一撃で五百人の兵士を薙ぎ払ったという、閃光の槍。
王の騎士は、最期の戦いをこの槍で挑んだ。
「さて、全てを話せということじゃったな」
「……まずは、悪魔族カードについて話しておこう」
目の前の老人が、ぽつりぽつりと話し始める。
「奴ら……悪魔族と他のカードとは、明確に違う点がある」
人差し指を立てる。
「ひとつ、プレイヤーへ何らかの干渉が可能なこと」
知らない。
次いで、中指を立てる。
「ふたつ、プレイヤーとの間に運命線が存在しないこと」
知らない。
さらに、薬指を立てる。
「みっつ、人を直接死に至らしめる場合があること」
知らない。
「これらの情報は秘匿されている。公表すれば最後、悪魔族のみならずバトルモンスターズカード全体への不信感に繋がる可能性があるのでな」
……聞いたこともない。
「一度、現在の欧州バトルモンスターズ統合協会……当時は「
「悪魔族カードはどのパックからも何故か排出される。全てを回収し収容することは不可能に近かったが…………基本的にボトムへ沈み、プレイヤーに協力しない悪魔族を使いたがる物好きもおらん。故に、協会も連合も悪魔族カードの回収、廃棄のみで済ませておった」
それは知っている。戦士や騎士しか収録されていないハズの「
「悪魔狩りによって、悪魔族に関連する記述がされたあらゆる書物……その殆どが焚書となった。が、それを免れた数少ない資料にはこう書かれておる。……悪魔族は契約によって、プレイヤーの魂を奪う。魂を抜かれた人間は、一切の生命活動を停止し沈黙する……と」
……知らない。
「悪末 戒がまだ生きているという事は、あれだけの悪魔族カードを所有し使用しておきながら契約に至っていないという事実を示している。……本人の気質を考慮しても、驚嘆に値することじゃ」
ふぅー。とため息をひとつ吐いてから、老人は続ける。
「しかし危機的状況にある事は間違いない。いつ甘言につられて魂を売り渡してしまうか分からん。いつ起爆するか分からん爆弾を抱えているようなもの……」
「故に、引き剥がそうとした。彼と悪魔族カードを」
背筋が凍り付く。
骨と皮だけの老人の目が、ギラりと光ったように見えたからだ。
「悪魔族への忌避感を植え付ける為に中傷を行った。…………これは明らかな失策だったがの」
奥歯が軋む。
「次に退学届を用いて脅迫を行った。…………逆手に取られて本当に出て行かれてしもうたが」
握りしめた拳の中で、ヌルりとした感覚がある。手汗か、血か。どちらでもいい。熱く先ほどヒヤリとした背筋が、身体が。信じられないほどに熱くなっていくのを感じる。
「……言い訳させて欲しいが、本当に退学させるつもりはなかった」
「どう信じろと言うんですか。聖城学園の評判、名誉の為に追い出したようにしか見えません」
煮え滾った脳みそから、言葉を出力する。
その言葉を受けた校長は、バツが悪そうに目を逸らしながら言った。
「………………、先日の大会で悪末君が君に勝ってしまった」
「ぁ………………」
わた、し。そうだ、私……!一緒に居たくて、戒を部長にしようとして、それで……
「……名門と呼ばれる聖城学園のバトモン部部長が悪魔使いになってしまえば、その影響で悪魔族カードを手に取る者が増えるやもしれん。故にこそ、退学と悪魔族を天秤に掛けさせたのじゃが…………」
……わたしがおいつめた?
わたしがたいがくさせた?
わた、わたしが……!
「気に病むな、浅草君は全力で戦った。その後の対処を間違えたのは儂じゃ」
「戒は……ど、何処に」
「……恐らく自宅じゃろう。旅に出ると言っておった」
「っ……!!」
校長室から飛び出す。まだ授業があるけど、そんなこと気にしてられない。戒の家は知っている。ずっと見ていたから。
「え、ちょっ浅草さん!?」
「コラー!廊下を走るなー!……早っ!?」
「あ、浅くっ……すげぇ揺れてる」
すれ違う教員や生徒をひたすら無視し、駆ける。
私のせいだ。
私のせいだ。
私が欲張ったから。
私が余計なことをしたから。
前みたいに、ずっと一緒に居たいって。貴方の隣に居たいって。そう思ったせいで!
