そして、昼休みが終わる頃。
三人は、無言のまま校庭に集合していた。
重苦しい沈黙を背負ったその空気に、
五条が目を丸くして言った。
五条「アレ?どうしたの、みんな? 仲良くしなくちゃダメだよ〜。せっかくの仲間なんだからさ」
その軽口は、どこまでも軽く——
しかし空気はまるで動かない。
五条は苦笑しながら肩をすくめると、あっさり切り替えた。
五条「……じゃ、廃校向かうね。ついてきて」
◆
ほどなくして、一行は廃校の前に到着する。
伏黒が足を止め、辺りを見渡して呟いた。
伏黒「……いますね。呪い」
五条「でしょ?手頃な場所としてリサーチ済みだからねー」
五条は軽くそう言ってから、
紬の前に立ち、小ぶりの刃物を差し出した。
刃渡りは短めだが、幅があり、軽くて扱いやすそうな一本。
五条「紬の術式は攻撃用じゃないからね〜。呪霊を祓うときは、これを使って。呪具って言って、あらかじめ呪力がこもってる武器だから、呪霊にも効くよ」
そして、あっさりと宣言する。
五条「じゃあ、いってらっしゃい。みんな」
その声を合図に、伏黒・釘崎・紬の三人は、廃校の中へと足を踏み入れた。
——中に入った瞬間。
そこは既に、呪霊の巣窟と化していた。
伏黒がすぐさま周囲を警戒しながら言う。
伏黒「数だけの雑魚……じゃねえな。多分、まとめてる“親玉”が一体いる」
そう言って、手を影の形にかざす。
伏黒「玉犬・渾」
その瞬間、床から滑るように影が走り、白と黒の毛並みの犬が姿を現した。
紬「……犬?」
思わず漏れた紬の声。
その姿に、ほんの少しだけ——心が和らぐ。
ちょっとだけ、触ってみたい気がした。
伏黒「こいつで索敵して、親玉を叩きに行くぞ。ついてこい」
釘崎「……了解。任せたわよ」
玉犬を先頭に、三人は廃校の廊下を走る。
途中、どこからともなく雑魚呪霊が次々と飛びかかってきた。
伏黒は影から取り出した黒い刀で斬り祓い。
釘崎は「芻霊呪法・簪!」と叫び、釘を打ち放ち、遠隔で爆ぜさせて、応戦していく。
そして——紬もまた。
五条に渡された呪具を構え、呪霊に斬りかかった。
斬撃が呪霊を断ち、黒煙のように霧散する。
その瞬間。
紬の体に走ったのは——手首から肩にかけて伝わってきた、
ぐちゃり、とした生々しい“感触”だった。
紬(…………あ。これ、無理かも……)
あの嫌な感触。
思い出すのは、先週の木曜日。
真人に言われて、金槌で人間の後頭部を殴ったときの、
あの感覚。
骨が軋む音と、掌に残った生ぬるい圧。
同じだった。
けれど、手を止めている暇はない。
次の呪霊がもう飛びかかってくる。
紬(嫌……でも、やらなきゃ……!)
覚悟を押し殺しながら、紬は再び刃を振るった。
ひと段落ついたところで、釘崎が言った。
釘崎「桐生、アンタなかなか悪くないわね」
軽口ではあるが、確かな評価だった。
だが——
紬に返事をする余裕はない。
息を荒げ,必死に吐き気と戦っていた。
(……おととい。真人と連携したときは。
私が真人ごと敵の背後に飛んで,
真人が殺すっていう奇襲作戦で。
私は“飛んだだけ”で、真人が呪術師を殺して。
平気だった。達成感さえあった)
(私が移動要員で、真人が下手人。
真人が,それを"連携"として提案してくれた。
———それはきっと。
殺すための"力"なら私より真人のが圧倒的に上で
中途半端な"力"ならそもそも改造人間で代替が効くから,
私は"移動要員"特化にするのがいい,
っていう合理的な判断だったんだろう)
(———それが良かった。
それが,ちょうどよかったんだ。)
でも。
(呪術師なら、こうして……自分で呪霊を殺さなきゃいけない)
(この状況で、“私は飛ぶだけでいい”なんて……通るわけない)
(人手不足,って言ってたし……きっと,"ひとりで戦えるか"が重視されるんだろうな……)
(でも………この感触、慣れない…………嫌だ、嫌だ、嫌だ……)
呪霊を斬った時の“グチャッ”という"感触"は,
ただの物理的な衝撃じゃない。
それは、紬にとって。
人を斬り、人を殺すということと,なんら変わらないものだった。