廃ビルの血の匂いが風に流れはじめた頃、
真人と紬はその場を後にした。
ここに長くとどまれば、殺人現場に紬がいたことを誰かに見られてしまうリスクが高まる。
慎重なようでいて、実は無頓着な真人だが——
それでも、用が済めばすぐにその場を離れる程度の用心は心得ている。
ふたりは人気のない河川敷へと移動し、芝生の上に腰を下ろした。
真人は仰向けに寝転がり、のびやかに両腕を広げて空を見上げる。
その横に、紬もそっと腰を下ろす。
真人「でもさ、まさか君が“達成感あった”なんて言い出すとは思わなくてさ〜。アレ、過去最高にウケたんだけど」
紬「ちょ、ほんと私だって“やばい”とは思ってるからね!?でも……そう思っちゃったんだから、しょうがないじゃん」
紬は、膝を抱えながらうつむき気味にぼやく。
そんな紬の言葉に、真人はくくっと喉を鳴らして笑う。
真人「もうさ、君って“間違えて人間に生まれてきた呪霊”って感じだよね。俺からしたら、ようこそ、こちら側へ、って感じだけど?」
紬「うわ〜やば……それ、ほんとに言われたらマジで終わってるやつじゃん……でも、真人に招待されるなら……悪くないかも」
真人「ほら、そういうとこだよ、君」
真人の言い方に、誘導めいた下心は一切なかった。
ただ、心から“面白い”と思って、そう言っているのが伝わってくる。
やがて真人は、話題を切り替えるように空を指差した。
真人「視界内ワープ、完璧だったね。位置ズレもなかったし、距離感も問題なし。……あと、手を繋ぐ必要も、おんぶスタイルで解決だし?」
紬「いやいや! あれマジで落ちかけたから!?視界ぐるんって回って一瞬“終わった”って思ったもん!」
そう訴える紬を、真人が悪戯っぽく横目で覗き込む。
真人「紬〜、呪力による身体強化、使ってなかったでしょ?」
紬「え?」
真人「手とか脚に呪力を流すだけで、腕力も脚力も跳ね上がるよ? そしたら、しがみつくくらい余裕だったと思うけど」
紬「あっ……!」
ようやく気づく。完全に、術式の操作ばかりに意識が向いていて、基本の呪力操作を忘れていた。
紬「……術式に集中してたから、すっかり抜けてた……」
真人「まあ、あの“わあぁぁっ!!”って悲鳴は最高だったし、あのままでもアリだけどね?」
紬「ちょっとぉ!?!?!?」
真人「冗談だよ、冗談。……明日、その練習してみようか?」
紬「うん、やってみる!」
意欲を見せる紬に、真人はふと何かを思い出したように視線を上げる。
真人「そういえばさ、紬。君、長距離ワープのとき、毎回上空に飛んじゃうよね? あれ、光景を“飛び越える”イメージで飛んでるせいかもよ」
紬「えっ……あ、そうかも!」
真人「“飛び越える”じゃなくて、“走り抜ける”イメージでやってみなよ。……それで多分、地面に足つけたまま飛べるようになるはず」
紬「なるほど、走り抜ける……! うん、やってみる! イメトレしておく!」
会話の途中で、遠くの空が茜色に染まりはじめていた。
夕陽が河川敷の水面に反射し、二人の影を長く引き伸ばす。
紬「じゃあ、また明日ね、真人!」
真人「うん、いつもの場所で。
……あ、そういえば明日って学校あるんだっけ?」
紬「うん。だから放課後、夕方に行く!」
笑顔を交わしながら、それぞれの帰路へと歩き出すふたり。
紬と真人の心に,先ほど、ふたりが手を組んで奪った命の重さは、一切残っていなかった。
それでも、夕焼けは。ただ静かに美しかった。