「はぁっはぁっ……!」
走る。走る。走る。
校門を抜けても、訝しげな視線を潜り抜けて、私の家を通り過ぎても、止まらない。止まれない。
肺が殴られているように苦しい。脚はとっくに限界を超えているし、脇腹も凄く痛む。
「ぜぇっ……ぜぇっ……!」
それでも……っ!!
「謝らなくちゃ……っ!!」
「お?何してんの聖。学校は?」
不意に、声を掛けられる。聞き紛うことはない。
「戒っ!……ぁわっ」
脚から力が抜けて、べしゃっとアスファルト舗装された道に倒れ込む。……痛い。脚がぷるぷるする。
「何してんだよホントに……。ほれ、大丈夫か?」
「はぁっ……はぁっ……うんっ!」
「何で泣いてんだよ。またイジメられたか〜?」
「そんなんじゃないよ……ふぅ、ふぅ……」
荷物を載せたバイクから降りて、ヘルメットを小脇に抱えながら手を差し伸べてくれる戒。
その姿が、いつかの思い出と重なる。
『ひじり〜、だいじょーぶか?』
戒は仲間はずれにされて独りだった私の手をとって、そう言った。
日本人には珍しい金髪碧眼の外見は、無垢なまま残酷なことをする小学生にとってからかいの標的で……学年が上がるにつれてそういうのは少なくなっていったけど、特に男子からのからかいが無くなることはついぞなかった。……むしろ学年が上がるほど、男子からは増えた気がする。
理由は分からなくもないけど、私の心はもう戒のものだし。意地悪してくる人に惹かれる余地なんて微塵もないもんね。
いや、そんなこと思ってる場合じゃない。
「ごめんなさい、私のせいで退学になっちゃって……」
「あー、そういう」
ぺしっと頭をチョップされる。
「涙と鼻水と汗でぐしょぐしょの顔で何を言うかと思えばさ。自分の責任じゃない事まで勝手に背負い込むんじゃねぇよホント。お前の良いとこでもあるけどさ、そのうち潰れるぞ」
そんなにぐしょぐしょじゃないし。袖で顔を拭う。
「あーバカバカ!ちゃんとハンカチで拭きなさいよ……全く、ほら」
「むぐっ」
顔にハンカチを押し付けられた。こっちの方が酷くない?
「確かに結果だけ見れば聖が発端かも知れねぇけどさ、俺は聖に勝ったから退学決めた訳じゃないし。それぞれのタイミングで選択肢があって、その結果今こうなってるってだけで……」
「あぁ〜言葉にすんのが難しいけど……つまりな。俺がお前に勝っても、ジジイが退学届を持ち出さなければ。俺が退学を決意しなければ良かったわけだしさ、自分の責任だなんて思うな」
「…………」
君ならそう言ってくれるよね。でも、私はそれで納得できない。
「……納得できねーって顔だな。筋金入りの頑固ガールめ」
ふぅーっと、ため息を吐きながらポリポリとこめかみを掻く戒。そんな事言われても納得できないモノはできないし。
ピッと、唐突に戒が私を指差す。
「どうせお前はここで俺に「許す」って言われても自分を許さねぇし……そんなら、条件付けてやる」
「……条件?」
「ジジイから聞いてんだろ、俺ここ離れて旅に出るんだってさ」
いやだ。行って欲しくない。
「嫌そうな顔しやがってさ、我儘ガールめ。欲張りか?全く……」
ちょっと凹んだ。……私また欲張ってる。何も学習してない……。
「まぁ聞きな。俺が次、ここに戻って来るまでに「誰にも負けるな」。それが出来たら、許すよ」
まぁ、お前が俺以外に負けるとか滅多にないだろうけど。と付け加えて、戒はそう言った。
戒はきっと、どんなに引き留めても思い留まってくれない。…………そして私は、もう欲張らない。これよりもっと酷い、救いようのない結末なんて嫌だ。今、現時点でこの条件を呑む事が最善で最適。
そう思わなければ、頭がどうにかなりそう。
「…………わかったよ、約束する」
痛い。酷使した脚以上に、胸が。心が。
「良し。…………てかお前、荷物は?」
「学校に置いてきた……」
「…………、しょうがねぇな。家まで送ってやるから、荷物はジジイか担任にでも持って来させなさい」
そう言いながら、小脇に抱えていたヘルメットを私に被せた。
………………。
「スゥーーーーーーーーッッ………………ハァーーーーッ」
「…………嗅ぐのやめてくんない?」
いや。
お前の力で、世界を救ってくれ!
虹星龍神 ホープフル・ドラグノヴァ