四日後。
当初は三日間の予定だった長野での調査任務は、
村人側の儀式日程の変更で一日延びることになったが、
それ以外は驚くほど何も起きず——
呪霊の気配ひとつ感じられないまま、
拍子抜けするほど平穏に終了した。
新田「四日間お疲れ様っす、桐生さん!
信仰の実態とか儀式とか、ばっちり調査できたっすね!
……じゃあ、これから高専戻るっすよ!」
明るく言いながら、車のキーを回す新田。
その横で紬は、助手席に体を預けながら、内心ほっと息をついていた。
紬(……本当に、呪霊と戦わずに済んだ)
あの“グシャッ”と潰れる、命の手応えを、
再び味わわずに済んだ。
それだけで、肩の力が抜ける。
だが——安堵は一瞬だけ。
紬(……帰ったら、いよいよ)
緊張と興奮が、静かに胸を叩き始める。
紬(五条と鉢合わせさえ避けられれば……
資金と物資を回収して、瞬間移動で脱出する。
金庫の位置もカギの保管場所も頭に入ってる)
ここまで、一ヶ月かけて準備してきた。
呪力量も以前より増加してきており、
試してはいないが,体感で言うならばおそらく,
今なら《瞬間移動》は自分ひとりなら四回は使える。
距離も以前より伸びている。
2.8kmどころか、実戦での余裕を含めて、もっと遠くへ飛べるはずだ。
紬(……絶対、逃げ切れる。真人のところへ還れる)
深く息を吸い、車窓に視線を向ける。
見慣れた風景が、少しずつ戻ってきていた。
——そして。
車が、里桜高校———
順平の通って"いた"高校の前で信号に引っかかり、徐々に速度を落とす。
新田「……あれ、七海さん……っすよね?」
「……って,倒れてるの,虎杖くん…?」
運転席の新田が、
校庭の向こうに立つ七海と,
地面に倒れ伏す虎杖を視界に捉えた瞬間——。
七海もまた、こちらの車を一瞥。
次の瞬間。
ブルルルル……
新田のスマホが着信音を響かせる。
新田「……え、はい……もしもし、七海さん?」
七海の声は、低く、そして鋭かった。
七海「桐生さんは……そちらに一緒ですよね。
車を降りて,彼女を連れて、大至急こちらに来てください」
一瞬、車内の空気が変わった。
紬「……えっ?」
新田も顔を強張らせる。
新田「……了解っす。すぐ向かいます」
車を降り、新田と紬は七海のもとへ駆け寄る。
七海の表情は険しく、
その場の空気を一瞬で張り詰めさせる。
七海「新田さん、虎杖くんをお願いします」
視線の先——地面には、穴だらけの体で気絶している虎杖。
その無惨な姿に新田は一瞬息を呑む。
新田「えっ……あ、はい!」
即座に返事をしつつ、虎杖のもとへ駆け寄る新田。
七海はそのまま紬に向き直り、鋭い口調で告げる。
七海「桐生さん。君の瞬間移動は——“手を繋いだ相手”と、“視界内”なら飛べる。そうですね?」
紬「あ……はい……」
(……待て。どこで知った? 私、説明なんて——)
紬の脳裏に疑念が走る。
だが、五条悟の“六眼”は、見ただけで術式の仕様を見抜く。
つまり、五条が一度紬を見ただけで条件を理解し、
それを七海にバラしていたのだ——もちろん紬は知る由もない。
七海「失礼します」
七海は、有無を言わさずの身体を抱えて里桜高校の校舎の屋根へと飛んだ。
即座に紬を下ろし、その手を掴んだまま眼下を指さす。
七海「あの川——橋の付近が見えますか」
紬「あ、はい……」
七海「先程交戦していた呪霊が、排水溝からあそこへ逃げました。瞬間移動なら追いつける。私が追撃します。私を連れて飛んでください」
紬「………っっ!!」
その瞬間、紬の胸に沸き起こった疑惑。
七海が指す一点。それは、真人の実験場の場所———
紬「あの……戦ってた呪霊って、どんな——」
七海「ツギハギ顔の人型呪霊です。改造した人間を——」
七海がそこまで言いかけた瞬間。
紬「っっっ!!」
理解する。七海は、さっきまで真人と戦っていた。
そして今、紬にその追撃を手伝えと言っているのだ。
紬(やるわけ,ない,だろ———!!)
バチィィィッッ——!!
紬は、七海に掴まれていた右手を渾身の力で振り払う。
次の瞬間。
バシュッッッ——!!!
紬の姿は屋根から消える。
向かった先は——七海が示した真人の実験場。
紬は“単独”で瞬間移動を果たしていた。