父の怒声が響き渡る中、ついに伊地知が本題に踏み込んだ。
伊地知「……自分の意思で呪霊と接触していたこと。それは、呪術規定にもとづけば——本来ならば“秘匿死刑”にあたります」
母「——えっ……死刑!?」
母の声が裏返る。目を見開き、口元を手で覆っていた。
伊地知「……“本来ならば”です。
ただ、紬さんは接触していた呪霊に関する情報を提供し、
なおかつ“瞬間移動”という非常に有用な術式を保持しているため……
私どもとしては、紬さんに呪術高専へと転校していただき、呪術師として働いていただくことで——死刑を免除し、その行動を“罪滅ぼし”としてもらう方針です」
母「ちょ、ちょっと待ってください……!」
椅子を引き寄せるようにして身を乗り出す。
母「そもそも紬は……本当に“自分の意思”で呪霊と会ってたんですか? 脅されたり、巻き込まれたり——」
五条「——いや、それはない」
割って入ったのは五条だった。
ひょうひょうとした語調は変わらない。
けれど、その声には確信が滲んでいる。
五条「僕もね、最初はそれを疑った。けど、紬は僕の顔を見た瞬間、明確に怯えて逃げようとした。呪術師に出会って喜ぶどころか、明らかに“やましいことがある”反応だったんだよ」
五条は軽く首をすくめた。
五条「——紬は完全に“クロ”。自分の意思で呪霊とつるんでた。それは間違いない」
母「…………っっ」
母の瞳に涙が溢れ、そのまま頬を伝い落ちる。
父「紬!! いつからだ!! いつから呪霊と関係を持ってたんだ!!」
怒鳴り声がリビングに響き渡る。
紬は、椅子の上で静かに息を吸い、そして吐いた。
紬「……火曜日からだよ。先週の、火曜日」
父「なんでそんなことを——!」
紬「“あぐり”が言ったの。私には“瞬間移動”の力があるって。……で、実際に、その力を使えるようにしてくれた」
父「……瞬間、移動……?」
父の語尾が揺らぐ。
突拍子のない言葉に、理解が追いついていない。
だが、その隣で、五条があっさりと補足する。
五条「“瞬間移動”ってのは本当ですよ、お父さん。実際、今朝——僕の同僚が、駅で“突然現れた紬”を目撃しています」
父「え……」
今度は母が、小さく声を漏らした。
母「今朝……そういえば、紬が……ローファーだけ持って、2階に上がってって……そのあと、いなくなってた……」
五条「うん、完全にその時ですね。“飛んだ”の」
その言葉に,母は再び一滴,涙を流した。
そして——
震える声が、テーブル越しに紬へと投げかけられる。
父「……つまり、紬。お前は……その“瞬間移動”をくれたからって、人殺しの“化け物”と……仲良くしてたのか……?」
それは怒りというよりも、もはや“失望”に近い声だった。
けれど——紬もまた。
胸の奥に、静かに失望を湛えていた。
紬(……やっぱりダメだ。結局、誰も私をわかってくれない)
みんな、平凡な“日常”を守るために必死になってる。
だけど——紬にとって、それは“つまらないもの”だった。
真人がくれたような、アニメみたいな“非日常”。
ああいうのが、楽しいのに。
思い返せば、ずっとそうだった。
ジャングルジムのてっぺんに登れば「危ないからやめなさい」と言われ。
下り坂で立ち漕ぎすれば「下に人がいたらどうするんだ」と叱られた。
——私は、ただ“刺激”がほしかっただけなのに。
そうやって、何度も“非日常”に手を伸ばすたびに。
決まって“日常”という縄に引き戻された。
だから、アニメにはまった。
誰にも怒られずに“非日常”に飛び込める、唯一の場所だった。
そして、真人と過ごした時間は——
あの世界が、現実に飛び出してきたような色彩だった。
それを、今——
全部、取り上げられたうえに、責められている。
心の底から、冷たく硬くなっていく自分を感じながら——
紬は、父親を睨みつけるようにして答えた。
紬「そうだよ。それだけ、魅力的な力だった」
父「お前は……その“あぐり”って呪霊が人を殺すって、知ってて……まさか、そいつが人を殺すところは……見てないよな?」
紬「……いや。見たよ」
それ以外、答えようがなかった。
ここで「見てない」などと言えば、先ほどの五条への証言と矛盾してしまう。
母「何で……っ、何で、紬……!!」
その言葉をきっかけに、母親が——ついに決壊する。
泣きじゃくる声が、静かな部屋に重く響く。
父「………っっ!!」
母の涙を見たその瞬間、父の中でも、何かが完全に壊れた。
父「紬……っ、お前はもう……うちの子じゃない!!」
怒鳴り声。
いや、もはやそれは悲鳴だった。
けれど——紬の心は、まるで氷のように静かだった。
紬(……上等だ。そっちが私をいらないって言うなら、私も——あんたなんて、いらない)