そうして、真人はしばらくの間、紬を抱きしめていた。
紬も、いつの間にかその腕を真人の背中に回し、
もふもふの羽と体温の温もりに身を預けていた。
やがて、真人の羽がするりとほどかれる。
真人「……紬。明日なんだけど、俺は夏油……仲間たちと、
呪術師と戦うための作戦会議があってさ。だから、明日は会えないんだ」
紬「えっ………そっ、か……」
隠そうともしない寂しげな声。
真人は肩をすくめ、軽く笑って見せた。
真人「まあ……夕方なら、ギリ会えなくもないんだけどね。
でも、それだと怪しまれそうでさ。
——夏油たちには紬のこと、内緒にしておきたいんだ」
そう言いながら、真人は紬の長い黒髪をさらりと撫でる。
真人「——だって、紬は“俺の”じゃん?」
紬「あ…………」
その一言に、心臓がどくんと跳ねる。
胸の奥が熱を帯び、言葉が弾かれるように口から飛び出す。
紬「じゃあ……じゃあさ、明後日は? 明後日なら土曜日で学校ないから! 私、一日空いてるよ!」
真人「あ、そっか。人間って曜日で生活ルーティン決まるんだもんね」
悪戯っぽく笑い、唇の端を上げる。
真人「じゃあさ、明後日は昼前に会おうよ。
あ、人間は時間で指定した方がいいんだっけ?
……じゃ、朝の10時で」
紬「OK! いつもの場所だよね?」
真人「もちろん」
微笑みとともに、真人は軽く手を振った。
真人「またね、紬」
紬「うん、また! 明後日に!」
次の瞬間、真人はふっと視界から掻き消える。
残された紬は、浮き立つ胸のまま駅の方向へ歩き出した。
——ビルの影。監視カメラの届かないその一角には,
ふたりが立ち去った後,
頭部が弾け飛んだ遺体だけが、静かに転がっていた。
真人と別れ、電車の座席で揺られていた紬は、
何気なく視線を落とした。
左足首——焦茶色のローファーに、黒い靴下。
ぱっと見はいつも通りだが、光の加減で妙に濃く見える箇所がある。
(んん……?? ……あ!!)
瞬間、頭の奥で鮮明に蘇る。
長距離ワープの失敗——空中転移からの落下で,左足首をグキッたこと。
その後の出来事が強烈すぎて忘れかけていたが、
これは間違いなく血だ。
(危なっ!! このまま帰って親に見られたら終わってた!)
家の最寄駅で降りるや否や、紬はコンビニに飛び込み、
新しい靴下を購入して履き替え。
その足で近くの公園へ行き、水道でローファーの血を洗い、
ティッシュで丁寧に拭き取る。
これで,「証拠隠滅」は完了。
——そして、帰宅は20時半。
紬の母「おかえり、紬! 今日も“まおくん”と遊んで来たのね!」
母親は、紬が真人と会うようになってから妙に上機嫌だ。
紬が“男友達のまおくん”と言っているせいだが。
紬の母「今日もアニメイトで遊んできたの?」
紬「いや、今日はゲーセン」
もう,嘘もお手のもの。
紬の母「そう、楽しかったなら良かった………って、紬!?」
突然、母親の声が鋭く跳ねる。
紬が怪訝に視線を向けると、母親が紬の半袖白シャツの左袖を掴んでいた。
その指先は、赤黒い点々——血を示している。
紬の母「どうしたの…この血!!」
紬の父「何!? 血だと??」
居間でテレビを見ていた父も飛んできた。
(やばっ、気づかなかった……)
心当たりは二つ。
——住民を金槌で殴った時か、
殺人をはたらいた直後の真人に抱き寄せられた時か。
どちらも、言えるはずがない。
紬「えと、ね。まおくんが転んじゃって、その時に肩を貸したんだけど……それでついちゃったんだと思う」
即興の嘘を、淀みなく口にする。
紬の母「そうなの……まおくん、ひどい怪我してなかった?」
紬「大丈夫。転んだだけ。手をちょっと擦りむいてただけだから」
紬の父「それならいいが。変なことに巻き込まれるなよ」
紬「分かってるって。…シミになるから,これ洗うね」
そのまま洗面所へ駆け込み、
洗剤を泡立て、布をこする。
(……ッッ、セーフ。今のは焦った……)
水に溶けた赤が、排水口へと流れ落ちていった。
その後は特に追求されることなく,
母親の質問攻めも、嘘でのらりくらりとかわし,
晩御飯と入浴を済ませ。
紬は,明後日の,真人との再会への期待を膨らませながら,
部屋のベッドで眠りについていた。