人気のない路地裏は、
夕暮れの残光が高いビルの壁に切り裂かれ、
赤黒い影を長く伸ばしていた。
その路地裏の奥。室外機の上。
真人は片膝を立てて腰掛け、長い指を組みながら,
愉快そうに紬を見下ろしていた。
真人「そもそも呪霊ってのはさ——
人間から漏れ出した負の感情の集合体。
だから、共通認識のある“畏怖”のイメージは、強力な呪いとして顕現しやすい」
紬「共通認識の畏怖……地震、雷、火事、親父,みたいな?」
真人「……大分古くない?ソレ」
くつくつと笑いながらも、
真人はすぐに口調を戻し、薄暗がりの中で淡々と続ける。
真人「でも、概ね正解だよ、紬。
怪談話とか墓地とか、そういう漠然としたものへの畏怖からも呪霊は生まれる。
でもね——君が今挙げたような、実在するモチーフに根差した恐怖の方が、遥かに強力な呪いになる」
紬「じゃあ、真人も……実在するモチーフへの畏怖から生まれた呪霊なの?」
その問いに、真人はわずかに目を細める。唇がにやりと持ち上がった。
真人「あはは……お目が高いね、君。俺が“強い方”の呪いだって、わかるんだ?」
紬「そりゃあ……だってさ、あるあるじゃん?強い怪異ほど、人間に近い……みたいなの。だとしたら、真人は、その最上位って感じだし」
真人「あははははっ!」
乾いた笑い声が路地裏に響き、壁に反響する。
真人「いやぁ……“強いほど人間に近い”か。……漏瑚が聞いたらなんて言うかな、コレ」
紬はきょとんと首を傾げ,ぱちぱちと瞬きをした。
紬「???」
怪訝そうな視線を向けられても、真人は肩をすくめるだけだった。
真人「でもね、君の言ったこと……大体合ってるかも。
俺の発生源は——人間。人が人を憎み、恐れた,
その腹から生まれた呪いだよ」
紬「人間……人が人を……」
そしてふっと息を飲み、目を丸くする。
紬「って、それ……ラスボス級のやつじゃん! ……やっぱり……」
真人の口元が、また緩やかに吊り上がる。
その笑みは、何かを愉しむ捕食者のそれだった。
緩やかに笑ったまま,真人は続ける。
真人「でさ、人間の畏怖するモノから呪霊が生まれるって言ったけど……
それは人間の負の感情をベースとするエネルギー、“呪力”がそれらに集まるからなんだ」
紬「呪力……。……やっぱ、“魔力”みたいなのあるんだ…」
軽く頷き、ぽつりと続ける。
紬「ってことは、呪霊って……自然発生する魔物、
みたいな感じってことか。なるほどなるほど…」
口元に手を当て、なぜか納得したように頷く紬に、
真人は軽く首を傾げる。
真人「???……なんか君、突拍子もない理屈で納得してる気がするけど……」
肩をすくめつつ、室外機からひょいと降り、歩み寄る。
真人「まあいいや、話を続けるね。呪力ってのは、
俺や君……量の大小はあれど、呪霊も人間も皆が持ってるエネルギーだ。その用途は、身体強化にも使えるけど——」
真人は口の端をつり上げた。
「面白いのは、コレ。“術式”。……君ふうに言うなら、“魔法”かな?」
その言葉と同時に、真人の右腕がぐにゃりと変形し、
長く鋭い刃に変形。
次の瞬間——刹那の横薙ぎ。
ギィィィィン……ズバァァ!!
金属を裂く甲高い音が響き、
路地裏の電柱やブロック塀が真横にスパッと切断された。
遅れてガラガラと崩れ落ち、土埃が舞い上がる。
紬「えっ……すご……!!」
目を丸くし、驚きと興奮を混ぜた声をあげる。
真人は刃を解き、腕を元に戻す。
「俺の術式、“無為転変”。自分や他人の魂の形を変えるんだ。魂が変われば、肉体も連動してそれに従う」
——その時。
住民A「何事だ!?」
住民B「でっ……電柱が!!」
路地の向こうから、騒ぎを聞きつけた住民たちが顔を出す。
紬「あっ……」
胸がひやりとする。
(やば……真人は他の人には見えないし、これ……私のせいになるんじゃ…)
だが、その思案も一瞬。
紬が住民たちに見つかる前に,
——真人の手がすっと紬の手を掴み,
そのまま路地裏の脇道へと案内する。
真人「見せてあげるよ。俺の“実験場”」
振り返ることもなく、騒ぎなど意に介さず。
真人は,紬に笑いかけながら,
さらりとそう言ってのけた。