蜥蜴が、龍へ捧げる舞。
それは賛美であり、憧憬であり、祈り。
祈龍尾舞
ワイワイガヤガヤと七十二の悪魔達が奏でる喧騒は、住まう領域を同じくする
騒ぐ彼等彼女等の議題はひとつ、悪末戒の浅草聖へ向ける感情についてである。
人とは、プレイヤーとは、ひたすらに自身の欲望や感情を発散させる為だけの存在。
驕り、怒り、喰らい、嫉み、怠け、抱き、稼ぐ。ただ己を満足させるだけの道具でしかないのだ。
故に、
「喧しくて敵わん。我は深層に戻るぞ」
「稼ぎ時じゃなさそうだな、撤収〜」
「……Zzz」
「私も寝ようかしら。人の交尾に興味はあるけれど、逢瀬には興味ないのよね〜」
「ギギギギギ……」
「シュルルル……ペッ」
鬱陶しそうにシルファードが。
業務的にマルモーンが。
変わらず寝たままフェルベルゴールが。
無関心にアルスモディオスが。
腹を空かせたようにヴェールゼバルブが。
唾を吐き棄ててからレアヴィータが。
何も言わず消えた憤怒の悪魔を含め、
「あーぁ、潜っちまったよ先輩方」
「致し方あるまい。欲望や感情の器に中身を注がれ成立した存在である彼等にとって、我らの話は取るにも足らん些事そのものなのだろうさ」
数名がそれに言及するも、大多数の
「私が思うに、アレは自覚していないだけね。自分の気持ちに気付けば最後、一直線じゃない?」
「そうだろうか。彼は意外と奥手な面があると見ているが」
「というか、色恋に関する感情が芽生えていないのではないか?」
「そこまで幼くはないじゃろ、執着しとらんだけで好いてはおる」
「執着なき好意は、愛か?」
「人によるの」
七十二の悪魔達は、人を愛している。
人であるが故に起こす業を。必死の嘆願を。復讐を。殺戮を。
人の営み、その全てを余す所なく愛している。その意識が植え付けられたものだと分かっていても、なお。人を愛すが故に、魂を求めるのだ。
死した後に遺される魂。それこそが、その人間の生きた証。七十二の悪魔たちは性格や扱う権能も様々だが、契約の対価として得た魂をじっと眺める事が好きなのは、全員共通している。
「グレイモール、君の意見を聞こう」
「概ね同じよ。浅草聖と悪末戒の子供、見てみたいわねぇ〜」
「そして叶うなら、その魂をじっくりと見たいものだ」
「全てを掴む男と、女騎士の子か。夢があるな」
「どんな色だろうか」
「悪末戒が全てを呑み込む漆黒、浅草聖は仄暗い闇を宿しつつも烈火のように輝く魂。どちらに似るのだろうな」
「此方からくっ付くようにけしかけてみるか?」
「それは無粋でしょう。我々からは関与せず、請われたなら助力する。それが私達の基本方針ではなくて?」
「うむ」
凛とした声で女魔王、ベルレート*1が言う。それに同意するように、二つ隣の席に着く甲冑姿のアルゴール*2が強く頷いた。
礼儀正しいと伝わる悪魔らしく、基本方針を曲げない姿勢である。
稀に……本当にごく稀に。
人の前に突然
これは教会側から認知される可能性が高く、
「グラシャグラス、分かっていますか?」
ベルレートは直近の違反者である悪魔に釘を刺した。地獄の猛犬と称され、悪末戒からは
「全く……」
「ベルレートは恋愛専門だろう?なにか思う所はないのか」
「あるにはありますが、契約もしていない人間の恋愛事情に首を突っ込む気はありませんよ」
「貴殿はそういう悪魔だったな」
「ま、グラシャグラスの気持ちも分からんでもない。敵国に村を蹂躙された少年……いやはや、ワシが契約したいくらいじゃったの」
「アレックスだったか……アイツの眼は、全てを燃やしてなお止まない殺意に満ちていたな。だからこそ、
何名かの悪魔がグラシャグラスに同情的な発言をするが、当の本人はフンッと鼻を鳴らした。
「そう言って擁護しようとも、奴の魂は見せん。奴の魂、奴の生き様の証は、共犯者たるこのオレだけのものだ」
