そして、家入は「じゃ、あとはよろしく」と軽く手を振って退室した。
残されたふたりは、しばらく無言のまま。
虎杖は、ソファの端からさりげなく腰をずらし、横に空間を作る。
その意図に気づいたのか、紬は無言でその隣に座った。
——薄暗い地下の部屋。
テレビには、どこかのアクション映画が流れている。
音だけが、空間を埋めていた。
10分ほどが経った頃。
不意に、虎杖が口を開いた。
虎杖「なぁ、呪霊ってさ……怖いよな」
思わず、紬の口から息が漏れる。
紬「…………え?」
唐突すぎる一言に、反射的に声が出ていた。
それでも虎杖は、落ち着いた調子で続ける。
虎杖「俺もさ、先月の任務で……少年院に行ったんだよ。そこで、呪霊に全然敵わなくて……」
「……大怪我してさ。一回、死んだんだ」
紬の目がわずかに見開かれる。
だが、虎杖はすぐにトーンを軽くして笑う。
虎杖「でも、まあ!その後、生き返れたんだけどね!!」
「俺、中に“宿儺”って呪いがいてさ。その力で……なんとか助かった。普通じゃないから」
そして、少しだけ目を細める。
虎杖「でもその時、自分の無力さがすっごく怖くて。悔しくて、情けなかった。
だから、桐生が大怪我して“怖い”って思ったこと、全然変じゃないよ。
むしろ、生きて帰ってきただけで、すごいことだって思う。
……だからさ、焦らず、ゆっくり乗り越えてけばいいと思うんだ」
そのまっすぐな言葉は、紬の胸の奥に——静かに染み込んだ。
紬「あ…………」
思わず、声が漏れる。
虎杖の笑顔。言葉の選び方。
——本気で、優しいと思った。
もしかしたら、この人だけは——と、心がわずかに動いた。
———けれど、その瞬間。
五条「やっほー、悠仁。呪力トレーニングできてる?」
軽快な声とともに、扉が開く。
入ってきたのは、五条悟だった。
虎杖「あ、五条先生!!三時間、呪力ぶっ通しも余裕って感じ! バッチグー!!」
いつもの調子で明るく返す虎杖。
五条「へぇ、上達だね。筋がいいじゃん、悠仁」
そう言って、五条は紬の方へ視線を向ける。
五条「君のことだけど、恵と野薔薇には“療養中”って伝えてあるから、しばらくここで休んでて大丈夫だよ」
「でもね、悠仁は表向き“死亡”ってことになってるから。くれぐれも、バラさないようにね」
それは、配慮でもあり、優しさでもあった。
——けれど。
その言葉のすべてが、
今の紬には“支配”にしか聞こえなかった。
五条が,部屋に入ってきた瞬間から。
あの尋問。あの即実戦。
大怪我。恐怖。トラウマ。
何もかもが、フラッシュバックのように。
怯え、嫌悪感,危険信号として,紬の中に湧き上がった。
紬の中で,五条は明確な"敵"。
そして、その“敵”と平然と笑い合う虎杖の姿。
———ならば,虎杖も。紬の"敵"だ。
紬(……ああ。信じてもいいかもって思ったのに)
(オマエも、結局は“そっち側”か)
希望だったものが、裏切りに変わる音がした。
ガチャリ。
虎杖に対し,一瞬だけ開きかけた紬の心のドアは。
南京錠の音と共に、閉ざされたのだった。