真人とのデートの帰り道。
紬は電車に揺られながら、絶賛・睡魔と格闘中だった。
無理もない。ゴミ捨て場から映画館への移動に加え、
映画鑑賞で約二時間半の休息を挟んだとはいえ——
今日は、真人と二人での瞬間移動と、
紬ひとりでの瞬間移動を一日のうちにやってのけたのだ。
呪力切れ。
全身にまとわりつくような重い倦怠感。
瞼は何度も落ちかけていた。
(……ダメだ。今ここで寝たら、確実に数時間は起きられない)
自分にそう言い聞かせ、ただひたすら睡魔を押し返す。
やっとの思いで最寄駅までこらえ、
足を引きずるようにして家まで歩く。
ガチャリと玄関の鍵を開けると——出迎える声はない。
両親は外出中だった。
母は買い物、父はジムだろうとすぐに見当がつく。
余計な会話を交わさずに済むのは好都合。
紬はそのまま自室へ直行し、
ショルダーバッグを床に放り投げる。
そして——ベッドに倒れ込むと同時に、
意識は急速に暗闇へと沈み込む。
その刹那、まぶたの裏にふっと浮かんだのは、映画館を出たときに感じた真人の手の温もりと——
「うん。バイバイ」
あの柔らかく響いた声。
それを最後に、紬の意識は静かに途切れた。
そして——紬が眠り始めてから、およそ三時間後。
19時前。
勢いよくドアが開く音に、
紬はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
視界に入ったのは、息を荒げ、そして心底ほっとした表情の母親。
紬の母「紬……! あぁ、よかった……もう帰ってたのね……!」
紬「……? お母さん?」
ことの経緯はこうだった。
買い物から戻ってしばらく待っても紬が帰ってこないため、母親は紬のスマホに連絡した。
しかし、映画館でマナーモードにしたまま,帰宅して眠りについていた紬はまったく気づかず。
不安が募ったころ、父親がジムから帰宅。
事情を聞いた父が「もしかしたらもう帰ってたりしないか? 部屋は見たのか?」と促し、その望みをかけてドアを開けたのだ。
ベッドから上体を起こした紬を見て、母親はさらに安堵したように息を吐く。
紬の母「ごめんね。なんでもないの。帰ってたならそれでいいの。……今から晩ご飯作るから、できたら呼ぶわね」
それだけ告げて、母親はドアを閉め、階段を下りていった。
紬は、眠気の残る頭で首を傾げた。
(……なんだったんだろ?)
しかし,その疑問は睡魔に秒殺され。
枕を背もたれ代わりに壁にもたれ、クッションを胸に抱いて。
そして再び——静かに二度寝の世界へ沈んでいった。
そして、紬が二度寝に入ってからおよそ40分後。
リビングから「紬! ご飯できたわよ!」という母の声が響く。
睡魔がようやく落ち着いた紬は、のそりとベッドから起き上がり、階段を下りて食卓へ向かった。
湯気の立つ食卓に着くと、母が興味津々といった様子で口を開く。
紬の母「紬、今日は“まおくん”とどこに行ってたの?」
今日の行き先は別に隠す必要もない、と紬は素直に答える。
紬「ファミレス行って、そのあと映画館だよ」
紬の父「……ファミレス?」
父の声が低く響いた瞬間、紬の頭に今朝の会話がよみがえる。
(紬、遊ぶのはいいが気をつけろよ。今朝、若梅市のファミレス“ゴスト”が全焼したってニュースやってた。……11人死亡だって。紬の学校の近くだろ? 最近、物騒だからな)
——しまった。
紬は慌てて手を振った。
紬「あ、今日行ったのはゴゴスだよ! 燃えたのってゴストでしょ? 反対方向だし、何も関係ないよ!」
紬の父「それならいいが……」
父は眉間に皺を寄せながらも、言葉を続ける。
紬の父「なあ、紬。さっき,夕方のニュースでやってたんだが……あの事件な、不審火らしい。原因も分からないまま11人も死んだんだ。放火か事故かもはっきりしない……そういうの、巻き込まれたらどうしようもないんだぞ」
紬「うん,わかってるよ。ちゃんと気をつけるから」
——犯人は真人の仲間なんだよ、なんて口が裂けても言えない。ここは適当に流すに限る。
母「まあまあ、無事に帰ってきたんだし、それが一番でしょ。」
母が柔らかな声で場を和ませるように言い、笑みを向けた。
紬の母「紬、楽しかった?」
紬「うん、すごく! ……あ、あとね、明日も遊ぶ約束したんだ。14時から」
その言葉に、父の眉がぴくりと吊り上がる。
紬の父「……なあ、紬。友達ができたのはいいことだが、さすがに会うのが頻繁すぎないか? 火曜、水曜、木曜の放課後と来て、今日、それに明日もだろ? その“まおくん”っての——」
紬の母「ちょっと、お父さん!」
母が鋭く遮った。
紬の母「心配なのはわかるけど、そんな言い方しなくてもいいでしょ。内緒で会ってるわけでもないんだし、夜遊びしてるわけでもないんだから。ね、紬」
紬「あ、うん……」
それ以上、父からの追及はなく、食事は平穏に進んだ。
晩御飯と入浴を済ませた紬は、再び自室に戻り。
そして,静かな夜を迎えた。