そして、紬は自分の分のチケットを購入する。
真人は一般人には見えないため、映画館は実質フリーパスだ。
ふと、真人の視線が映画館のコンセッション(売店)
に止まった。
真人「ねえ、ドリンクバーにあったあのパチパチするソーダ? あれはないの?」
紬「あー、炭酸ね。それなら映画館といえばコーラだよ。買う?」
真人「じゃあ、それお願い〜」
紬「OK〜。ちなみに食べ物は? ポップコーンとか」
真人「そっちはいいや。ファミレスで食べたばっかだし」
コーラを手に、二人はシアター内へ。
紬はあらかじめ席を取る際、隣が空いている場所を選んでいた。
真人は何の違和感もなく隣に座る。
まあ,そもそも館内ガラガラだし。
予告編が流れ始め、暗闇の中で真人の横顔がスクリーンの光を受けて浮かび上がる。
紬(……ほんとに隣にいるんだ)
いつもは軽口ばかりの真人が、黙って映像を見つめている——その姿が紬には新鮮だった。
やがて本編が始まり、スクリーンいっぱいに青く広がる海。
登場人物たちが嵐の中、羅針盤を頼りに航海を続けるシーンでは、真人がふっと口元を緩めた。
真人「船の舵って、魂みたいだよね」
紬「え、どういう意味?」
真人「ちょっと曲げただけで行き先が全然変わる。……人間も同じ。魂をちょっと弄れば、全然違う場所に行き着く」
スクリーンの光が、真人のオッドアイに青と白の揺らぎを映す。
紬はそれ以上返事をしなかった。
返そうとした言葉は、波の音とBGMに溶け、飲み込まれていった。
上映時間の二時間は、思ったよりあっという間に過ぎた。
照明がつき、周囲の客たちが立ち上がる中、真人はゆっくりと席を立ち、紬を振り返る。
真人「……面白かったね。紬の選んだやつ、当たりだよ」
紬「でしょ?」
出口へ向かう通路で、真人がふと片手を差し出した。
何も言わず、紬もその手を取る。
ただ、それだけで。
映画の余韻と、真人の掌の温もりが、
紬の胸の奥をじわりと満たしていった。
映画館を出たあと,
真人はしばし紬を見つめ、それから悪戯っぽく口を開く。
真人「紬。映画見てる間に、呪力が少し回復してる。……今の状態なら、“君ひとり”なら飛べそうじゃない?」
紬「ん……ああ、そうかも」
言われてみれば、全身を包んでいた倦怠感はだいぶ薄れている。
真人が視線で示す先に、ふもとの駅があった。
この映画館は高台にあり、見下ろせば駅のホームが小さく見える。
真人「確か帰る方向って、あっちだろ? 誰も見てないし、騒ぎにもならない。……ちょうどいい練習じゃん」
周囲は人影もまばらで、近くにあるのはゴミ捨て場くらい。
真人が指す駅は、紬が使ったことはないが、家まで繋がる路線だ。
紬「……わかった。やってみる!」
“瞬間移動を帰り道の一部に使う”
——その非日常に、紬の胸が高鳴る。
飛ぶ前に、ふと尋ねた。
紬「ねぇ真人……明日は会える?」
真人は小さく笑って答える。
真人「明日かー。午前中は陀艮の領域でサッカーするんだけど……午後なら空いてるよ」
紬「やった! じゃあ……14時にいつもの場所で、どうかな?」
真人「いーよ。じゃあそれで」
紬「ありがとう! また明日ね、真人!」
真人「うん。バイバイ」
真人が軽く手を振る。
その姿を嬉しそうに見返してから、紬は一息で呪力を練り上げた。
——バシュンッ。
瞬きする間に、紬の姿は掻き消え、
高台のふもとの駅へとワープした。