真人が紬を案内したのは、路地裏の脇道の奥,
マンホールを降りた先の,
じめっとした湿気がまとわりつく地下通路。
足音がコツンコツンと響き、やがて視界が開ける。
川の脇に、巨大な配管が何本も走っている。
そこには、真人がつけたのであろう、
裸電球がいくつも吊るされ、
ぼんやりとした光を落としていた。
電球の下には——
異形。
腕が不自然に長く垂れ下がり、目が三つあるもの。
上半身だけが膨張し、下半身は干からびたもの。
皮膚が爛れ、骨と肉が入り混じったもの。
ゆらり、ゆらりと動くそれらは、しかし異様に遅い。
生命力が抜けかけているのが、一目でわかる。
真人「あー、良かった。まだ生きてたんだ」
「急に形変えるとすぐ死んじゃうけど、
ゆっくりやれば割と長持ちするね」
紬「……?? なに、これ……」
困惑の声。
真人は振り返りもせず、淡々と続ける。
真人「俺の実験だよ。人間の魂の形を変えたら、
どのくらい持つのか,っていうね」
「部分的な変形なら大体は問題なくできるんだけど……
大規模変形となると、大体ショック死で、すぐ死んじゃうんだよね〜」
“人間”
“実験場”
“目の前のバケモノ”
その三つが紬の脳内で一本の線に繋がった瞬間、
背筋に冷たいものが走った。
紬「……待って。真人、もしかして私を……実験体に……」
思わず半歩後ずさる。
だがその背中に、真人の手が優しく置かれた。
真人「大丈夫。君は殺さないよ」
柔らかな声色が、逆に逃げ場を塞ぐ。
真人「……だって、君は他の人間とは違う……“特別”だから」
紬「え……“特別”……?」
その言葉が、じわじわと胸に染み込んでいく。
恐怖の色は薄れ、再び別の感情——好奇心が顔を出す。
真人は微笑み、ふっと距離を詰めた。
湿った空気の中、彼の声が耳元で低く響く。
真人「術式ってのは、生まれつき肉体に刻まれてるもの」
「人間で術式持ってるやつなんてほんの一握り……
でも、君にはある」
ぐいっと顔が近づく。
紬の,緑の双眸に,真人の青と金のオッドアイが映り込む。
真人「それも——とびきり強力なやつがね」
息を飲む間もなく、唇が笑みを形づくる。
真人「“瞬間移動”だよ」
紬「……“瞬間移動”」
胸が、過去最高に高鳴っていた。
主人公だけに訪れるあの展開——
「君には特別な力がある」。
まさかそれが、自分に降ってくるなんて。
真人は、紬の心臓の鼓動まで読み取ったかのように、
爽やかに続けた。
真人「今はまだ眠ってる力だけど……
俺なら起こしてあげられるよ。魂をちょっと弄って、脳の構造を少し変えれば一発」
紬「え、魂……を……」
胸の高鳴りに,冷たい波が混ざる。
再び視線が、周囲に並ぶ“元人間”たちへと向いた。
ぐにゃりと歪んだ手足、爛れた皮膚、干からびた下半身——。
紬(もしかして……私も、弄られたら……ああなる……?)
瞬間移動は魅力的だ。
けれど、それでこのグロテスクなビジュアルになるのはごめんだ。
紬が、二の足を踏みかけた——
その瞬間。真人の掌が、ぽん、と紬の頭に置かれた。
真人「——無為転変」
紬「あっ、ちょ——」
ぼやあっとした熱が、頭の奥に広がった。
まるで額にカイロを押し当てられたような、柔らかい温もり。
痛みはない。身体が変形することもない。
真人は、パッと手を離した。
真人「はい、終わったよ〜。覚醒完了。これで君は、瞬間移動が使える」
紬「えっ……もう!?」
あまりのあっけなさに、素っ頓狂な声が漏れる。
“魂を弄る”と聞いた時点で、もっとヤバい何かを覚悟していたのに。
紬「待って……ほんとにこれだけ?
なんか代償あったりしない??
魂だけ抜かれて……今の私、実は抜け殻!ゾンビ状態!!……とか……」
紬が連想する、「魂」に関連する、力をくれる存在といえば
——あの某ホワイトネコウサギだ。
可愛い顔して、魂の契約を持ちかけるヤバいやつ。
それと似たようなものを想像して、
思わず背筋に冷たいものが走る。
真人は肩を揺らし、笑う。
真人「なにそれ、アニメかなんかの話??へーきだよ。
瞬間移動は、君が元々持ってた術式。俺はそれを覚醒させただけで、力をあげたわけじゃない」
紬「......それなら、いい,けど.....」
ここで、紬はこの話を切り上げる。
まだ"代償"の有無については半信半疑。
しかし,これ以上真人を問い詰めても、
紬が確信をもって納得できる、
ちゃんとした答えは返ってこないだろう。
正直、今は、それよりも……
興味の矛先は別にある。
紬「……ねぇ、じゃあ——今、私……瞬間移動、使えるの?」
真人は唇の端を悪戯っぽく吊り上げた。
真人「うん。使えるよ。やってみる?」