もしも綾小路清隆がCクラスの生徒だったら 作:A-damame
生暖かい目で見ていただけたら幸いです。
4月初頭。
穏やかに揺れるバスの車内の最後方、窓際の席でオレは本を開きながら段々と迫ってくる睡魔に身を委ねようとしていた。
バスに乗った頃はがらんとしていた車内も、次第に自分と同じ制服を纏った、つまり、自分の同級生にあたると思われる人々で埋まりかけている。
同級生たちを眺めながらこれから始まる高校生活に思いを馳せていると、先程オレの隣に座った綺麗な空色の髪を持つ、推定同級生の美少女がオレを──正確にはオレの手元を──見つめていることに気がついた。
オレは、これから学園生活を共に過ごすかもしれない彼女に、少しの好奇心と期待を持って声をかけてみることにした。
「この本がどうかしたのか?」
彼女は一瞬、声をかけられたことに驚いたようだったが、すぐに答えた。
「すみません、じっと見てしまって。その…興味深い本を読まれているなと思いまして。失礼ですが、小説はよく読まれるのですか?」
「いや、問題ない。小説はたまに読む程度だ。この作者の作品が好みでな」
オレが今読んでいたのは、“誰もが知る"というよりは“知る人ぞ知る"ようなそれなりに有名なミステリー小説だった。
質問内容から察するに、彼女は読書が好きなのだろう。経験したことのない異性との交流に少し気分が上がる。
「その本、実は私も以前読んだことがありまして、その方の作品がお好きなら例えばこのような──」
質問に答えた途端、少女の目に光が宿った。
彼女はすごく嬉しそうな顔をしながらオレにお薦めの本を紹介してくれる。
一つのものにそこまで熱意を向けられるということは、純粋に羨ましく思う。
この先オレにそこまで夢中になれるものができるだろうか。
ただ、それはそれとして、こちらに身を乗り出しながら、小説を薦める美少女はバスの中でやや注目を集めてしまったようだ。こちら向けられる視線が刺さる。
「あー、その、一回落ち着いてくれないか」
「…っ! すみません…」
「話すのが嫌だったわけじゃないんだ。むしろ、小説について語り合うことなんて今までなかったからな。オレで良ければ、ぜひ話し相手になってほしい」
それを聞いて再び笑顔になった彼女とオレはバスが学校に到着するまでの間、今度は控えめな声量で本について語り合うのだった。
▽△▽△
「すみません、初対面で名も名乗らずに…」
バスから降りて開口一番彼女は申し訳無さそうに謝ってきた。確かに、本についてはたくさん話したがまだ名前すら聞いていなかったんだな。
「私は椎名ひよりと申します。偶然同好の士に出会えたとあって、つい熱中してしまいました。同年代で小説を読まれる方は最近少ないですから」
「綾小路清隆だ。さっきのことは気にしないでくれ、お陰で楽しかったからな」
校門の前で自己紹介を済ませオレ達はこの東京都高度育成高等学校の門をくぐる。
東京都高度育成高等学校、通称“高育”は日本政府が運営する、国の未来を担う人材を育成することを目的とした学校だ。惜しげもなく税金が使われているであろう校内は、全寮制で一度入学すると基本的に卒業するまで校外に出られない上、外部との連絡もできないが、校内に巨大なショッピングモールを始めとした娯楽施設や飲食店があるなど、まるで一つの街のような、あまりに異質な学校である。
そして、この学校の最大の特徴は、生徒の希望する進路にほぼ100%応えると謳っているところだ。きっと、殆どの生徒がこの特権を目当てに入学をしてくるのだろう。
「それにしても、ここは本当に広いですね。移動するだけでも疲れてしまいそうです。」
「コンビニや、ショッピングモールまであるそうだからな。是非行ってみたい。」
「私は図書館にいってみたいです! この学校の図書館はとても広く、蔵書数も膨大なのだそうで、それが目的で入学したと言っても過言じゃありません!」
そんな他愛もない会話をしていると、どうやらクラス分けを発表しているらしい場所に着いた。
クラス分けというものはやはり多少なりとも緊張するものだろう。少なくとも一年間をともにするクラスメイト。友人ができるかどうかはこれから学園生活を左右する重要なポイントだ。
そういえば、椎名とオレはもう友人関係と言えるのではないだろうか。趣味を共有し、一緒に登校する、友人とはそういうものだと聞く。椎名がどう思っているかはわからないが椎名さえ良ければこれから仲良くしていきたいものだ。
「あっ、名前ありましたよ。綾小路くんも私もCクラスだそうです。小説について語り合える綾小路くんが同じクラスで嬉しいです。これからよろしくお願いしますね。」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。」
椎名とは、教室まで一緒に行き一先ず各々の席に分かれることになった。
オレ一番後ろの列の窓から二番目の席だった。まだ教室内の人はまばらで、一人で時間を潰している人が多い印象を受けた。
