紬「はあっ、はぁ……」
紬の肩が大きく上下する。
もはや恒例行事の,瞬間移動の反動としてやってくる倦怠感。
加えて、先ほど、真人の背から振り落とされかけた際の,心臓のバクバク。
そのダブルパンチで、息を荒げていた。
そんな紬を、真人は背からそっと下ろしながら、上機嫌に尋ねた。
真人「連携、大成功じゃん、紬!
いや〜、こうも綺麗に決まると気持ちいいね〜!
……ねぇ,紬てきにはさ、どうだった??」
紬「あ………」
呼びかけに、紬はようやく我に返り,
目の前の光景を見つめる。
ついさっきまで命を持って動いていたふたりの人間は、
今や血の海に沈んでいる。
辺りには内臓と血が飛び散り,その匂いが充満していた。
明確に,紬が加担して作った地獄——
その真っ只中に、今、立っている。
——それなのに。
それなのに。
紬の心は、痛まなかった。
それどころか、胸の奥にあるのは——
どこか、ゾンビゲームで一角を制圧した時のような、プレイヤーとしての”達成感”。
紬(え……なんで……?
私、人を殴った時は、あんなに……嫌だったのに……)
——ふと、思い出す。
あの日。
木曜日、金槌で人を背後から殴り倒したとき。
紬の手首から肩にかけて、ずっしりと響いてきた。
後頭部の骨が鈍く軋む——あの、あまりにも生々しい“感触”。
でも、今回は。
——自分は、ただ“飛んだだけ”。
手を下したのは、真人。
この手は、何もしていない。
そして、思い出す。
真人の実験場で,変わり果てた"元人間"たちを見たとき。
真人が,目の前で人間を改造したとき。
恐怖は,そして生理的な嫌悪感は,あった。
でもそれは、割と早く,消え失せた。
早い段階で,“慣れてしまった”のだ。
点と点が、線で繋がる。
紬(……私、人を傷つけるのが嫌だったんじゃない。
“あの感触”が……嫌だっただけなんだ……)
だから今回は、痛まない。
血も、肉も、死も、自分の手を通していない限り——
“現実味”がない。
それに気づいたとき、紬は素直に、言葉を漏らした。
紬「なんか……達成感、あったかも……」
真人「え!? マジで??」
真人が素で驚いた声をあげる。
どうやら、この答えは予想外だったらしい。
真人「いやだって、君、人殴った時、超動揺してたじゃん?」
紬「……アレは、金槌越しの“感触”があったからさ。
……でも今回は、私は飛んだだけで……やったのは、その,……真人じゃん?」
真人「ええ〜? ……ってことは、つまり君、俺がやる分にはOKってこと??」
真人は、からかうような笑みを浮かべつつも、
どこか本気で楽しそうだった。
紬「あ、……いや〜,それは……」
真人に改めて言葉にされると、我ながらやばいことを言っているな、と自覚し,紬は言い淀んだ。
けれど——
真人「いや〜、ほんと面白い。素質あるじゃん、君。
そういう正直なの、むしろ好きだよ、俺??」
紬「あ………」
その言葉を聞いた瞬間。
真人に“認められた”という感覚が、胸に灯る。
心のどこかで、自分を責める声があった。
でも——真人が笑ってくれるなら。
真人が、面白いって言ってくれるなら。
——それだけで。
なんかもう,これでいいや,と。思ってしまった。