土曜日。
今日は初めて、制服ではなく私服で真人に会う日。
クローゼットの前で、紬は服を吟味していた。
最初は白のオフショルブラウスを手に取ったが——
昨日の「血痕事件」を思い出し、そっとハンガーに戻す。
紬(血がついても目立ちにくくて、動きやすくて……
でもちゃんと可愛い服……)
悩んだ末に選んだのは、黒のキャミソールにミニスカート。
上からグレーのクロップドジャケットを羽織り、
首元にはダブルチェーンのネックレス。
足元はスポーツサンダル、ショルダーバッグには最低限の荷物だけを詰める。
鏡の前で全身を確認し、
出発前に一度だけ体内を呪力で一周させて、流れの感覚を再確認する。
紬(……よし、完璧)
玄関に向かおうとしたその時、背後から父の声が飛んだ。
紬の父「紬、遊ぶのはいいが気をつけろよ。今朝、若梅市のファミレス…"ゴスト"が全焼したってニュースやってた。……11人,死亡だって…紬の学校の近くだろ?最近,物騒だからな…」
紬「大丈夫だって。心配しすぎ」
靴を履きながら、軽く手を振る。
紬の母「…気をつけるのよ,紬」
さすがの母親も,11人焼け死んだ事件のせいで,
今日ばかりは心配そうだった。
家から真人の実験場までは、電車に揺られ、
通学路を途中まで辿る必要がある。
路地裏の脇道からマンホールを降り、
じめっとした湿気が肌にまとわりつく地下通路を抜ける—— そこが、ふたりの「いつもの場所」だ。
到着は約束より10分早い、9時50分。
裸電球の下、ハンモックに揺られながら本を読んでいる真人の姿が見えた。
紬「真人ー!来たよ〜!」
真人「あ,紬〜〜」
声をかけると、真人は本をパタンと閉じ、
ぴょんと軽やかに飛び降りる。
……が、その表情と声色はいつもの飄々とした感じではなく、
妙に不満げで、どこか子供っぽい。
紬「? どうかした?」
紬が首を傾げると、真人は少し口を尖らせた。
真人「昨日、対呪術師の作戦会議があったんだけどさ……夏油たち、俺を置いてファミレス行ってたんだよね」
そう言って,足元の石を軽く蹴る。
それは近くに転がる,生き絶えた“元人間”に当たり、
グジャ,という嫌な音を立てた。
紬「え……ファミレス?」
真人の口から飛び出した予想外の単語に,
素っ頓狂な声があがる。
真人「そう。なんか楽しそうだったらしいんだよねー。
……ま、燃やしたって言ってたけど」
紬「えぇ!?燃やしちゃったの!?……って、まさか……お父さんが言ってたやつ……」
点と点が線になる感覚。
ファミレス全焼事件の犯人が真人の仲間と判明し,
どきりとする紬。
しかし、お構いなしに真人は続ける。
真人「でさー、俺もファミレス行ってみたいんだよね」
紬「……真人、お金持ってるの?」
真人「持ってないけど?」
紬「もー!」
真人が人間から見えない上、一文無しな以上、
注文も会計もすべて紬の役目になる。
しかし——-
紬(……まあ、いいか。お小遣いだいぶ余ってるし)
紬は普段ほぼ友達と遊ばず、交際費はゼロ。
アニメオタクではあるが、グッズには興味がない。
"まおくん"との行き先でアニメイト、と言ったのも、
紬が行きそうな場所を母親にでっち上げるためであり、
実際のところはほぼ行かない。
そして,母親が服を買ってくれるため服代もかからない。
必然的に、お小遣いはほぼ貯まりっぱなしだった。
そして——友達(??)と一緒に外食なんて,中学以来の経験。
つまり。紬が断る理由など,何ひとつなかった。
紬「…仕方ないな。いいよ。行こ、ファミレス」
紬がそう答えると,真人の顔がぱっと明るくなる。
真人「やった!……ここだと近いの,ゴストだっけ?」
紬「それ燃えたとこね!? あと近いのは、デリーズとゴゴスだけど……」
真人「どっちがいいの?それ」
紬「どーだろ…親とたまに行くのはゴゴスだけど…」
真人「おっけー,じゃあそっちにしよ」
行き先が決まり、ふたりは並んで歩き出す。
湿った地下通路から地上に出ると、
昼の光が一気に視界に溢れた。
真人「そういえば紬。いつもと服装違うんだね」
紬「あぁ……いつもは制服だからね。今日は学校ないから私服なの」
真人「ふーん。人間って不便そうだね,服装まで勝手に指定されるなんてさ」
紬「まー,確かに。……真夏日なのに,まだ5月だから冬服着てこい,って言われた時は,割と本気で殺意湧いた」
真人「あははっ!何それ,バカみたい!ルールに縛られすぎて,柔軟性ゼロじゃん!」
紬「ほんとそう。制服システムって,デメリットしかないよ」
真人は、なにかを思い出したようににやりと笑った。
真人「どおりで,白いシャツ着てたわけだ。
あれ絶対汚れるじゃんって思ってたんだよねー,昨日も袖に血付いてたし」
紬「ちょ……!気づいてたなら言ってよ!あれ,親にバレかけて焦ったんだから!」
真人「“バレかけた”ってことは,結局誤魔化せたんだろ?なら結果オーライじゃん」
真人の飄々とした口ぶりに、
紬は呆れたようにため息をつく。
それでも、口元はわずかに緩んでいた。