始業時間数分前になって、オレの左隣に赤紫色の髪を肩に触れる程度まで伸ばした強面の男が座った。
幸先よく友人ができて浮足立っていたところもあるのかもしれない。オレは強面の男に話しかけてみることにした。
「はじめまして、オレは綾小路清隆。せっかく隣の席になったんだ、これから仲良くしよう。」
オレの渾身の自己紹介を聞いた強面男は目だけをこちらに動かし、オレを観察するようにじっと見てきた。
そしてわずかににやつき口を開いた。
「龍園翔だ。よろしくな」
龍園と自己紹介してすぐ、始業を知らせるチャイムが鳴った。趣味なども聞いてみたかったが、仕方がないので教壇に目を向けると既に、痩せた三十代後半ほどに見える男性が立っていた。
「新入生の皆さん。私はCクラスを担当することになった坂上数馬です。この学校ではクラス替えがないため三年間を通して私が担任を務めることになります。これから、この学校独自のルール『Sシステム』の説明をした後、体育館へ移動し入学式を行います。」
「Sシステム」については、入学前に配られた資料にも書かれていたが、ここでも説明してくれるようだ。
「『Sシステム』に付いて説明するにあたって、この学生証カードを配布します。このカードに支給されるポイントを用い、皆さんは校内にある全ての施設の利用、商品の購入ができます。また、学校内において、このポイントで購入できないものはありません。ポイントについては、毎月1日に自動で振り込まれるようになっています。現在すでに皆さんには10万ポイント、つまり10万円が支給されています。」
教室がざわつく。それにしても随分太っ腹だな。高校生にいきなり渡すにしては額が大きすぎる気がする。
「静粛に。この学校は生徒を実力で測ります。これは、入学を果たした皆さんへの正当な評価というわけです。また、ポイントの譲渡は認められていますが、卒業時に余ったポイントを現金化することはできません。ここまででなにか質問はありますか?───無いようですね。それでは、入学式が始まるまで自由にしていてください。」
未だ興奮冷めやらぬといった教室で隣の席の男、龍園だけが、静かに今の説明を反芻するように考えを巡らせているようだった。
▽△▽△
今日は初日ということもあり入学式が終われば放課だった。
隣の龍園は誰とも話すことなくそそくさと出ていってしまいこれからどうしようかと考えていると椎名がこちらへ近づいてきた。
「綾小路くん、よければ一緒に敷地内を見て回りませんか?残念ながら今日は図書館も閉まっているようなので。」
彼女一人ぼっちのオレにとって間違いなく救世主だった。友人というものの素晴らしさを噛み締めつつ二つ返事で了承した。
椎名の希望で敷地内のショッピングモールであるケヤキモールの本屋に行った後、日用品でも買おうとオレ達はコンビニに行くことにした。
「おお…!これが『コンビニ』か」
「綾小路くんはコンビニに来たことがなかったんですか?」
「逆に椎名はよく利用するのか?。家が厳しい家であまり外でなにか食べたり買ったりしたことがないんだ。」
「そうだったんですね。それでは、僭越ながら私が案内して差し上げましょう。」
椎名に案内されつつ、カップ麺やスナック菓子といった、知ってはいたが食べたことがないものたちをかごに入れていく。不摂生だろうが、興味には勝てなかった。
そしてコンビニの商品の値段を見ていくと10万円という金額がどれだけのものか理解できる。
そうして人生初のコンビニを楽しんでいると、店の一角に妙なものがあった。
歯ブラシなどの日用品がワゴンに詰められている。そしてそのワゴンには──
「『1ヶ月3点まで無料?』」
「椎名も気になるか。」
「ポイントを使いすぎた人のための商品、でしょうか。しかし、毎月10万円も配られているのに、そこまでお金に困る人が出るとも思えませんが。」
「だったらなんだってんだ!」
突然店内に怒声が響き渡り、オレ達はそちらに注意を向ける。そこには、赤髪のいかにも不良といった外見の男と、上級生と思われる二人組が口論をしていた。
上級生達が赤髪の男を笑いながら言う。
「聞いたか?Dクラスだってよ。やっぱりな!お里が知れるってもんだよなぁ。」
「可哀想な『不良品』に今日だけはココを譲ってやるよ。行こうぜ。」
「やっぱり」?「不良品」?赤髪の彼がDクラスであることになにか関係あるのだろうか。
上級生たちは赤髪の彼を嘲るように笑いながら去っていき、赤髪の彼も、散乱した食べかけのカップ麺を残して、不貞腐れたように帰ってしまった。
「片付けたほうがいいでしょうね。」
「そうだな。このまま無視して帰っても何となく気持ちが悪い。」
片付けを終え、オレ達は帰路につくことにした。
夜、寝る準備を整え、新品のベッドへ寝転がり改めて自由を実感する。
何となく学生証端末を開く。端末の連絡先欄には“椎名ひより”の名前がある。
何を隠そうオレは今日始めて連絡先というものを交換したのだ。
その得も言われぬ充足感とこの先の生活への期待の中、オレは眠りについた。