満たされぬ腹、止まらぬ暴食。
「集うは暴食の下僕、際限なき奈落の
『!』
アーサーがその脚を止める。進行方向に立ち塞がる蝿の群れを目にしたからだ。飛び交う蝿はその数を増し、その空間を黒く塗り潰していく。羽音がさながら雷鳴の様に。群れはまるで雷雲のように。
次の瞬間、群れが弾ける。
「……出たね」
蝿の身体に、人の手足が生えている。頭は蝿そのものであるが、複眼はひとつひとつが人の目で構成されていて、まさにおぞましいの一言。よく見ると口は人のソレだ。
色褪せた王冠を被り、四本ある手のうちのひとつに、同じく色褪せた王笏が握られていた。腐っても王である事が伺えるね。背筋をゾクゾクさせる、生理的嫌悪をひたすらに煽る見た目だけれど。
彼こそ蝿の王。貶められた地方神話の主神格。かつては蝿を打ち払う権能を持っていたとされる彼が蝿の王になるとは、なんという皮肉だろうね。
「ヴェールゼバルブの召喚時効果があるが、アーサーの効果発動中に召喚されたので処理はそちらから」
「「金の想い人」の効果を発動して3枚ドローするよ。これで発動中の効果は終了だね」
「では
「もう。「
7枚中2枚が
「うち1枚は俺も破棄させられるんだからトントンだ」
「……それもそうだね」
ヴェールゼバルブが王笏を振るう。それに呼応するように蝿の大軍が動き出し、私の
少しの間手の周りを飛び交っていた蝿達は、満足したのか自分達の王の元へ帰っていく。その時私の手には、何も握られていなかった。
「ふぅ……じゃあ13枚ドローするね」
「ではヴェールゼバルブのパワーに+1300して、フィールドに悪魔カウンターを13個置く。そしてヴェールゼバルブの常時発動効果により、相手の手札数を参照してパワーをさらに上乗せする。合計2600が加算され、パワー4600」
蝿の大群が、自分達の主の口腔に集まっていく。魔王は大群を纏めて噛み砕き、ゴクンッと嚥下した。その直後身体から放たれたオーラはフィールド全体を覆い尽くさんとする勢いで広がり、騎士達を強く威圧する。
「ッ……!」
ビリビリと空気が震える。思わず気圧された。
……マズイね。ヴェールゼバルブのパワーがアーサーより高くなってしまった。差は1400……。うーん、計画がめちゃくちゃだよもう。そしてデッキが僅か数枚しかない。ほぼデッキ破壊だよねこれ。
ただ、良いカードも引けた。最悪このターンは無理でも、次で詰められる。まずはヴェールゼバルブに
「アーサー、二つ目の攻撃時効果を発動!フィールドの騎士モンスターを好きなだけ墓地へ送り、そのパワーをアーサーへ上乗せする!墓地へ送る対象は……うーん、どうしようね」
騎士トークンを墓地に送るのが1番良いんだけど、2体送っても全く届かないんだよね。かと言って効果破壊に耐性を持つ「穢れなき騎士」は勿体ないし、「悲しみの騎士」は「金の想い人」がいる間は戦闘破壊されないから、こっちも選びにくい。むむ……決めた。
「対象は……「穢れなき騎士」にするよ。パワー+1500、合計4700!」
大盾の騎士が光となり、「
「ない。そっちもないなら
「ある!手札から「
「んー……ない」
「
汎用カード、「
例えばアーサーの
目当てのカードは1枚、「穢れなき騎士」。デッキに2枚入れているけれど、アーサーで墓地に送った1枚しか出てきてない。他のカードでもいいけど、効果破壊への耐性とパワーの高さは魅力的。ここで引く!
