五条「……じゃあさ。その“あぐり”が人を殺してるところ、見た?」
「……それか、君が人を殺したことは?」
紬の背筋に、ひやりとしたものが走る。
だがそれは,予想していた問いだった。
(やっぱり……来た)
覚悟を決め、声を落ち着かせて返す。
紬「“あぐり”が殺してるのは、見た。鋭い爪で、人を……引き裂いてた。……でも、私はやってない。やれ、とも言われなかった」
ここで,"あぐり"が殺してるのも見てない!と言えば話は早そうだが,しかし。
人間の命を玩具のように扱う真人や、
“呪霊の仲間”というだけで拘束・尋問されているこの現状を思えば、
“人を殺さない呪霊”なんて話は信ぴょう性が薄そうだ。
だから、あえてそこには嘘を重ねない。
でも,それに加担した話はさすがにやばそうなので伏せる。
五条「うわ、殺人現場見たうえで入れ込んでたわけ? なかなかやばいね、君」
呆れたように、そしてどこか軽蔑を滲ませる声で言う。
五条「それを見て、君はどう思ったわけ?」
紬「……生理的嫌悪感、みたいなのはあった。……でも、特別ひどいとは思わなかった」
一拍置いて、紬は言い切る。
紬「……だって、呪霊ってそういう生き物でしょ?」
五条「“そういう生き物”……ね」
微かに、皮肉めいた響きが混じる。
五条「——じゃあさ。君の両親とか友達とかが、その“あぐり”に殺されても、"そういう生き物だから”で許すわけ?」
詰問のような口調。
その問いは,紬の,"人"としての線引きを、
五条なりに見極めようとしている。
紬「“友達”は……許すかも。だって私、そもそも友達いないから。前提が成立しない」
それは、紛れもない事実。
前は話し相手くらいはいたが,それも所詮,"ぼっち"にならないための,ただのカモフラージュに過ぎなかった。
そして,真人と会うようになってからは,
それもやめてしまったため,今の紬は完全に"ぼっち"だ。
五条「マジ? ……まあ、君、明らかに普通じゃないもんね。性格」
五条は,あっさりとそう言った。
嘲笑でも否定でもない。ただ、ありのままを認識しただけ。
だがそれは、同時に,ある種の理解。
再び、わずかに場が和らいだ。
五条「——で、両親だったら? どうなの?」
問われて、紬は少しだけ沈黙し、それから言葉を選びながら答える。
紬「……わからない。そこまでは、考えたことなかったから。……ただ、もしそうなったら——許せなくても、たぶん“諦め”になると思う」
その声に、感情はない。
紬「だって、“あぐり”は私よりも圧倒的に強いし。そんな存在に、いつまでも怒ってたってしょうがないでしょ」
それは紬なりの“現実的”な答えだった。
実際のところ、両親への愛情は希薄に等しい。
もし殺されたら、生活面では困る——それだけ。
怒りや憎しみが湧くとは、たぶん思えない。
ただ、それはさすがに我ながらどうかと思うので伏せる。
つまりこれは。紬が両親を好きだったら verのシュミレーションの回答だ。
———そして,"大切な人がもしいて,その人を呪霊に殺されたら"なんてシュミレーションは,紬にとって。
今の状況に通じるものがある。
今,ここで。五条に対し,紬が。
「縄をほどけ!ここから出せ!テストで疲れたんだよ,真人に会わせろ!」なんて騒いでも仕方ないのと同じで。
圧倒的な存在というものは,"どうしようもない"のだ。
適当に折り合いをつけて納得するしかない。
そういうものだ。
——今、紬が五条の尋問に応じているのと同じように。
五条「ふーん、結構なリアリストだね。……まあ、現実なんて実際そんなもんか」
五条は軽い調子でそう言い、ふっと息をついた。
そして,言葉のトーンを変え、さらりと話題を切り替える。
五条「——その“あぐり”ってさ、どんな見た目してたの?」
紬「っ……!」
一瞬にして、紬の表情が強張る。
(見た目……!? やば……!どうしよう)
思考が一気に加速する。
“あぐり”などという呪霊は存在しない。
自分が今語っているのはすべて、真人を隠すための即興の創作。
とはいえ、紬は“生まれつき呪霊が見える”。
今までにも、呪霊の姿を目にしてきた経験はある。
だが、それらはどれもグロテスクな外見で、言葉も通じず、ただ奇声を発するばかり。
紬の記憶にある“話せる呪霊”は、真人ただひとり。
ここで,紬の中に,"話せる呪霊"は人間に近い見た目なのかも,という仮説が立つ。
(“あぐり”も、話せる呪霊って設定だし……それっぽくしないと)
紬「“あぐり”は……鉤爪みたいな、大きな爪を持ってた。人間に近い見た目の呪霊だった」
先程の,"あぐり"が鋭い爪で人を引き裂いているところを見た、という証言とズレないように、鉤爪設定を追加しておく。
五条「人間に近い見た目,っていうのは?」
紬「.....そのまま。手の鉤爪以外は、ほぼ人間だった。でも、顔に.....焼け爛れたような,大きな傷跡があった」
真人のツギハギを思い出しながら、それに似た特徴を盛り込む。
ビジュアルを多少“呪霊寄り”にデフォルメすることで、
信ぴょう性を高めるためだ。
五条は、静かに頷く。
そして、語られた証言を頭の中で整理し、簡潔に要約する。
五条「ふーん……なるほどね。人型の呪霊で、
複数の人間に術式を覚醒させてて,そいつらを手駒にしてる可能性がある」
一拍、間を置き——
五条「特級案件だね。間違いなく」
その声には、さっきまでの軽さはなかった。
真剣な“現場の大人”としての口調。
——紬は、心の奥底で冷たい汗が滲むのを感じていた。
(……バレてない、よね? いまのところは……)