紬「使ってみたい!!」
即答だった。
瞬間移動——アニメや漫画にしか存在しないはずの力が、
今、自分の中にある。
その現実が、心拍数を跳ねさせる。
真人「OK……じゃあ、ね」
真人の手が、
ためらいもなく紬の手を包み込む。
指先まで熱を帯びたような感覚。
紬「……あ」
繋がれた手の感触は、拒めない。
真人「……集中して。脳の術式回路、この辺かな……」
真人が,再び紬の魂に触れる。
頭の奥の一点が、ぼやあっと熱を持ち始めた。
真冬にカイロを当てられたような、
やわらかくて確かな温もり。
そこが——発動の引き金。
真人「この辺に、呪力を込めて」
紬「え、呪力って——」
戸惑いの言葉が口をついて出かけた瞬間、
真人がぐいっと紬の体を回転させる。
視界にガッツリと入り込んだのは,
ぐにゃりと歪んだ腕、爛れた皮膚、
干からびた下半身を引きずる“元人間”たち。
裸電球の下で,未だ蠢いている。
紬「っ……」
真人「ほら、最初に見た時のあの感覚——“怖い”ってやつ。
それを思い出して」
「恐怖は立派な負の感情。呪力の源になる」
紬「…わかった,やってみる…」
唾を飲み込み、言われるままに,
視線を逸らさずに意識を集中する。
恐怖が,胸の奥に,黒い渦となっていく。
——何かが、自分の中で生まれた。
真人「そのまま……今度はそれを、ここに」
真人の指が示す脳の一点へ、
黒いエネルギーを叩き込むように意識を流し込む。
紬の体内で,何かが,カチリと噛み合った。
紬「……瞬間移動!!」
——視界が、一瞬で弾け飛ぶ。
全ての感覚が反転し、足元の地面が消える。
紬と真人は,"空"にいた。
真下には橋と川。
——絶賛,自由落下⭐︎
紬「えええええ!?!?」
真人「あははっ!! 成功じゃん!!」
落下する中、真人は迷いもなく紬の体を抱え込み。
次の瞬間——橋の上に軽やかに着地。
そのまま河川敷へとひらりと飛び降り、
紬をそっと降ろした。
紬「あ、えと……ありがと……」
急な自由落下の恐怖と、
真人に抱えられた余韻が混ざって、
呼吸が上手く整わない。
真人はそんな紬をよそに、冷静に分析を口にする。
真人「さっきいた場所から、
高度が跳ね上がったのに加えて、
某オフィスビルの方向に移動したみたいだね」
「座標指定はこれから覚える感じだけど……瞬間移動は本物。
そして、自分に加えて誰かを一緒に飛ばすこともできる」
そして、唇の端をゆるく吊り上げ——
真人「いいじゃん。……君、合格」
瞬間移動の成功。
紬の胸の奥に残っているのは、
自由落下の衝撃と、
真人に抱きかかえられた瞬間の甘い余韻。
——それと同時に、全身を包み込むどうしようもない倦怠感。
紬「はぁっ……はぁ……」
思わず地面に座り込み、肩で息をする。
真人はその様子を気にも留めず、淡々と分析を口にした。
真人「……ふぅん。術式での呪力消費、相当“重い”ね。
……ま,それもそうか」
視線を上げ、瞬間移動前にいた実験場の方角を見やる。
真人「さっき飛んだ上空と、元の場所。……直線で繋ぐと、どうしてもあのガードレールにぶち当たる」
「つまり、君の瞬間移動は“高速移動”じゃなくて,文字通り,空間をすっ飛ばした"ワープ”ってこと」
言い終えると、真人は紬の方へ視線を戻す。
冷静な分析の奥に、わずかな愉悦の色が見え隠れしていた。
真人「呪力量が増えれば回数も増えるかもだけど、
今の君だと、一回が限界かな」
紬は口を尖らせ、地面の砂利を指でいじる。
紬「えぇ〜!じゃあ私、もう飛べないの??」
真人はふっと微笑み、片手を軽く振った。
真人「今は,ね。」
「でも時間経過で呪力は回復する。
人間の回復速度は呪霊より速いし……多分、一日もすればまた飛べるよ」
そう言うや、真人はタンっと地面を蹴り、
河川敷から道路へひらりと飛び上がった。
振り返りざま、何でもないことのように告げる。
真人「明日、また来なよ。術式の使い方とか、いろいろ教えてあげる。……あの実験場で、待ってるからさ」
そしてもう一度、軽やかに跳躍し、ふっと視界から消えた。
夕日で橙色だった空は,いつの間にか,
すっかり暗くなっていた。
サラリーマンの帰宅ラッシュの時間で道路が混みだし,
紬のいる河川敷にも,車の走行音が響いてくる。
しかし,紬の耳には、車の音はフィルター越しのようで。
真人の声が,まだ刺激的に響いていた。
倦怠感は確かにある。だがそれ以上に——
胸の奥を占めているのは、終わらない夢のような“非日常”の余韻だった。