夕方。放課後。
脇目も振らず向かった先は、言うまでもなく
——裸電球の下、湿気のこもる真人の実験場。
真人「や、来たね」
視界に入った瞬間、紬は小首を傾げる。
昨日まではなかったハンモックが、
配管と壁の間に張られている。
そこに真人は、手足を伸ばして寝そべっていた。
紬「真人、裸電球といいそのハンモックといい、DIYスキル結構あるよね…」
真人「いや、今朝読んだ本に載ってたんだけど、これがなかなか快適でね……って、あれ?」
言葉がふっと途切れる。
視線が、じっと紬に向けられる。
真人「君、昨日までは呪力が外に漏れてたのに……今日はちゃんと中で廻ってる。……ここ来るまでに特訓でもしてた?」
問いかけられた瞬間、紬の頬がふわりと緩む。
嬉しさを隠そうともせず、にっこりと頷いた。
紬「うん!学校って退屈なのに行かなくちゃいけないからさ……だからその時間、ずっと呪力操作の特訓してたんだ!
昨日、真人が教えてくれたやり方で!」
真人「ははっ、偉いじゃん。……ほんと、君っておもしろいね」
ハンモックから軽やかに降り、紬の頭をくしゃっと撫でる。
掌の温もりに、紬の口元が緩んだ。
真人「君の成長速度、なかなかに爆速だよ。君が優秀なのかな?それとも、俺の教え方が上手い?」
紬「ん〜、両方かも♡」
いたずらっぽく笑う紬に、真人も唇を吊り上げる。
真人「……これなら、すぐに瞬間移動の検証に移れそうだね。今日は、長距離ワープができるかどうか、やってみようか」
紬「長距離?」
真人「そう。君の瞬間移動の最大飛距離を確かめる、って感じかな。視界内だけなのか、それとも数百メートル、数十km飛べるのか」
紬「え、それってもし飛びすぎたら…下手したら迷子になっちゃうんじゃ…」
真人「ま、あんまり遠くに飛んじゃったら,俺がここまで送るから大丈夫だよ」
「送る」という単語に、紬の脳裏に浮かんだのは——
自分を抱えてダッシュで帰ってくる真人の姿。
そのあまりのシュールさに、口元が震える。
紬「……っっ(やば、笑いそう…)」
真人「ん、どうかした?」
紬「いやっ!なんでもない!」
慌てて否定し、気持ちを切り替える。
紬「えと、今日は瞬間移動でどれだけ飛べるかの検証だよね……それなら、いい方法がある!」
ポケットからスマホを取り出し、画面をタップしてみせる。
紬「GPSだよ!今の地点を記録しといて、飛んだ先の位置情報と照らし合わせれば……何m飛んだのか、すぐわかる!」
意気揚々とスマホのGPS画面を差し出す紬に、
真人は興味深そうに覗き込んだ。
真人「へぇ、文明の利器ってやつ? 面白いね」
紬「でしょ?」
嬉しそうに返しながら、
紬は体内の呪力に意識を集中させていく。
真人「術式のトリガーは…紬、今回はガイドなしでも分かる?」
紬「うん、もう二回飛んだから。頭のこの辺…覚えてる」
そして、ためらいがちに付け加える。
紬「……でも真人、一緒に飛んでくれる?」
真人の腕に、ポン、と指先を置く。
昨日の検証で分かった通り、触れている相手は一緒に飛べる。これで条件は整う。
真人「いーよ。君だけあらぬ場所に飛んでもアレだし…ま、それはそれでウケるけど」
紬「ちょっとお!?」
口を尖らせる紬だが、意識はすぐに内側へ戻った。
一昨日、そして昨日と押し込んだ、脳の術式トリガー。
そこへ呪力を流し込む。
目指すのは——最大飛距離。
真人「いちばん遠くまで飛ぶからね。イメージして。…そうだ、あの山の向こうにしようか」
真人が指差した先、ビル群のさらに奥に霞む霧の山。
真人「あれを飛び越えて、その向こう側に出現するイメージ。できるかできないかはともかくとしてね」
紬「了解……」
山の向こう側——その景色を頭に刻む。
そして——
紬「…いくよ。3、2、1、ワープっっ!!」
バシュッッッ!!!
視界がグルンと回り…
飛んだのは,紬……だけ,だった。
紬「えっ——」
しかも……足場はない。
真下に広がる街並み。自由落下,再来。
紬「うわぁぁぁぁ!?」
ビルの屋根の角が、目前に迫る——
左足首が直撃。
グギリ、と嫌な音が響く。
紬「い″っっっっ!!」
衝撃が全身を走り抜ける。落下は止まらない。
地面が急速に迫る。
紬(まずい、死ぬ——!?)
その時。脳裏に蘇る,真人の言葉。
(呪力による強化は肉体強度も大幅に上昇するから、事故っても死にはしないよ)
紬「っっっ!!!」
瞬間、全身に呪力を巡らせる。
——ドサッ。
紬「はぁ………はぁ………」
荒く息を吐く。全身は痛みに包まれているが、意識はある。
ただ——左足首は。
紬「っっ、あ″ぁぁぁ!?」
——あらぬ方向に,折れ曲がっていた。