そして、紬の自宅前にたどり着いた三人。
無言で玄関の鍵を開ける紬。中からは,柔らかな笑みを浮かべた母親。
母「おかえり、紬……って、え?」
母の顔から笑みが消える。
紬の後ろには、見知らぬ男がふたり。
伊地知がすかさず身分証を取り出し、丁寧に頭を下げた。
伊地知「はじめまして。私は東京都立呪術高等専門学校、補助監督の伊地知潔高と申します。こちらは教師の五条悟です」
父「どうした……??」
続いて現れた父が、戸惑いの色を浮かべる。
父「紬。この人たちは……?」
紬「……………」
紬は何も答えない。
代わって、五条がひょうひょうとした口調で言う。
五条「いや、お宅の娘さんが、なかなかやらかしてくれちゃってね。早速だけど、伊地知が事情を説明するから。テーブル囲んでもらっていい?」
その言葉により、家族はリビングへ移動し,テーブルを囲む。
五条は、脚を組んで椅子に座り。
伊地知は、神妙な面持ち。
紬の母は、戸惑いを隠さない表情で。
紬の父は、何かを察したような険しい顔。
そして、紬は。この後の修羅場を覚悟し、俯いている。
口火を切ったのは伊地知だった。
伊地知「まず、お宅の娘さん——紬さんですが、彼女は“呪霊”と接触していました」
母「じゅ……れい……?」
伊地知「“呪霊”とは、人間から漏出する負の感情が積もり形になった存在。人に害をなす“化け物”のようなものです」
父と母が、驚きと戸惑いに顔を見合わせる。
伊地知「若梅市のファミリーレストラン“ゴスト”が全焼し、11人が死亡した事件をご存知でしょうか?」
母「ええ……紬の学校の近くですし……ニュースで不審火って」
伊地知はカバンから現場写真と調査報告書を取り出し,指し示す。
伊地知「表向きは不審火。しかし、現実は異なります。これは呪霊による犯行でした」
母「じゃあ……紬は……放火犯と関係を……!?」
母が声を震わせたその瞬間、五条が割って入る。
五条「いや、お母さん。この事件の呪霊と、紬が接触していた呪霊は別のもの。現場に残された残穢と,紬が纏っていた残穢が違うから、それは保証する」
母「…………」
五条「ただ……呪霊ってのはね、そういう非道なことも平然とする存在なんですよ」
そして——
重たい沈黙の中、父が静かに言葉を発する。
父「なあ、紬……。お前が言っていた、“まおくん”っていう男の子……」
顔をあげる紬。父と視線が合う。
父「……まさか、そいつが——呪霊だったのか?」
紬「……そうだよ」
紬は小さな声ながらも,まっすぐに父を見つめて言った。
紬「“まおくん”っていうのは嘘。本当は……“あぐり”って名前の呪霊と会ってた」
もう,親からどう思われようが,どうだっていい。
——でも,真人の名前だけは、絶対に出さない。
それが今、紬に残された最後の抵抗だった。
自分自身の心を、なんとか繋ぎ止めておくための——。
父「………っっ、紬!!」
父がテーブルをバンと叩いて、勢いよく立ち上がる。
だが、紬の瞳は微動だにしなかった。
——人間改造。殺人現場。尋問。縄の拘束。
あまりにも濃密な異常にさらされたこの1週間で、紬の“恐怖”は、麻痺してしまっていた。
五条「いや〜、“まおくん”か。なかなかにエグい嘘ついてたんだね、紬」
呆れとも軽蔑とも、そしてどこか愉快そうな色を滲ませた五条の声。
それが引き金だったのか——
父「じゃあ、お前は……“まおくんと遊ぶ”って言って、ずっとその呪霊と会ってたのか!? 火曜も、水曜も、木曜も、土曜も、日曜も!!」
父の怒声が、部屋に響き渡る。
紬はその瞬間、ぞっとする。
それは,父の声量や怒りにではない。
紬(しまった———)
紬の気づいた"食い違い"に,五条もまた気づく。
五条「……あれ〜? 紬?
君が“あぐり”って呪霊と会ってたのって、火曜と水曜と土曜だけじゃなかったの?」
紬「…………っっ!」
(まずい——バレる!!訂正しないと……!!!)
一度、証言が食い違えば、その信頼はすべて崩れる。
———“あぐり”が"存在しない"なんてバレたら,
すべて終わりだ。
紬は、反射的に口を開く。
紬「違う、木曜と日曜は……“あぐり”とは会ってない。あの日は、瞬間移動の自主練をしてたの。……“あぐり”に、早く術式を使いこなせって言われてたから」
必死に言葉を継ぎ足しながら、さらに続ける。
紬「……この辺で飛ぶと騒ぎになるでしょ? だから、花武山のほうまで行って、そこで練習してた」
——花武山。
それは、真人の実験場所とはまったく逆方向にある、小さな山。
五条「へぇ……術式の自主練、ね」
五条の声は、相変わらず感情が読めない。
柔らかく聞こえるのに、鋭く腹に刺さってくる。
その向かいで、父の怒りは頂点に達していた。
父「紬!! なんの話をしてるんだ!! ずっと、俺たちを騙していたのか!?」
父の怒鳴り声。
嗚咽しそうな母の沈黙。
——修羅場は、いよいよ本番を迎えようとしていた。