【呪術廻戦】血と笑みと瞬間移動   作:祈月4777

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脱獄準備の一カ月

そして——

紬が呪術高専での生活を始めてから、一ヶ月が経過していた。

 

その日、地下の一室では、虎杖はソファに寝そべりながら映画を見ており。

一方その横で、紬は床に正座し、目を閉じたまま、ゆっくりと全身に呪力を巡らせていた。

 

——右腕、左腕、右脚、腹部、指先、首、そして背中へ。

 

それは真人から教わった、たった一つの呪力訓練。

五条からは別の呪力操作法も教えられたが、紬は一貫してこの“真人式”に固執していた。

 

あの時間を、思い出すために。

“あの人”と過ごした記憶が、自分の中で消えてしまわないように。

敵ばかりのこの“監獄”で、正気を保つ唯一の手段だった。

 

最初は,タイムは三分以上かかっていた。

だが今は——50秒を切るところまで来ていた。

 

呪力量も着実に増えてきた。

紬の体感で言うならば,

"紬ひとり"なら《瞬間移動》は4回は使えるはず。

 

金庫の位置も、備品の保管場所も、頭に入っている。

逃亡計画の準備は、着実に進んでいた。

実際、この一ヶ月、何度も“もう逃げ出そう”と思ったことがある。

 

けれど、紬が求めたのは——確実性だった。

ギリギリまで,逃走成功の確率をあげるために。

もう少しだけ、実力と知識と体力を蓄える。

———そう思って,耐え続けた。

 

その時だった。

 

バタンと扉が開き、五条悟が入ってくる。

相変わらずの軽い調子で口を開く。

 

五条「悠仁ー。これから任務だよ」

 

ソファで寝転んでいた虎杖が、ぴょんと跳ね起きる。

 

虎杖「え、マジで? 了解〜!」

 

五条「僕は今回は別件があって引率できなくてね。だから、頼れる後輩呼んだからさー」

 

紬「——!!」

 

紬の心臓が跳ねる。

虎杖が任務に出て、五条は不在。

 

紬(……今日、逃げられる……!?)

 

かすかな希望が胸に灯った、その時——

五条「で、紬には、別の任務に行ってもらうよ」

 

紬「………え」

 

小さく漏れた声は、驚きとも絶望ともつかない。

 

紬の中で、ようやく形になりかけた“逃走の確信”が、音もなく崩れ去っていく。

 

五条「まあ安心して。紬のはリハビリ任務みたいなもんだから。呪霊祓いじゃなくて、あくまで“調査”だけのやつね。

ま、でももしかしたら戦うことになるかもだから、一応の準備はしといてねー?」

 

五条「じゃ、準備してついてきてー」

 

軽快に踵を返す五条。

その背中を追って、虎杖が拳をパンッと打ち鳴らす。

 

虎杖「おっし、行くか!」

 

紬は,うなだれながら。

棚に立てかけてある呪具のナイフを掴み,その後に続いた。

 

紬が虎杖と並んで、五条の後ろについて歩いていると。

 

??「五条さん、その子っすか?」

 

軽やかで明るい声が、廊下に響く。

振り向くと、金髪プリンの髪に黒いスーツを着た、元気そうな女性が立っていた。

 

五条「ああ、そう。よろしくね、新田」

 

そう応じると、今度は紬の方に向き直る。

 

五条「彼女は補助監督の新田明。今日の任務は、彼女と一緒にやってもらうから」

「悠仁は別の後輩に任せるから、まだ僕についてきてね。じゃ、そういうことでよろしく」

 

五条は軽く手を振ると、そのまま虎杖と共に、スタスタと歩き去っていった。

 

残されたのは、紬と——新田。

 

新田「桐生紬さんっすよね?新田明っす、よろしく!」

 

明るくそう名乗った新田は、迷いなく手を差し出してくる。

 

紬「あ……よろしく」

 

紬も、とりあえず返すが、その声は力なかった。

まだ、ショックから頭が切り替わらない。

今日こそは。そう思ったタイミングで、任務。

 

新田「……? 元気ないっすね? ……やっぱり、まだ……」

 

新田は首を傾げる。

紬の“呪霊との戦闘のトラウマで療養中”という情報を事前に知っていたからだ。

 

だが——

 