「オープンッ!……きた!「穢れなき騎士」!「
大盾の騎士が再びフィールドに立つ。安心する背中だね。
「んん〜……何もない。とりあえず、相手プレイヤーの手札が1枚減ったのでヴェールゼバルブのパワーが100下がる。よって4500に」
「私もない。アーサーの攻撃はどうする?」
「ヴェールゼバルブで
「えっ!?」
そんな、どうして?アーサーのパワーは200上回っているのに。
蝿の王が配下である蝿の軍勢をけしかける。騎士は一瞬だけ聖剣の輝きを強める事で周囲の軍勢を蒸発させ、王へ肉薄。
『────ッ!!』
甲高い咆哮をあげながら、大きく太い胴体と比べて不釣り合いな細腕をアーサーへ向けるヴェールゼバルブ。しかし、一瞬の煌めきの後その全てがぶつ切りにされる。ならばと噛み付きに行くが……
『ギッ……』
頭から一刀両断。無数の人の目から成る複眼が、爆散して消えるその瞬間までアーサーを恨めしそうに見つめていた。
……何故ヴェールゼバルブで
「「
「……続ける。「悲しみの騎士」で攻撃するよ」
「ない」
戒は一瞬の迷いもなくそう言った。
「手札から「騎士の宣誓・決闘」を発動!騎士モンスターの攻撃を、相手モンスター1体に指定できる」
「指定攻撃か」
「対象はアルガレスにするよ」
「悲しみの騎士」のパワーは「騎士集う円卓」で強化されて1200。アルガレスのパワーは召喚時効果で+されている分を含めても1100。容易に破壊できるラインだ。ただ、ヴァルバストに
「ない」
「こちらもないから、破壊だね」
弓の騎士が、巨大なワニに跨る老人の悪魔と相対する。互いの出方を伺う刹那、弓を番えて放つ「悲しみの騎士」。アルガレスは反応する事も叶わずワニごと矢に貫かれ、地に伏せた。
これで、戒のフィールドにはヴァルバスト1体しかいない。
「再び「
「更に続けるよ。「穢れなき騎士」で攻撃!」
「ヴァルバストで
ヴァルバストのパワーはこれで1200。でも「穢れなき騎士」の1500には届かない。
人狼が放つ銃弾を大盾で防ぎながら突撃する「穢れなき騎士」。装填のタイミングで加速してシールドバッシュを仕掛けるが、見え見えの大振り攻撃を食らう程、ヴァルバストは甘い悪魔ではない。ヴァルバストは装填を完了させながら跳躍して躱し、銃口を騎士の無防備な背へ向けた。
けれども、次の瞬間。ヴァルバストの頭が潰れた。圧倒的な膂力によって投擲された大盾が、彼の顔面に突き刺さったからだ。無論、悪魔はその投擲に反応して撃ち落とさんと発砲していたが……結果はご覧の有様。
うーん、ヴェールゼバルブが出てきた時はどうなる事かと思ったけど、なんとかなったかな。
「「
……なんだか嫌な予感がする
「アーサーを対象にとった「騎士の宣誓・撃滅」によってグレイモールが。アーサーの攻撃によってフェルネクスが。二度目のアーサーの攻撃によってヴェールゼバルブが。「悲しみの騎士」によってアルガレスが。「穢れなき騎士」によってヴァルバストが。……このターンの間、5体の悪魔族モンスターが破壊された」
「よって、手札から「
「汝ら神と富とに兼ね事ふること能はず。其は富をばらまく黄金の悪魔、悪しき
刹那、フィールドに金貨の山が築かれる。その中から這い出すはカラスの双頭を持つ黒い悪魔。信心を腐らせる、果てなき欲の化身。黄金の山の頂上にて四つの黒翼を広げ、悪魔は金貨をばらまいた。
「なるほどね、ヴェールゼバルブで
「何かあるか?」
「ないね」
マルモーン自体は怖くない。攻撃時効果を持たないし、パワーも低い。「穢れなき騎士」で返り討ちにできる程度だ。厄介なのは常時発動の「相手が効果で手札を増やした時、デッキから1枚ドローする」効果と、召喚時の手札をコストに墓地の悪魔族モンスターを追加召喚する効果……いや、まさか。
墓地にいる「
となれば、召喚されるのは「
「マルモーンの召喚時効果を発動。手札を好きなだけ破棄し、破棄した枚数分墓地の悪魔族モンスターを追加召喚できる」