「ケチじゃのう」
「けーっ」
グラシャグラスの拒絶に擁護した悪魔達が文句を言っている中、トントンッと円卓を指で叩き、今の今まで静かだったヴァールが全体へ静粛を促す。
「ベルレートの言った通り、
「それは越権行為である。偉大なる第一席と言えども、我が領分を侵す事は赦されない」
序列七十二位、蛇頭の悪魔が異を唱える。序列一位を相手に臆する事なく、真正面から睨み付けた。
「末席の審判者、賢き尾の蛇よ。これは万が一にも、次の違反者を出してはならんという余の断固たる意志である。理解しているか?」
「その上で申している」
この二人は
こうなると、他の悪魔達は激化する論争に巻き込まれない為にそそくさと逃げ出す。
「さて、宴も
シグオムが言い争う二人に割り込んで会議を締め始める。
「皆、悪末戒への勧誘は各々好きにすれば宜しい。どの道彼奴は頷きはせん。しかし浅草聖への接触は禁止。最悪、悪末戒から我々への心象が地に落ちかねん」
「もう遅くないか?」
「ねー」
「使われなくなるやもしれんぞ」
ピタッ……と野次と喧騒が止む。ヴァールとアンドラムアリウスすら言い争うのを止めて、シグオムに同調した。
「「然り」」
「悪末戒は現在唯一の、我ら
「契約を交わしてはいない故、非公認というやつになるがな」
「知っての通り、既に現世では我ら悪魔族の排斥がほぼ完了している。もはや、我らを使うものは絶無。悪末が死する事で我らの
ふぅ。と溜息を吐いてから、ヴァールは数名の悪魔に目を遣る。
「浅草聖の魂を欲している悪魔は挙手せよ」
その言葉に反応し、ヴァールが目を付けていた数人の悪魔が手を挙げる。いずれも、英雄英傑の魂を好んで集める悪魔達だった。
「あの娘が自らの全てを明け渡す者が居るとするなら、それは我らではなく悪末だ。潔く諦めよ。以上。……すまないなシグオム、続けよ」
「恐縮です。
……今一度確認の為に繰り返させて頂こう。悪末戒以外の人間……特に浅草聖に接触を図ろうとした時点で、王たるヴァール様のお怒り、そして審判者たるアンドラムアリウス殿の慈悲なき裁断を受ける事は必定。それだけではなく、数世紀にも渡る営業停止を覚悟されたし。これらの旨、努忘れる事無きよう宜しくお願い申し上げる」
猿顔の悪魔が演技っぽく礼をし、声高に告げた。
「これにて第471回悪魔会議を終了とする。各々、自由にされたし!」
その言葉と共に円卓が掻き消え、騒音響く遊戯場へと戻る。
悪魔達の中には「ちぇーっ」と漏らしながら深層へと潜る者、二人の関係性について立ち話する者、二人がくっ付くかくっ付かないかで賭けをし始める者と様々だった。
「……」
そのような光景を眺めながら、王座にて頬杖を付くヴァール。その脳裏には、かつて己を創り出した王の言葉が響いていた。
『遠い未来、お前達を使い熟す人間が現れる』
間違いなくその人間とは悪末戒である。これに疑いの余地はない。
しかし、使い熟す程の域にまでは到達していない。それが未契約の限界であり、どうやってもカードに振り回される場面が必ず生まれるからだ。
いつか、彼は我らと契約を結ぶ日が来る……ということなのだろうか。それとも、契約しないまま我らを使い熟す様になるのだろうか。
常識外れ、空前絶後、異才、覚者。同胞達はあらゆる言葉で悪末戒の才を賛美する。それほどの才能の持ち主ならば、ひょっとすると契約しないまま我らを使役し支配するかもしれない。
「ふふ……」
やはり、分からないとは面白い。
亡き友の遺した言葉に胸を踊らせ、ヴァールは微笑んだ。
対価として貰った魂は大切だけど、それはそれとして賭け金にするね……(悪魔の所業)
ちょっとかなり忙しくて全然執筆できてないですが、どれだけ時間かかっても終わりまで止まんねぇからよ……