次の日。日曜日。
紬が目を覚ましたのは、朝の10時だった。
火曜、水曜、木曜——真人と会った日は、瞬間移動で倦怠感の残る身体を引きずって帰宅する、という日々が続いていた。
楽しい時間の余韻に浸っていたせいで、疲れの蓄積には気づかなかったが……昨日,呪力を限界まで使い切った反動で、
それらが,一気に眠気として襲ってきたのだ。
(危なっ……待ち合わせ、14時で良かった……)
ボサボサの髪をとかし、遅めの朝食——
というよりブランチをとる。
食後,呪力を体内で一周させ,全快を確認。
この呪力循環も,今のタイムは2分10秒。
3分かかっていたときから比べると,だいぶ手慣れてきていた。
クローゼットを開け、この日の服を選ぶ。
首元に透け感のあるキャンディスリーブの黒ブラウスに、
焦茶のミニタイトスカート。
長い黒髪は白のシュシュでポニーテールにまとめ、
足元はスポーツサンダル、ショルダーバッグは昨日と同じ。
真人と会う以上、血がつく可能性は常にある。
好みのフリル服は避け、シックな服装にしている紬だが——
なんかこの路線のほうが似合っている気がしてきている。
出かける準備をしていると、
廊下から母親の声が茶化すように響いた。
紬の母「紬〜、“まおくん”はそういうシックなのが好みなの?」
紬「いや、別に……そういうんじゃないよ」
紬の母「あら、そう?でもそういう大人っぽいの、お母さんが勧めても『フリルがいい』の一点張りだったのに。
……やっぱり、恋すると変わるのかしら?」
紬「うるさいなぁ!だから、友達だってば!」
紬の母「ごめんごめん……でも似合ってるわよ、紬」
母親はそう言って台所へ引っ込んだ。
——その数分後。
今度は父親の声が背後から飛んできた。
紬の父「紬、ちょっといいか」
紬「なに?」
紬の父「“まおくん”ってさ……どんなやつなんだ?」
紬「クラスメイトだよ。オタク友達の」
紬の父「部活は?スポーツやってるとか、何か目標あるとかは?」
紬「うーん、そういうのは……ないかな」
紬の父「ふぅん……」
父親の声色は淡々としていて、感情が読めない。
ほんの一瞬、紬の心臓が強く脈打った。
紬の父「……まあ、変なやつじゃないならいいけどな」
紬「大丈夫だって!心配いらないから」
紬はそのままスポーツサンダルを履き、
ショルダーバッグを肩に掛ける。
紬「じゃあ、行ってきます!」
背後からは母親の明るい「いってらっしゃい!」と——父親の、小さなため息が追いかけてきた。
13時50分。
約束の10分前、紬はいつも通り電車に揺られ、地下通路を抜け、実験場に辿り着いた。
その日、空気はいつも以上に血の匂いが濃い。
そして真人は、配管に腰掛けるでもなく,ハンモックに寝転がるでもなく,
地面に立ったまま地下通路の方を見据えていた。
——まるで、紬が来るのを待っていたかのように。
真人「お、紬。待ってたよ」
視界に捉えるや否や、真人が片手を軽く振る。
その仕草に、紬の胸がひそかに跳ねた。
駆け寄る紬に、真人はずいと歩み寄り、指の間に挟んだ小さな物体を見せつける。
片手に三つずつ、計六つ——指ほどのサイズの、ストーンチョコのような“改造人間ストック”。
真人「ついにさ、これ、ほぼ失敗なしで量産できるようになったんだ〜!」
紬「え……待って、早っ! 前は“一個だけ成功”って言ってなかった!?」
脳裏に蘇るのは、水曜日の会話。
——大きくできるってことは、小さくもできるの?
——あ〜、そっちは今練習中なんだけどね。でも、一個だけ成功したやつがある。
真人「ふふっ、成長してるのは君だけじゃないってことだよ」
得意げに言い、軽くストックを転がしてみせる。
真人「これ、めっちゃ便利なんだよね。駒にも飛び道具にもできるし」
それを聞き,紬は感心混じりの苦笑をする。
紬「なんかもう……真人の能力って自由度えぐいよね。敵のグロテスク変形から自分のスタイリッシュ変形、ヒールまでできて……その上で持ち運びの飛び道具まであるとか。……真人ってさ,実は術式2つ3つ持ちなんじゃないの?」
真人「あははっ、そんなのないない。あくまで俺の術式は“無為転変”だけだよ」
真人は笑いながら首を振る。
真人「俺がやってるのは一貫して“魂の変形”。君の言う“変形”も“ヒール”も、結局はその副産物に過ぎないんだ」
紬「ふぅん……??」
相変わらず、変な説得力だけはあるものの,説明はさっぱりだ。
首を傾げる紬。
しかし真人は、それを気にする様子もなく、一歩、紬との距離を詰める。
青と金のオッドアイが、紬の緑の瞳を映し込み——
邪悪な笑みを形作った。
真人「それよりさ……面白いおもちゃを見つけたんだ。試してみない? 俺と君の“連携”」