「……ないね」
止めたい所だけれど……対応できる妨害カードを握っていない。悔しい。
「破棄するカードはフェルベルゴールとバルサゴの2枚。墓地から召喚するのは「
再びフィールドに立つ人狼の悪魔ヴァルバスト。先程自らを倒した「穢れなき騎士」へ牙を剥きながら唸り声をあげている。その横に降り立つのはコウモリの翼が生えた猟犬のような姿のグラシャグラス。……グラシャグラスの効果が分からない。多分、ここ1年でデッキに入れたカード。
「まずはヴァルバストの召喚時効果を発動。デッキから2枚破棄し、その中の悪魔族モンスター1枚につきフィールドに悪魔カウンターを置く」
「ないよ」
再び人狼の悪魔が遠吠えをあげ、効果を発動する。……やっぱり手札にシルファード居るね、コレ。
「破棄されたのは「
落ちたのは
「次だ。グラシャグラスの召喚時効果を発動、自分のライフを500削って相手モンスター1体を墓地へ送る。対象は「王の騎士 アーサー」だ」
「……っ!!」
まずい。これは通せない……!アーサーは攻撃面に特化している反面、耐性がなにもない。この効果を止めなければ、次の戒のターンがラストターンになる。傲慢の翼がこの
「
「
「「
「……!」
やはり
「
「…………、ない」
「では効果処理。「
戒の手札から現れた巨大な影の手が、ヴァルバストを無造作に掴んで握り潰す。そして提示されていた「
それらを見届けてから、グラシャグラスがアーサーへと息を吹きかける。黒い靄のようなそれをアーサーは聖剣を振るってかき消そうとするが、靄に触れた傍からアーサーの身体は塵となり、消えた。担い手を失った「
「そして「
「……と、言われてもね」
私のフィールドは惨憺たる状況だ。攻撃のできない
「……アタックシーン終了、ターンエンドかな」
もう、出来ることはない。
「了解した。ターンスタート、ドローシーン」
やっぱり強いね。私も磨き続けてきたつもりだったけど……まだ遠いよ、君の背が。
「リカバーシーン、メインシーンへ。フィールドの悪魔カウンターが10個以上。条件クリア」
「黎明の子、明けの明星よ。光掲げるもの、神の敵対者よ。安寧の世へ、叛逆の翼をひるがえせ!「
フィールドに光が差す。光の中から現れるは漆黒。12枚の黒翼をはためかせ、長い黒髪を靡かせて。父たる神、世界へと反旗を翻した光の御子が現れる。
そのパワーは2300。何の
「シルファードの常時発動効果。このモンスターはあらゆる効果を受けない」
そして、完全耐性。相手からの効果は勿論のこと、味方からの効果すら受け付けない。まさに傲慢極まる、孤高の効果。
「手札から「
①このターンの間、相手は手札から効果を発動できない。
②このターンの間、自分の受けるダメージは相手プレイヤーが肩代わりする。
③相手のモンスター1体の効果を無効にする。この効果は永続する。
俺は②を選択する。何かあれば」
「ないね」
「では、このターンの間自分の受けるダメージはそちらが肩代わりする。そして墓地の「
「ないよ」
「ではそちらのライフを500削って
効果によるダメージを反射……もう残りライフ少ないからね。
「ではアタックシーン。「
① 悪魔カウンターを1つ取り除いて、相手のモンスターを1体破壊。
② 悪魔カウンターを2つ取り除いて、追加攻撃権を得る
③ 悪魔カウンターを3つ取り除いて、対象カードの効果を無効にする。
俺は①と②を発動。順番は①から。何かあれば」
12枚の翼を広げ、こちらへ飛びかかるシルファード。騎士達が守るように私の前へ立つ。でも……戦闘破壊耐性を持つ「悲しみの騎士」は効果破壊されるだろうし、効果破壊耐性を持つ「穢れなき騎士」は戦闘で破壊されるだろうね。
「ないよ」
「手札から
「あら……ないよ」
「では破壊だな」
再び空から差し込んだ極光が騎士トークンとグラシャグラスを塵へと変えていく……。ん?グラシャグラスが完全に塵と消える瞬間、口から何かを吐き出した?