新田「でも大丈夫っす!今回の任務は調査だけっすから!」

 

新田は屈託のない笑顔でそう言い切った。

 

(……調査だけ)

 

その言葉に、五条への不信で固まっていた紬の心に、わずかな緩みが生まれる。

 

(……あの“グシャッ”とした感触を、また味わわずに済むなら……)

 

新田は続ける。

 

新田「今回は、ここから車で二時間くらいの、長野の小さな村っす。

 内容は、そこにある“信仰対象”の調査って感じっす。

 放っておくと土地神っていう、1級クラスのやばい呪霊になっちゃうんで、

 その前に、信仰の実態とか儀式内容を把握しておくっていう任務っすね。

 3日くらい滞在して、聞き込み中心で調べる予定っす」

 

「宿はもう押さえてあるんで、

 ……すみませんが、泊まりの荷物まとめて、車のとこ集合で!」

 

紬「——えっ」

 

思わず、声が漏れた。

泊まり、だ。

部屋に戻るチャンスもある。

 

(部屋に行くフリして、今から金庫に向かって金を持ち出して,瞬間移動で逃げる……?)

 

一瞬、そんな案が頭をよぎる。

だが——

 

(……無理だ。金庫は、部屋と反対方向。

カギが置いてある部屋までも距離がある。

この人をまいてまで今やるのはリスクが高すぎる……。

五条だって,まだ遠くまで歩いてないだろうし,

それをやって鉢合わせたら"詰み"だ。

ここは、大人しく行くしかない)

 

その決断は、諦めではなく“選択”だった。

 

(でも——“任務に出された”ってことは、

もう潮時ってことだ。

 五条は今回のを“リハビリ”って言ってた。

……なら、次は確実に戦わされる)

 

(この任務が終わったら——速攻でやる。

 金庫の金を持ち出して、物資を詰めて、

今度こそ瞬間移動で真人のところに還る。

一気に高専を脱出する)

 

冷たく決意を固めた紬は、無言で頷き、新田に一礼した。

 

紬「……じゃあ、荷物、まとめてきます」

 

そう言って、背を向け,部屋へと向かう。

 

数十分後、荷物をまとめた紬は、指定された場所へと向かう。

そして,新田の車へと乗り込み。

車は,任務の村へと向かって行った。

 

◼︎

 

紬が長野の村へと向かう任務に出発したその頃。

 

真人は、例の実験場にいた。

重たく澱んだ空気の中、彼の隣に立っているのは、

最近拾ったばかりの少年——吉野順平。

 

少年の目には呪いが見える。

そして今、その周囲には、ふわふわと浮かぶクラゲのような式神たちが漂っていた。

 

真人は、それらを眺めながら言う。

 

真人「順平の術式は、“毒”だね。

呪力から生成した毒を、式神の触手から分泌する。毒の種類も応用も、使い方次第でいくらでも化けるよ」

 

言葉通り、式神の一本一本の触手には、うっすらと紫がかった毒の気配が滲んでいた。

順平は、それを興味深そうに、じっと見つめている。

 

真人「普通の術師が時間をかけて掴む感覚は、俺が教えてやるから。

すぐ戦えるようになる。順平,才能あるよ」

 

その一言に、順平の瞳がぱっと明るくなる。

誰かに認められた経験の少ない彼にとって、

それは初めての“承認”だった。

 

だが、真人の笑みの奥——その内心は、どこか冷めていた。

 

真人(……順平は、悪くないけどさ)

(やっぱり……紬のほうが、面白かったな)

 

(瞬間移動って,アトラクションみたいだったよな。俺と連携もできたし)

 

(それに比べて、順平は……うーん、なんか想像の範疇っていうか。

 反応とか、言動とか、予測がつくんだよな……)

 

その評価が決定的な違いだった。

 

吉野順平は、桐生紬とは違う。

 

紬は、真人にとって唯一無二の“共犯者”だった。

突拍子もない言動も、価値観も、常識の外側にあって——

だからこそ、特別だった。

 

けれど、順平は違う。

 

この少年は——

“宿儺の器”である虎杖悠仁と接触させるための、ただの“駒”に過ぎない。

 

(はぁ。紬が生きてればな……

……まあ,死んだものはしょうがないけど)

 

真人の瞳に、どこか飽きたような色が浮かんでいた。

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