ソファから立ち上がった瞬間、紬の全身を襲ったのは——
瞬間移動後、もはや恒例の、術式使用による倦怠感だった。
紬「……はあっ……」
短く息を吐き、一瞬ふらつく。
しかし、足元を踏みしめて持ちこたえる。歩く程度なら問題なさそうだ。
真人「へぇ……呪力の消費、だいぶマシになってきたじゃん」
喜びを隠さぬ声で、しかし冷静に分析を続ける。
真人「最初の君なら、二人で飛んだ時点でもう限界って感じで座り込んでたよね」
紬は苦笑を浮かべたが、真人の言葉はまだ続く。
真人「とはいえ、もう一回二人で飛ぶのは流石に無理そうかな。万全の状態から,俺と君で一回。君一人で一回飛ぶ。これでギリ持つか,ってとこだろうね。」
ここで真人,口に手を当て,少し意地悪な口調ながらも
真面目なトーンに。
真人「.....でも,今の君の状態で飛んだら,行った先でぶっ倒れるかも。
"俺と君とで一回"か,"君ひとりで二回"。
これが今の君の現実的な可能ラインかな」
紬ひとりなら二回飛べるのは、
一昨日やったから確定している。
真人の分析は理にかなっていた。
紬「……つまり私の瞬間移動って、飛距離じゃなくて“対象の人数”で呪力消費が変わるってこと?」
真人「おそらくね。……まあ、その辺は細かい検証しないと断言できないけど、その線はかなり濃いと思う」
紬「なるほど……って、あ!」
何かを思い出したように、鞄からスマホを取り出す。
紬「飛距離、確認しなきゃ。GPS!」
現在地と、さっきいたゴゴスの位置を入力。
画面に表示された数字を見て、紬の目が見開かれる。
紬「……1411メートル。約1.4kmだ」
真人「へぇ、一昨日は約1キロだったよね。……術式トリガー拡張、成功だ」
真人の声に、紬も満足げに頷く。
紬「思ったより伸びたんだね」
真人「うん。ちなみに今ので五回目の瞬間移動だから、トリガーまた開いてきてるよ。……次、拡張できそうになったらまたやるね」
紬は小さく笑みを浮かべる。
紬「ふふ……この調子なら、そのうち10キロワープとかできるようになるかな?」
真人「どうだろうね。そればかりは君の成長限界次第——術式と要相談、ってとこかな」
そして,真人はふと切り出した。
真人「さて……ここからどうしようか?ファミレスに付き合ってもらったし、紬がしたいことがあったら、付き合うけど?」
紬「あっ……えっと、ね……」
問いかけられた紬は、すぐには答えられなかった。
——「じゃあ解散ね」とあっさり帰るのは嫌だ。
まだ真人と一緒にいたい。
けれど、友達と遊んだ経験がほとんどない紬には、
こんな時に出せる“気の利いた提案”なんて引き出しがない。
視線を泳がせ、周囲を見回す。
その時、目に飛び込んできたのは——
“Cinema” の大きな看板。
紬「……!!!」
まるで天啓のように、言葉が口をついて出た。
紬「真人、映画好きって言ってたよね?ちょうど映画館あるし、一緒に見に行こうよ!」
真人は少し目を細め、からかうように答える。
真人「ん?そうなの?別に、紬がしたいことでもいいけど?」
思いつきで言ったのを見透かされたようで、紬の心臓が跳ねる。
紬「いや、私も映画好きだし!……それに、えっと……」
真人「ん?……それに、何?」
真人がにやにやと笑みを浮かべ、身を乗り出して覗き込む。
紬(やば……これ、もう隠しても仕方ないかも……)
「………私は、真人といられれば……割と、何でも……」
一瞬の沈黙のあと、真人は小さく笑った。
真人「ははっ、可愛いじゃん」
からかうように右腕で紬の肩を引き寄せる。
その瞬間、紬の鼓動は一気に加速した。
——そして、二人は映画館へ向かう。
チケット売り場の前、並んだ上映作品のポスターを眺めながら、紬は尋ねた。
紬「真人って、普段どういうの見るの?」
真人「洋画とかロマンスとか、ホラーとか色々?ノリで決める感じかな」
紬「ホラーって……真人は存在自体がホラーじゃん」
真人「だからこそだよ。人間が虚構で作った“恐怖”なんて、俺から見たら滑稽で笑えるだけ」
真人はさらりと言ってから、にやりと紬を見る。
真人「てか紬はさ、改造人間にもう慣れてる時点で、ホラー見ても全然怖がらないタイプでしょ?」
紬「……バレた?」
やり取りの中、紬の視線が一枚のポスターに止まった。
紬「あ!“絶海の羅針盤”……これ面白そうじゃない?」
真人「アドベンチャー系かな?OK、それにしよっか」