけ次第「手」で確保ですね」
「えぇ、それでいいわ」
「眼」。
日本バトルモンスターズ協会に所属する任務部隊。主に追跡、調査、捜索を担当する。
諜報、内偵、偵知を担当する「耳」、世間への情報操作を担当する「口」と並んで、影から協会を支える立役者。構成員は会長が手ずからスカウトした選りすぐり。その中にはかつての同級生や
そしてそれら部隊の情報を元に、「脳」たる会長が「手」へ指示を出す。
「手」とは、協会の実働部隊。カードテロリストの鎮圧や、不正に流通しているカードの回収といった荒事を担当している。構成員は10人。少数ながら、全員がそこらの有名ランカーを歯牙にもかけない実力を持つ、エリート中のエリート。リアルファイトも熟せる、超実戦部隊だ。
秘書の姫井も元はこの部隊の所属である。
「では、その通りに」
そう言ってタブレットを操作する姫井。頬杖をつきながら眺めるそれを眺める愛理は、ぽつりと呟いた。
「旅ねぇ……」
自分探しするには、まだ若いんじゃないかしら……。と付け加えてから、ため息を吐いた。
「どうも。店長」
「あれ、戒君。今日学校じゃないっけ〜?」
ドアを開けて、暇そうにしている店長に挨拶する。店内は閑散としていて、朝から
相も変わらず間延びした、おっとりとした声で疑問を投げてくる店長。
「いやぁ、退学しまして」
「は?」
えっ、怖。そんな声出るんだ店長……。
「どういうこと?」
「い、いやぁ。えーっと……色々あって
「それちゃんと納得しているの?戒君が通ってるのって聖城学園だよね。教員が生徒より強いのは……一部を除いて当たり前だし、立場を利用した強引な
あーっと、これは先生側に退学しろって言われたと思ってるな。……別に間違いじゃねぇや。ジジイは取り消す気満々だったっぽいけどな。
確か店長の出身校も聖城だ。このままだとOBとして乗り込みに行きかねない。誤解は解いておこう。
「いや、俺が
「……どういうこと?」
「順に説明するっすね」
全て話した。
日曜の大会でバトモン部部長の
最初は真剣に聞いていた店長の顔が、どんどん「うへ〜……」とでも言いたげな顔へ変わっていく。
「ちょっとヤンチャすぎるかなぁ。嫌いな人に嫌な思いをさせる為に、自分の青春放り投げちゃダメだよ〜。やり直したいと思ってもやり直せないんだからさ〜」
「うっ」
正論。それでもさ、やりたかったんだ。悔いはない。
「それで、これからどうするの?」
「旅に出るつもりなんで、バイトは辞めます。それを伝えに来ました」
「……ふ〜ん、そっか」
口をへの字にして、店長はそう言った。なんでちょっと拗ねてんの?
「たまには帰って来てね」
「もちろん」
「じゃ、やろっか」
「へ?」
腰から下げたケースからデッキを取り出し、俺へ向ける店長。え、このタイミングで?
「いやぁ、実はずっと再戦の機会を伺ってたんだよね〜。もうここしかタイミング無いなぁって」
「なるほど」
ずっと再戦したかった……というなら、俺もそれに付き合おう。店長との
「……やりますか」
「戒君の旅、黒星スタートにしてあげるからね〜」
「なんてこと言うんですか」
「黒宮先生、少しお時間いいですか」
「……、浅草さん」
「戒はどこですか」
とある大悪魔の囁き。
抵抗する意思さえあれば……否、力のない者は抵抗しようが問答無用で引きずり込まれる。