紬が,五条悟による尋問を受けていたちょうどその頃。
真人がいたのは,紬と会う"いつもの場所"。
裸電球にぼんやりと照らされた,
川の脇の地下通路の実験場。
ハンモックに寝転がったまま、退屈そうに足をぶらぶらと揺らす。
片手には開きかけの文庫本。だが、目はほとんどページを追っていなかった。
真人「……はぁ、今日、紬来ないな〜」
ぽつりと、そんな独り言がこぼれる。
(瞬間移動、ヒュンってなるの面白かったのに。
あと、小型化できるようになったって見せたかったのにな。
人間って、特に女は“可愛いの好き”って夏油が言ってたし……
絶対、紬もウケると思ったんだけどなぁ)
小さく溜め息をついて、真人は思考と同時に姿を変える。
すっと、その体が縮まり、少年サイズに。
くるんと回って、また元の大人の姿へと戻った。
真人「……ま、ひとりでやっても、反応ないしね。つまんないや」
言いながら、ぴょんとハンモックから軽やかに飛び降りる。
西の空には、すでに夕暮れの翳りが滲み始めていた。
真人「ま、来ないもんは仕方ないか。……明日来たら、文句言おっと」
そう、呟く声はあくまで軽い。
彼にとっては、今日が少し退屈な一日だった、ただそれだけのこと。
そのまま、真人は手を振るように軽く伸びをして、
本来の拠点——陀艮の結界が張られた“あの海辺の別荘”の方角へと、足を向けていった。
すべてを失っていた紬のことなど,知る由もなく。
—————
翌日。
寮のベッドで紬は目を覚ました。
どうやら、泣き疲れたまま眠ってしまったらしい。
身を起こし、重たい身体を引きずるようにして
寮の食堂へと向かい,静かにパンを口に運んでいた。
そのとき。背後からあの声。
五条「おはよう、紬。早速だけど、今から君の制服採寸に行くよ——」
その言葉が終わる前に、五条悟は紬の顔を一瞥し。
五条「……って、その顔。昨日、泣いてた?」
紬「…………っっ」
瞬間、紬の警戒心がせり上がる。
昨日のこと、あの修羅場を見せつけた男に、泣き顔を見られた——それがたまらなく嫌だった。
しかし、五条はそんな敵意などどこ吹く風。
五条「まあ、正直、無理もないけどね」
その言い方には、思いのほか感情がこもっていた。
——昨日、あれだけのことを経て、まだ人間らしく泣ける。
そんな“普通”を紬が保っていたことに、安堵しているようにも思えた。
五条「これから同級生に会うけど、君が呪霊と繋がってたことは伏せておくよ。
術師経験ありのスカウト入学ってことにする。
……超基礎的な呪力操作はできてるし、今さら“一般人あがり”はちょっと無理あるからね。
設定としては、君の母親が術師で、そこから呪術を教わってた、ってことにしておく」
紬「……わかった」
紬は短く答える。
誰にも過去を問われないというのは、都合がいい。
("あぐり"の設定……ちゃんとノートに書き留めておかないと。今後,証言が食い違わないように,見た目とか、術式とか……)
頭の中では、
冷静に“虚構”の管理体制を組み立てはじめていた。
だが——
紬「……そういえば。なんであんたが、制服採寸の案内までしてんの?」
昨日の“尋問”、"親への説明",あれはわかる。
でも、“制服採寸”って、それ……
コイツ,さては暇なのか?と,紬が思いかけたとき。
五条「そりゃあ、君、僕の生徒になるわけだし」
紬「…………え?」
五条「……あれ、言ってなかったっけ?
僕、呪術高専一年の担任だから。君の担任になるんだよ。
だから、今後は“あんた”じゃなくて、“先生”って呼ぶようにね?」
紬「…………っっっ!?!?」
頭が一瞬、真っ白になる。
(ちょ、ちょっと待て……こいつが担任??
いやいやいや、こいつ……こいつに教わるの??
もう……気の休まる瞬間ゼロじゃん……)
制服採寸の間も、紬の思考は完全に上の空。
ただ、採寸台の上でじっと立ちながら。
ぽつりと思った。
(……はぁ。真人……会いたいな……)