「グラシャグラスの破壊時効果により、ライフを半分削って相手モンスターを1体墓地へ送る。対象は「穢れなき騎士」で」
「……んん?……いや、ないかな」
なんか召喚時効果よりコスト重くなってない?500からライフ半分になってない?……ああ、4000あったライフが2000に……
「では「
はい、私がライフ300削ります……1700と。……ん?「
「……ふぅー、まぁそろそろ来そうだとは思ってたけどな。シルファードで詰めようと思ってたけど……仕方ないな。手札から「
「来たるは憤怒の炎。世界を灼き尽くし、無人の大地にてひとり凱歌を唄うがいい!「
爆炎を纏い、6枚の翼を広げて憤怒の大悪魔が降臨する。
「……いや、オーバーじゃない?流石に」
「知らん、文句は
「何もないよ」
「では破壊だ」
抵抗しようと矢を番えた「悲しみの騎士」を、シルファードは目からビームを放って爆殺。傍に居た「金の想い人」は膝から崩れ落ちて、傲慢の化身を見上げている。……こ、心苦しい。
「更に悪魔カウンターを2つ取り除いて、追加攻撃権を得る。これで発動中の効果は終了。シルファードの攻撃を処理する前に、
「ひえ〜〜っ……」
もう、何度
私たちの手札が炎に巻かれて消えていく。灰となったカードの力を、サイターンが取り込んで火力を底上げする。
「破棄された手札は合計12枚。よってパワーは+2400され、パワー2900!」
パワー1400のマルモーンと、パワー2300のシルファード。そしてパワー2900のサイターン。地獄絵図というか、四面楚歌というか。凄まじい圧を感じる。
「そして今破棄された「
あ。
おぞましい装飾のされた大門が、再び大地からせり出してくる。またこれを見ることになるとはね……
「フィールドの悪魔族モンスター1体を破壊し、破壊したモンスターのパワー分のダメージを相手に与える。対象はサイターン!2900のダメージをそちらへ与える!」
開かれた門から無数の手が飛び出し、憤怒の大悪魔を内側へ引きずり込む。その直後、内側からビームと見紛う程の業火が放たれた。……効果処理を待っているシルファードを若干掠めて。羽根チリチリになってない?
「「
その業火を一身に受けて、私のライフが0になる。……ふぅ。
「……また勝てなかったなぁ」
「いい
うん。アーサーも出た。「
私はほぼリソースを使えないまま手札を破棄させられてたし、戒は私のデッキにライフバーンがない事を理解した上で、ギリギリまで自分のライフをリソースとして使っただけ。実際は終始、私の劣勢だった。
……部長である私が負けた。同じ学園の生徒に。いくら戒が忌避される悪魔デッキ使いと言えども、この事実を皆は、学園は無視できない。
「で、俺を入部させようって魂胆か?」
「流石におみとおしだね」
「じゃなきゃこんな大会来ないだろお前。全く……絶対入んないからな?」
「フラグ?」
「フラグじゃねーよ。……じゃあな」
「うん、またね」
……バトモン部部長とは、学園における最強プレイヤーの証。故に、同じ学園の生徒に敗北した時その座を追われる。
でも、これでいい。また戒と一緒に居れるなら、これで。
己か、己以外か。全てを照らす輝きの灯火。