折れ曲がった左足首は、
じくじくとした熱と鈍い痛みに脈打つ。
折れた瞬間のグギリという音、
グチャッという生々しい感覚が,
脳裏にはっきりと残っていた。
それは、ただの女子高生として生きてきた紬には無縁の痛みで。
加えて、ひとりきり。
どうすればいいのかわからない。
紬「え、う、うぁ……」
紬は,パニックに陥っていた。
涙がじわりと目に滲む。
紬(痛い……痛い…… 真人…… 救急車……)
思考がまとまらない。単語が浮かんでは消えていく。
その時——
バサリ,と、視界に白い羽が入り込む。
眼前に現れたのは、背から羽を広げた真人。
真人「あっははっ、めっちゃ派手に失敗したな。また空中に飛んじゃった?」
紬「ま、真人……」
泣きそうな顔で見上げる紬とは対照的に、
真人は楽しそうな顔を崩さない。
真人は羽を解き、しゃがみ込むと,
ぽん、と紬の頭に手を置き。
真人「無為転変」
瞬間、紬の左足首がグチュグチュと音を立てて治っていく。
骨も神経も、完璧に修復され、痛みは跡形もなく消えた。
紬「あ……っ…」
——ぎゅっ。
助かった安堵とパニックの反動とで、
思わず真人に抱きつく紬。
真人「え〜? 怖かったの?」
特に拒む様子はなく、真人は分析を口にする。
真人「君と、君が触れている相手が対象になる……
と思ってたけど、今回君だけ飛んだのを見るに、
それじゃ不十分だね。
誰かを一緒に飛ばすには“手を繋ぐ”必要がある。
今回は掴んでたのが腕だったから、君だけ飛んじゃった。
多分そういうこと」
紬「手を……繋ぐ……」
落ち着きを取り戻しつつ、その言葉を繰り返す。
一回目と二回目の瞬間移動。
今思い返せば、両方とも真人ごと飛んで、どっちも真人に手を掴まれていた。
真人「君の呪力を追って飛んできたけど……ここ、そこまで遠くないね。さっきの位置とどのくらい離れてる?」
紬「あ…そうだ!」
スマホを取り出し、GPSを確認する。
紬「998m……約1kmだ」
真人「1kmか、なるほど……ん?」
何かに気づいたように目を細める。
真人「君の魂……脳の術式トリガー、三回使ったからだんだん“開いて”きたのか……これだと今のままじゃ窮屈そうだな」
紬「??? ……えっと…?」
意味がわからず首を傾げる紬。
真人は意に介さず、再び掌を紬の頭に当てる。
真人「無為転変」
その時。紬の脳内に、じわりとした熱。
そして、その熱が体内に広がり、霧散する感覚。
真人「君の術式トリガーを拡張した。
ちょうどできそうだったからね。
これで、次はもっと遠くまで飛べるはずだよ」
紬「あ、うん……」
理屈はわからない。
だが先ほど脳の奥に走ったじわりとした熱と、
真人特有の妙な説得力が、
紬の中に説明不能な“納得”を生んでいた。
——その時。
「こっちに人が! さっき落ちてきたのを見て!」
「なに? 本当か??」
先ほどの落下を誰かに見られてしまったらしい。
足音が近づいてくる。
紬「あ」
めんどくさいことになる。
見つかる前にこの場を離れないと。
そう思った瞬間、真人が横目で紬を見た。
真人「君、今日は呪力に余裕ある感じだね。
多分、一人で飛んだから消費が"軽かった"のかな。
……もう一回くらい飛べそうじゃない?」
紬「あ、うん! OK、ワープして逃げようか——」
差し出した手に、真人の掌が重なる——と思った、その瞬間。
真人が取り出したのは,
指ほどの大きさの改造人間の“ストック”。
即興でぐにゃりと形を変え、小ぶりの金槌へと変形する。
そして、その柄の部分を紬の差し出した手に押し付ける。
真人「いやいや、ちょうどいい相手じゃん」
真人の笑みが、オッドアイの奥で妖しく光る。
真人「君、昨日の感じだと“視界内”ならブレずに飛べるよね? ……だったらさ、“瞬間移動”で背後に飛んで、その金槌でぶっ叩いてみなよ」
紬「えっ——」
想定外の提案に紬は硬直した。
真人は構わず、面白そうに続ける。
真人「君、昨日“戦いたい”みたいなこと言ってたじゃん?
……だったら、人間殴る感覚は慣れといたほうがいいだろ?」
紬「それ、は……」
言葉が喉で詰まる。
戦うなら——真人の味方でいるなら——
相手は呪術師、つまり人間になる。
真人の言い分は筋が通っている。
しかし。いざやれ,と言われると…
その覚悟は……まだ。
真人の笑みは崩れない。
この状況を楽しむように。
背後をビッ、と指差し、軽い口調で言った。
真人「ほら、来てるよ……どうする?」
振り返った紬の視界に——
「こっち!! この辺だ!!」
「あの子じゃないか??」
二人の住民が、こちらに向かって走ってくる姿があった。