紬「ん……っ……」
紬が目を覚ますと,そこは。
壁一面に貼られた呪符。
オレンジ色の灯りがぼんやりと照らす、狭い部屋。
??「や、起きたかな?」
どこか芝居がかった声。
はっとして顔をあげると,正面の椅子には、
例の男——白髪に黒い目隠しを巻いた,
五条悟が腰掛けていた。
紬「っっ……!」
とっさに距離を取ろうとする———が,身体が動かない。
椅子に座らされ、両手は後ろ手に縄で縛られていた。
ただの縄ではない。
触れた瞬間、呪力の流れが寸断された。
紬(……うそ、呪力……練れない!? これじゃ、ワープも——!)
紬の顔に動揺が走る。
その様子を見て、五条は満足げに微笑んだ。
五条「逃げちゃダメだよ〜。だって君、呪霊とつるんでる人間でしょ?」
声のトーンは軽い。
だが、その内容が,紬の背中に冷たい汗を伝わせる。
五条「いやね、最初は確信なかったんだよ。呪霊の“残穢”を纏ってるってだけじゃ、君が狙われた被害者って線も考えられたし」
五条「だから、まずは“聞いて”みようと思って、ああして話しかけたんだけどさ」
ここで,声が静かに低くなる。
五条「でもさ、君……僕の顔見た瞬間から、明らかに怯えてたよね?」
五条「極めつけは、瞬間移動で逃げようとしたこと。……あれで確信に変わった。君は“呪霊の仲間”だって」
紬(……っ、しまった……っ!!)
頭の奥が,氷に刺されたように痛む。
あの瞬間、まだ疑惑の段階だったのだ。
自分から“バラした”に等しい。
敵意を持って逃げようとしたことで、“クロ”の証拠を与えてしまった。
五条「駅で“瞬間移動”できる逸材を見たって報告を聞いて、正直ワクワクしてたんだよね。まさか……呪霊側の人間だとは思わなかったな〜」
悔しさと恐怖に顔を歪ませながらも,
ふつふつと湧き上がる反骨心,腹立たしさ。
それが言葉となって,紬の口を突いて出た。
紬「……あんたさ、校門前で待ち伏せしてたでしょ?……ってことは、報告した術師が私の制服見て、学校を特定して、あんたは私が出てくるまでそこで張ってたってこと? ……フツーに不審者じゃん,それ」
五条「はぁ……この状況で、それ言えるのは大したもんだけどさ」
五条が鼻を鳴らす。
一瞬,視線の奥に、薄氷のような冷たさが宿った。
五条「……でも、“呪霊に味方する奴”の方がよっぽど不審者だと思うけど?」
「それに——君、自分の立場、ちゃんと分かってる?」
五条はそう,ぴしゃりと言い放った。
五条「呪術規定にもとづけば、呪霊に自分の意思で加担、幇助した術師は秘匿死刑だ。
一般人が呪霊に騙されて協力させられた場合は免除されるけど……君は、明らかに“術師”だしね」
五条は続けて,氷のような声音でそう言い放つ。
紬「………っっ」
全身の血の気が引く。
背筋をつたう冷たい汗が、じわりと肌を這う。
紬(……ここで殺される?)
そんな現実的な“最期”のイメージが、脳裏をかすめた——が。
五条「……でも、さ」
次の瞬間、五条の口調がふわりと軽くなる。
五条「正直に言うと、僕は君を死刑になんてしたくないんだよね」
紬「……え?」
あまりにも意外な言葉に、紬は素っ頓狂な声を漏らした。
五条「だってさ、呪術界って、慢性的な人手不足なのよ。
そんな中で現れた、“瞬間移動”持ちの逸材をさ——
『呪霊と関わってたからはい死刑』なんて……あまりにも、勿体ないじゃん?」
少年のように無邪気な声音。
まるで善意の申し出のように響く言葉が、鎖のように絡みつく。
五条「それに、僕としても……未来ある若者を殺す趣味はないしね」
紬の胸に張り詰めていた緊張が、ほんの僅かに緩んでいく。
けれど、五条の口元には油断のない笑みが浮かんでいた。
五条「だから、さ」
パン、と軽やかな音を響かせて、五条が手を叩く。
五条「君が“その仲間の呪霊”のことを洗いざらい話して、
きれいさっぱり足を洗って、呪術師として生きていくっていうなら——
僕としては、大歓迎。ちょうど、呪術高専は生徒募集中でね?」
紬「…………っっ」
紬は、息を呑んだ。
今、提示された“生きるための選択肢”。
だが、その提案の裏に潜む本質を読み取った紬は——
わずかに目を細めて、言い返す。
紬「ふーん……。助かるために、仲間を売れってこと?
それって結局、人間もやってること、呪霊と変わらないんだね」
その言葉に、五条は眉をひそめた。
呆れを隠そうともせず、面倒そうにため息をつく。
五条「はぁ……君さ、そういうこと言って、自分の立場を悪くしてるだけって、そろそろ気づかない?」
声に、再び“呪術界最強”の重さが戻る。
五条「まあ、君がそのお仲間のことを言いたくないっていうなら——」
一拍、間を置き。
五条「……死刑になるだけだけど?」
静かに、しかし確実に迫る死の宣告。
選択を迫る声は、冷たい鉄のように重く響いた。